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第11話
なんだよ話って。
用があんなら手短にすませてくれ。旧校舎裏に呼び出しとか……苦手なんだ、ここ。
暗くてジメジメして……口が悪い連中はカラスの墓場って呼んでる。お前のせいだよ茶倉。
カラスを運んでるとこ、ばっちり見られてるぜ。
隠そうって気もねえんだろどうせ、授業サボって堂々歩いてたもんな。
この際だから聞いちまうけど、なんでカラスの死骸なんか集めてんの?
他の連中が噂してるみてえに黒魔術の儀式に使うのか?死んだ人間を甦らせたりできんの?
……はは、だよな。現実的じゃねえよな、言ってみただけ。
怖っ!睨むなよ。
だってお前んち拝み屋じゃん、祓ったり呪ったりはお手の物だろ。
カラスの死骸も呪術の材料にするんじゃねえかって、そりゃ邪推しちまうよ。てかなんで烏丸の方がキレてんだよ。
見た?
聞いた?
昨日の葬式で……俺が言ったこと?
用はそれだけ?だったら戻っていいか、購買の焼きそばパン売り切れちまう。
はっ、通せんぼか。挟み撃ちはずるくね?前門の茶倉後門の烏丸、張っ倒すならどっちが……。
わかったわかった認めます!
確かに言ったよ。
それがなんだってんだ、ただの意味ナシの独り言じゃん。
……はあ~、マジうざ。なんなんのお前ら、どけよ。
何も隠してなんかねえ。俺はフツーだ。
顔色悪い?
余計なお世話、クラスメイトが自殺したんだから悪くもなるさ。
仲良かったのかって?別にフツーだよ。席近ェからよく喋ってたし、朝きて顔合わせりゃ挨拶位するだろ。お前はしねえだろうけどな。
前から思ってたけど茶倉さァ、他人に全ッ然興味ねェだろ?クラスメイトの顔と名前も覚えてないんじゃねえの。
ふーん。じゃあ俺の下の名前は?
ははっやっぱな、そういうとこだよ!顔がイイから女どもはきゃーきゃーいうだろうけど、男には嫌われてるぜ。
魚住の下の名前も知らなかった野郎が今さらでしゃばんじゃねえよ。
……なんで庇うの烏丸。事実じゃん。
コイツは三か月同じ教室にいたクラスメイトの下の名前も知らねえ、知ったこっちゃねえ冷血人間なんだよ。
ッ、てめえ何す、ふざけんな返せよスマホ勝手に見んなぶっ殺すぞ!
……烏丸も共犯かよ。最低だな。
人んこと羽交い絞めにして、そんなにまでしてヒミツ暴きてぇのかよ。リカはもういねえのに。
そうだよ。
ご明察。
お前の読み通り、俺とリカは付き合ってたんだ。なんで内緒にしてんのかって……ホント人間関係に疎いよな。
蓮見は知ってんだろ、リカの親友の。俺のこと好きなんだよ。
誤解すんな、告白したのは俺の方。
リカが好きになって、付き合ってほしいって頼み込んだ。最初は断られたよ、「親友が片想いしてる相手とは付き合えない」って……でもやっぱ諦めきれなくて、無理矢理カノジョになってもらったんだ。
リカは前から蓮見の恋愛相談を受けてた。随分迷ってたよ。けど最後にはうんって言ってくれた。
両想いだったんだよ、俺たち。
蓮見の手前積極的に出れなかったけど、心ん中じゃずっと憎からず思ってたって……付き合って一週間位した頃にうちあけてくれたんだ。
超嬉しかった。
リカはホントいい子だったから。蓮見にゃ悪いけど、コイツを彼女にできてラッキーって思った。
見た目は派手めギャルのくせに義理堅くて、友達大事にする所も好きだった。
ノロケはいらんって……少しは語らせろ。
で、まあそんな感じで。俺たちがデキてる事は秘密だった。友達にも家族にも。学校じゃあんまりべたべたしねえように気を付けてたし、バレてねえ自信はあった。
でもあの日……。
……くそっ、くそっ、くそっ!
なあ茶倉、どこまで知ってんだ?ホントは全部お見通しなのか?ホントにすげえ力があって悪霊退散できるなら、なんでもっと早く……。
リカが死ぬ前日、放課後の図書室で待ち合わせした。
あそこはめったに人来ねえから、これまでも時々会ってたんだ。
しばらくは普通に喋ってたよ。
お互いの親やバイト先の愚痴、担任の悪口や今度のデート候補地。そのうちだんだんリカの口が重くなって、変なこと言い出した。
「ねえ引かない?」って念押しされて爆弾発言に身構えたら、実は幽霊が見えるとか言い出すんで笑っちまった。
リカはガキの頃から霊感があったらしい。元々ばあちゃんがそういうの強くて、遺伝じゃねえかってハナシ。
もちろん引いたりしねえ。ああ、信頼してくれたんだなーって嬉しかった。
ぶっちゃけユーレイとかヤラセじゃねえのって思ってるけど、そーゆーのが見えるって信じてるヤツらを否定もしない。
でもさ、話はそれで終わらなくて。
ていうかこっちが本題で、リカが毎日のように見ちゃあうなされる夢の話に移ったんだ。
生きたまんまカラスに食われる夢。
夢ん中のリカはススキの穂が揺れるだだっ広い野原に寝転がってる。手足は動かせねえ、声も出せねえ。やがて空が真っ黒になる。夥しいカラスの群れ。
カラスどもはよってたかってリカの体を突付きまくる。鋭いくちばしで肉を裂いて、腸の切れ端を食うんだ。
なんか……すげーリアルだった。聞いてるこっちまで痛くなる。
なんとか耳を塞がず聞けたのは、リカが顔色真っ青でぶるぶる震えてたから。
カノジョが怖がってんのに耳なんて塞いでられねえじゃん?ンな暇あんなら抱き締めろってハナシで、だからそうした。
「心配すんな。ただの夢だろ、忘れちまえ」
下手に話して引かれるのがヤだから、俺以外にはまだ言ってねえってリカは言った。
同じ夢を見るようになった原因はよくわからねえ。
本人はカラスをいじめた覚えもねえし、恨まれるような心当たりは全くないそうだ。
あの時、なんで床を見ちまったのか。
ふと足元を見下ろせば、リカの影がかすかに動いてた。最初は見間違いかと思った。もっと目を凝らす。
影の輪郭が微妙に歪み、伸びて縮んで、もやんもやんと蠢いた。
「ストレスが原因かな。これ以上続くようならパパとママに相談して医者に……」
リカは気付かず喋ってる。俺は影に目を凝らす。すると影の中に潜んでるモノがわかった。
カラスだ。
それも一羽じゃねえ、二羽三羽四羽……何十羽も。真っ黒なカラスの群れがリカの影にもぐりこんでた。
腰が抜けちまった。
物凄ェ勢いで悲鳴を上げてあとずさる俺に、リカはめちゃくちゃ戸惑った。
「どうしたの?保健室行く?」
リカがこっちにくる。上履きに縫い付けられた影がもやんもやん動く。波打ち、固まり、弾け、また集まり、ぎゃあぎゃあと幻の鳴き声まで聞こえだす。
頭がおかしくなっちまったのか?
あんな気持ち悪ィ話を聞かされたせいか?
怖気付いてそっこー帰り支度ををし、ぽかんとするリカの手をひったくって図書室を出た。
お互いだんまりで、すっげえ気まずくて、皿が乗ってねえ回転寿司のレーンみてえに無駄に長い廊下に腹が立った。
だから今感じている怖さと手の震えをごまかしたくて、イキった。
「大丈夫。俺がいっから」
笑われんのも覚悟の上で口にしたのに、リカははにかむように微笑んだ。
「頼りにしてるよ正孝」
下の名前で呼ばれたのはそれが最初で最後。
階段の手前まで来た時、急に肌寒くなった。
「あ」
リカが言った。
「見て。鳥居」
リカが指さした。
行く手に真っ黒な鳥居があった。
……な。わけわかんねえよな?
でもリカは違った、廊下のど真ん中に建った鳥居をフッツ―に指さしてんの。
その鳥居ってのがまた異様なんだ。
形はありきたり。神社なんかでよく見かけるヤツ。違うのは圧、存在感がパねえ。「禍々しい」って表現がぴったりだ。
見た瞬間コイツはやべえって思って、ドッと汗がふきだした。
「リカ?」
名前を呼んだ。
繋いだ手を引っ張った。
リカは動かねえ。
鳥居をじっと見詰めたまま、瞳孔がまあるく広がっていく。
「でっかいねえ。黒いねえ」
俺の知ってるリカじゃねえ。
「行くな、くぐんな!」
目の前の状況がさっぱり飲み込めない俺でも、廊下を塞いでるあの鳥居がとんでもなく邪悪でおぞましいもんだってのは肌で理解できた。
回転寿司のレール上にブラックホールが生まれたような違和感。
窓の外の世界は夕焼けで真っ赤に燃え上がり、廊下も一面赤く染まっていて、その床面じゃ影絵と化したカラスが羽ばたき、得体の知れない鳥居めがけて飛んでいく。
「なんで廊下に鳥居があんだよ、アレがやべえもんだってわかんねえのか!」
もっと強く手を引っ張る。
力ずくで階段の方に連れてこうとする。
なのにリカは前を見詰めたまんま、俺の事なんかまるきり忘れて一歩を踏み出す。
細い手がすり抜けて、黒髪が風もないのに広がって、すぐ近くから羽ばたきが聞こえた。
リカの影ん中。
リカの影から解き放たれたカラスの群れがスーッと床を移動し、鳥居の下をくぐるなり破裂する。
影を食ってる。
カラスがリカを寸刻みで食いちぎり、そのカラスを鳥居が馬鹿食いして、とんでもねえもんを産み落とそうとしてる。
カラスが飛び去るごとリカ本体の影は萎んでいき、瞬きしない目からは理性の光が消えていく。
反対に鳥居は膨れ上がって、ただただ黒く暗く禍々しさを増していく。
羽音の幻聴を伴って床を滑る影だけカラス。
すっかり痩せ細っちまった影に導かれ、あはあは笑いながら歩いてくリカ。
窓の外を染め上げる鮮烈な赤と、重力場を作り出し黒く沈む鳥居。
暗い。
怖い。
あとずさった拍子に上履きの踵がワックスにテカる床と擦れ合い、甲高く鳴る。
カラスを吸い上げた鳥居がひと回りふた回り膨らみ、闇に闇を塗り重ねて黒く染まりきるのと反比例し、リカの顔一杯に透明な微笑が広がっていく。
「ヒオウギ摘みましょ 誰が為に 黒無垢あげましょ 贖いに……」
我慢の限界だった。
俺は絶叫を上げて階段を駆け下りた。リカがどうしたかは知らない。
「守ってやる」なんてドヤった一分後に女を見捨てて逃げたんだぜ、笑えるだろ。
次の日リカは飛び下りた。
……それ?最期に届いたメール。一応形見だし、ずっととってあるんだ。意味わかんねえけど……
『壱の贄 了』
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