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第12話

「全部話したぞ」 旧校舎裏に重苦しい沈黙が落ちる。板尾が思い詰めた目で茶倉に訴える。 「あの黒い鳥居はなんだ?なんで魚住の影が動いてたんだ?わけわかんねえ、頭おかしくなりそうだ」 傷心の板尾を見るに耐えず、拳を握りこんで歩み寄る。 「聞いてくれ板尾。俺も魚住と同じ夢を見てたんだ」 「は?なんで……」 「それを茶倉と一緒に調べてんだよ」 板尾も関係者……否、当事者の一人だと解釈し、これまでの経緯を掻い摘んで話す。 話を聞くうちに板尾の顔に不審と困惑が浮かび、それが次第に驚きと恐怖に取って代わる。 「お前はアレが呪いの鳥居で、くぐったヤツは自殺するとでも言いたいのかよ」 板尾は混乱していた。当たり前だ。さらに押す。 「実際魚住は死んだじゃねえか。第一発見者は俺だ、最期に目が合ったんだ。その時言われたんだよ、満願成就の時は近し、鳥葬の丘に来たれり、我はぬばたまの贄なりって……」 「リカは夢のお告げでその贄とやらに選ばれたってのか、くだらねえオカルトにかぶれてんじゃねえよ!」 「ご、ごめん」 よかれと思い最期の言葉を告げたのが裏目に出た。慰め下手な自分がもどかしい。 「卑屈か。事実しかいうてへんのに謝んな」 「ヒクツ?」 「卑しく屈するて書く」 しょんぼりする俺を茶倉が手で制して下がらす。 それから顔を真っ赤に染めた板尾に向き直り、ため息を吐く。 「烏丸責めたかてしゃあないやん、恨むんならカノジョほっぽってケツまいたヘタレにせえ」 見事に地雷を踏み抜いた。 「茶倉!」 板尾の右ストレートが風切る唸りを上げて炸裂。後ろによろけたものの辛うじて持ちこたえ、切れた唇を親指で拭った茶倉が皮肉る。 「逆ギレかい」 「リカは俺が初めて告った女だ。一生守りてえって思った」 「でも逃げた」 「しょうがねえだろあんなもん見ちまったんだから!アイツ人の言うこと聞かねえしこっち見ねえし、手ェ引っ張っても全然動かねえんだ。ぐずぐずしてたら巻き添えくっちまうってあせって、それで……お、俺が殺したっていうのかよ?じゃあどうすりゃよかったんだ、追っかけて力ずくで止めりゃよかったのか、したらリカは死なずにすんだのかよ!」 板尾が茶倉の胸ぐらを締め上げる。茶倉は冷めた表情で見返す。 第二ラウンドのゴングが鳴りそうな雰囲気。 俺は二人の間を行ったり来たり、眼光鋭く牽制し合うのを見比べるしかない。 「落ち着け板尾、手ェ離せ、な?お前の気持ちはわかる……なんて言えねェけど、魚住が死ぬ時ボケッと突っ立ってた俺だって使えなさじゃどっこいどっこいだろ」 「大体夢のお告げで生贄に選ばれたってんなら、次は烏丸だろ!」 突然指さされて凍り付く。 「おんなじ夢見てたのに、なんでお前はピンピンしててリカだけ」 じゃあ、俺が死ねばよかったのか? 板尾の呪詛が遺影の笑顔と葬式で泣き崩れる遺族の残像を喚起し、縺れる舌が謝罪を紡ぐ。 「ごめ」 刹那、茶倉の左ストレートが板尾の顔面に炸裂した。 「~~~~~~~~っ!?」 「堪忍な、生身殴るんは久しぶりで加減がわからんかった」 数珠を巻いた左手をプラプラさせる茶倉。 板尾が腫れた頬を庇いへたりこむ。 「……数珠をメリケンサック代わりにするとか罰当たりすぎ」 気の毒に、板尾の頬にはくっきり数珠の跡がめりこんでいた。 罪悪感の泥沼から引き上げられて突っ込めば、茶倉がいっそすがすがしく開き直る。 「お前が死んだらよかったのに、とか被害者ぶってほざかれたらけったくそ悪いやん。大前提としてコイツが死んだ所で魚住は生き返らん、死体が増えて葬儀屋が儲かるだけ。俺は俺以外のヤツが儲かるんが大っ嫌いなんじゃ」 続きは嗚咽にすり潰された。 板尾が力なく崩れ落ち、魚住の血のあとがどす黒く乾いて残る地面を抱き締める。 「リカに会いてえ。会って謝りてえ」 「なんぼだす」 「え?」 真っ赤に腫れた目を上げる板尾。 その正面に不良座りし、茶倉が指で銭マークを作る。 「俺は拝み屋の孫やで?お前の願い叶えたるいうてんねん」 「おい茶倉」 「黙っとれ」 思わず口を出す俺を片手で通せんぼし、続ける。 「ホンマに元カノに会うて謝りたいっちゅーならセッティングしたる」 「……口寄せか?」 「察しがええやん」 「何円出せば呼べる?」 「板尾!」 「引っ込んでろ烏丸、お前には俺の気持ちわかんねーよ。最後にアイツに言った言葉……『知るか、勝手にしろ!』だぞ?あれきりになるってわかってたら、もっと気の利いたこと言えたのに」 リカに会いたい。幽霊でもいい、会って謝りたい。好きって伝えたい。 後悔と未練に苛まれ切実に心情を吐露する板尾の鼻先に、茶倉が鉄壁のスマイルで二本指を立てる。 死んでも財布の紐だけは緩めねえ、商魂逞しい守銭奴の顔。 「相場は二万」 その提示額が高いのか安いのか、俺にはよくわかんねえ。 板尾は一瞬ためらうものの、覚悟を決めた面構えで万札を取り出す。 「残りはバイト代入ってからで」 「よろしゅうご贔屓に」 人さし指と中指でピッと諭吉を回収する茶倉に耳打ち。 「クラスメイトだろ、まけてやれ」 「下の名前も覚えとらん間柄でまからん」 実は結構根に持ってんのか? 簡単な打ち合わせを経て、茶倉が主催する口寄せは今日の放課後、1‐2の教室で行われることになった。 死に別れた元カノに会える希望を与えられ、ちょっとだけ浮上した板尾にホッとする。 「成功するといいな」 「お前も参加するんやで」 「なんで?」 まじまじ茶倉を見直す。冗談言ってる素振りはねえ。 「俺いる意味あんの?ノロケ聞かされんのはできれば遠慮したい……」 「疑似餌。何の因果か魚住と同じ夢見たていうたやん、ほなら感応してくるはず」 「えー……」 「魚住に会いたないんか」 その聞き方はずるい、ノーって言えない。板尾ほどじゃないにしろ、俺だって魚住と会って話したいに決まってる。 「でも板尾は」 「お前がいた方がうまくいくって茶倉がいうなら信じる。俺からも頼む」 深々頭を下げ、気まずげな上目遣いでぼそりと言い添える。 「さっきは悪かった。リカが死んだのはお前のせいじゃねえのに、カッときちまった」 「気にしてねェよ。謝るんなら茶倉に」 「右と左であいこ」 唇の端を親指でこすり、顔をしかめた茶倉が呟く。 板尾ともどもあっけにとられ、同時に吹き出す。俺は板尾の肩に腕を回し、コイツにだけ聞こえる声で囁いた。 「な?面白えヤツだろ」 「ああ。誤解してたかも」 茶倉を見る板尾の眼差しには早くも信頼が生まれ始めていた。魚住の死に責任感じてる元彼にしてみりゃ、幽霊と橋渡しをしてやろうって提案は救いに他ならない。 購買へ行く板尾を見送り、数珠の位置と長さを調節中の茶倉に声をかける。 「手伝うことあるか?食堂から塩かっぱらってくるとか内職で札作るとか」 「降ろしたいのに祓うなワレ営業妨害か」 「あ、そうか。でも浄めの塩や魔除けの札で祓えるのは悪霊だし、魚住は大丈夫じゃねえの?」 「悪堕ちしてへんこと祈るわ。自殺は理想の死に方と程遠い」 昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響く。一緒に歩き出すかと思わせ、小走りに行く手に回り込む。 「保健室寄ってく?」 「かすり傷や」 「血が出てる」 「うざ」 綺麗な顔が腫れちまってもったいない。一方で白い肌に映える、鮮やかな赤に魅せられる。血が滲む唇に目を奪われたのが気恥ずかしく、フットワークも軽いシャドウボクシングでごまかす。 「最高の左ストレートがキマったな。お前って左利き?」 「両利きやけど咄嗟に出るのは左」 「矯正したのか」 「ババアがうるさいんや、左手で箸使たらばちこんされる」 「ばちこん……」 茶倉が祖母にデコピンされている光景を想像してニヤケる。まだ言いたい事があった。 茶倉が足早に俺を追い越してく。コンクリ敷きの犬走りを歩く学ランの背中を見詰め、期待と不安が半々の不意打ちで聞く。 「俺のフルネームは」 「1年1組出席番号6番烏丸理一」 「大正解」 間髪入れず返され、じんわり喜びを噛み締める。 茶倉は同じクラスの奴の名前を覚えてない。実際板尾のフルネームも言えなかったが、知り合って間もない俺の顔と名前はちゃんと覚えてくれてて、その事実だけでコイツの特別になれた気がする。 ふと思い付いて言ってみた。 「これから名前で呼んでもいいぜ。ためしに理一って言ってみ、練ちゃんて呼ぶ」 「リーチ|連荘《レンチャン》?賭博黙示録芸人かアホらし」 ものすごく嫌な顔された。結構傷付いた。 「どうせパチスロ狂いのおとんがノリで付けたとかしょうもないオチやろ」 「親父がパチンコハマってんのは否定しねーけど」 「否定せんのかい」 「験担ぎにもってこい、口に出すとファイトが湧く」 「パチンコ台で名前連呼されるて赤っ恥やん」 この時はまだ知らなかった。放課後の交霊会で弐の贄が捧げられ、鳥葬学園が地獄と化すなんて。

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