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第13話

放課後1年2組の教室に集まった。 降霊会の参加者は主催の茶倉、板尾、俺の三名。他の連中は部活に行ってるか既に下校済み。 ガラガラと引き戸を開けりゃ、茶倉と板尾が真ん中あたりに居残っていた。 「待たせたな」 「遅い。罰金」 「掃除当番だったんだよ」 結局保健室に寄ったのか、唇の端に絆創膏が貼ってある。板尾とおそろいなのが笑えた。 「口寄せって具体的に何すんだ」 「これや」 茶倉が摘まんで掲げたのはまん丸い十円玉。 机に広げられたノートには見開きに跨り「あ」から「ん」まで五十音のひらがなが記されていた。 てっぺんには鳥居のイラストを挟んで「はい」「いいえ」の二択がもうけられ、一番下には壱から拾までの漢数字が並んでいる。アニメや漫画で見たからぴんときた。 「コックリさん?」 「ピンポン」 ぶっちゃけ拍子抜け。 「もっと大掛かりなの想像したら……ホントに効き目あんの?小学校の時女子がやってんの見たけど、インチキっぽいぜ」 「生半な知識で腐すもんでもない、コックリさんかて立派な呪術や。簡略化されとるけどな」 呼び出したコックリさんにお互いの好きな人を質問し、キャーキャー騒いでたミーハー連中を回想する。 板尾もまさか口寄せの方法が子どものごっこ遊びだとは思わなったのか、微妙な顔をしていた。 「本当に呼べるんだろうな?」 「眉唾なごっこ遊びかて、やるヤツが変われば事情が違てくる」 おもむろに俺を指す。 「霊姦体質」 次いで板尾を指す。 「チャラ男モブ改め魚住の彼氏」 最後に親指の腹で自分を指す。 「ほんで真打ち登場拝み屋の孫。三人雁首揃えたんや、めちゃくちゃバフかかっとる」 「言われてみりゃ最強の布陣だな」 茶倉の意見も一理ある。由緒正しい拝み屋の孫と不本意ながら悪霊入れ食い状態の俺、故人と一番関わりが深いヤツが儀式に臨むのだから霊が出現する可能性はとても高い。 それはそれとして…… 「コックリさんの参加料二万はボリすぎじゃね?」 「一万円しかもろてへんで。実質半額」 「バイト代飛ぶんだぞ、高校生にゃ痛てえ」 「俺はいい、リカに会えんなら貯金も崩す。早く始めてくれ」 「ええ心がけやな」 「チャラモブは聞き捨てならねえけど」 「気にすな第一印象や」 「なお悪い」 俺の抗議を遮り板尾が急かし、茶倉が椅子の背凭れを掴んで引く。 板尾が自分の椅子を持ってくる。俺は前のヤツのを借りることにした。全員でノートが開かれた机を囲んで座る。 隣の板尾が顔を近付けてきた。 「烏丸って霊感体質なの」 「そうだよ、それで茶倉に視てもらったりしてたの」 「知らなかった。見返りナシに?」 「見返りはあるといえばあるような……」 「やっぱ金?いくらで祓ってもらってんの」 「体で……」 「鞄持ちでもさせられてんの」 畳みかけられ言葉を濁す。が、コイツには別の気がかりがあるみたいだ。 「例の夢はうちの学生で霊感が強いヤツが見てんのかな。って事は、他にもいるよな?当然」 板尾の懸念を察し、あたり憚り声を落とす。 「メールにゃ『壱の贄』って書いてあったんだよな」 「ああ」 「魚住が一人目だとしたら……二人目、三人目って続くのか?」 正直それが一番怖い。 魚住の死を皮切りに今後も不可解な自殺が相次いだら……最終的に何人の犠牲者がでるんだ? ひょっとしたら俺も、その中に含まれるのか? 「考えてもわからん。せやさかい直接聞く」 甲高い快音が響き渡り、バットに打たれた白球が夏空に弧を描く。 茶倉が鳥居の上に十円玉をおいて説明を始める。 「まず最初にコックリさんのルール。ふざけ半分にすな。何があっても十円玉を離すな。鳥居に戻らん時は我慢強ゥお願いせい、ほかす時も同じ。途中で放り出すんは厳禁。一人でやったらあかん。終わった紙は細かく破いて捨てる、十円玉は三日以内に使ってまえ」 「結構細けえんだな。お願いしても鳥居に戻ってくんなかったら?」 「返事がもらえんかったら別の日に仕切り直し。ホンマはアンタ誰とか聞くのもタブー。それじゃ口寄せにならんし、今日は俺がおるからイレギュラー」 「オーケー、わかった」 「離さなきゃいいんだな」 手汗をズボンになすり、茶倉・俺・板尾の順に十円玉に指をおく。 横目でちらりと見た板尾の顔は強張っていた。無理もねえ、コイツも俺と同じでコックリさん初体験のはず。もとからオカルトは得意じゃねえみてえだし、魚住のことがなけりゃ一生無縁だったかもしれねえ。 「俺に続け」 俺と板尾を等分に見比べ、茶倉が厳かに合言葉を唱える。 「コックリさんコックリさんおいでください」 「「コックリさんコックリさんおいでください」」 十円玉に人さし指を押しあてたまま待機。数十秒が経過、反応なし。 「コックリさんコックリさんおいでください」 「「コックリさんコックリさんおいでください」」 五回繰り返す。やっぱり反応なし。十円玉は沈黙したまま、鳥居から1ミリも動かずにいる。 痺れを切らし口を開く。 「このノート手書き?字ィ綺麗だな、五限目に内職したの?」 「「しー」」 口を噤む。反省。さらに四回試す。十円玉は微動だにせず、白けた沈黙だけが募りゆく。板尾の顔にはありありと失望が浮かび始めていた。 失敗か? 通算十回目の挑戦。茶倉が定型句を唱える。 「コックリさんコックリさんおいでください」 「「コックリさんコックリさんおいでください」」 惰性でリピートする俺たち。波紋を描いて虚空に吸い込まれる声。召喚成功を祈る気持ちと諦めが綯い交ぜになる。 直後、何かが来た。 「ッ、」 うなじの産毛が逆立ち悪寒が駆け抜ける。 瞼の裏に閃いたのは真っ黒なカラスの羽の幻影、次いで真っ逆さまに墜落していった魚住の最期。 唐突に十円玉が滑った。かと思えばノートの上をぐるぐる回りだす。 「きた!」 猛然と旋回する十円玉のスピードがさらに増し、往復の都度シャッシャッと紙を巻き返す。 超常現象を目の当たりにした板尾が息を呑み、俺は机を掴んで固定する。 「お前は誰や?」 茶倉の|誰何《すいか》に伴い何かが降りた十円玉がめまぐるしく移動する。 「う」「お」「ず」「み」「り」「か」…… 「本物?」 板尾が期待と疑念の滲んだ声で食い付く。茶倉が値踏みするように目を細める。 「板尾、質問」 「えっ?何を」 「お前と魚住しか知らんヒミツ」 「ここで?」 板尾が顔を赤らめて咳払い、十円玉に質問する。 「俺たちが初めてキスした場所は」 ひらがなの上を忙しく行ったり来たりする十円玉を覗き込む。 「図書室。正解?」 「当たってる」 「本人ぽいな」 よかった、成功。 「……キスだけ?いてっ」 机の下で足を踏まれた。その後も魚住の家族や友達、記念日に纏わる質問を何個かし、無事に本人確認をすます。 「間違いねえ、リカだ」 茶倉に目配せし板尾に発言権を譲る。 板尾は小刻みに震える指を十円玉にのっけたまま、切々と語りだす。 「ごめん、一人で逃げて……彼氏のくせに守ってやれなかった。ホント言うとユーレイとか信じてなくて、本気で怖がってたのにテキトー流して……もっとちゃんと聞いてやりゃよかった。お前と付き合えて嬉しかったのに、頼ってもらえて嬉しかったのに。覚えてるかリカ、来週一緒に行くって約束した映画……好きな俳優が出るって、楽しみにしてたよな?チケットまだとってあるんだ。誕生日にくれたピアス、今も大事に付けてる。一生外さねえよ。ホントはもっとと一緒にいたかった、いろんなとこ行っていろんなことしたかった。蓮見にもタイミング見て全部話して、わかってもらいたかった。お前は止めたかな。でもできるだけ大勢に祝ってほしいじゃん、悪いことしてる訳じゃねえんだし。俺的にはこそこそせず一緒に帰ったり、手え繋ぎたかったんだ」 潤んだ目が魚住の机に行く。そこには真新しい花が飾られていた。 「時間を巻き戻せるなら、死んでもお前を連れ帰るのに」 魚住を救えず悔やむ気持ちが痛い程伝わって、鼻がぐず付く。 「俺のこと許してくれるか?」 十円玉が「はい」と「いいえ」の真ん中で止まる。固唾を飲んで見守る俺の視線の先で、ゆっくりと「はい」を指す。 「よかったな」 「うん……」 恋人に許され、感極まり涙ぐむ板尾の肩をぽんと叩いて交代する。 「次は俺」 同じ夢を見てたのが現状判明してるのは魚住だけだ。裏を返せば、それが鳥葬学園の秘密を暴く重大な手がかりになる。 茶倉に軽い首肯で促され、意を決し口を開く。 「魚住わかるか、同中の烏丸だよ。お前、黒い鳥居を見たせいで……いいや、くぐったせいで自殺したのか。俺もお前と同じ、カラスに食われる悪夢を繰り返し見るんだよ。死ぬ前に言ったぬばたまの贄ってなんだ?満願成就の意味は?知ってんなら教えてくれ」 唾を嚥下する。 「お前が壱の贄なら、次は誰が狙われるんだ?」 刹那、凄まじい轟音が響き渡る。 同時に顔を上げ振り向けば、まっしぐらに飛んできたカラスが絶命する瞬間をとらえた。 同胞の圧で撓み拉ぐガラスにぶち当たり無残に羽を散らすカラスの群れ、折れた首が翼が骸が重なり窓一面を覆い尽くす、生命の脈動が失せた無機質な瞳の呪縛、真っ黒な翼が|十重二十重《とえはたえ》に広がり仮初の夜が来る。 「ぎゃあああああああっ!」 板尾が真っ青な顔で叫んで指を引っ込める。 「離すな!」 茶倉が制すも一秒遅い。 腰を抜かした板尾の視線の先、何百羽ものカラスが張り付いた窓の闇が蠢いて巨大な顔が化けて出る。 それは生きてる能面に見えた。 漆黒の翼はうねり狂うぬばたまの髪の毛に変化し、ゆっくりと捲れ上がる伸びた前髪の向こうには人間離れして整った白いおもてが潜み、完璧な弧を描いた瞼が徐々に開かれていく。 人間じゃなかった。 完全に開かれた瞼の向こうで覚醒したのは、白目が真っ黒に塗り潰された深淵の瞳。 「うわああああああああああ!!」 窓を占める巨大な顔が歪み、俺たちがよく知ってる少女の顔に変化する。 魚住リカ。 『阿………』 魚住の生首が口をパクパクさせる。目は見開かれたまんま、焦点が合ってねえ。 「やっぱり俺のこと恨んでんだろリカ、ごめん俺のせいだ俺がひとりで逃げたからお前は」 「しっかりしろ板尾、魚住はあんな真っ黒で気持ち悪ィ目じゃねえだろ化けもんにだまされんな!」 「守ってやるって約束したのに!畜生!」 板尾がパニックに駆られ机や椅子を薙ぎ払い、振り回した手の先で魚住の机の上の花瓶を弾く。床一面に零れる水と花、花瓶が割れ砕ける音で正気に戻り、今度は羞恥と自己嫌悪に苛まれ逃げ出す。 窓の外に浮かんだ巨大な生首は茫洋とした瞳でその背中を追い、俺に視線を定める。 ふくよかな唇が薄っすら開き、玲瓏と澄んだ声音で囁く。 『弐の贄はいずこなりや』 「目え見んな!」 ただただ真っ黒な―『ヒオウギです。ご存じありませんか』ぬばたまの―『私は墓守なのです。ここは母に祖母に曾祖母、一族の終の地です』 錯綜する記憶。駆け巡る幻。ススキがたなびく丘で抱擁する男と女『愛しています、お前様』カラスに啄まれる罪人の骸『ぎゃああああ』『ぎゃああああ』二重に上がる鳴き声。 「理一!」 走馬灯の彼方で茶倉の声が聞こえる。十円玉においた指がずれ、体が後ろへ倒れていく……。

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