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第16話

にわかには信じがたい説明が終わる。 「グラウンドの連中はどこに?」 「校舎ごと切り離された。外の連中に影響あらへん、あっちで元気にやっとる」 「よかった」 ……のか?首を傾げる。 「俺たち以外に居残ってた連中は?先生や他の生徒も連れてきちまったの?」 「かもな」 「かもなて無責任な!」 「おどれらが勝手に指離したからこうなっとるんやろ」 うんざり気味に苦言を呈されハッとした。 茶倉の言い分が事実なら、コイツは板尾がトンズラこいて俺がぶっ倒れた後も十円玉から指を離さず、悪霊どもにもみくちゃにされながら踏ん張っていたのだ。どうりで学ランがはだけてボタンがなくなるわけだ。気のせいか顔色も悪い。 「ごめん」 しおらしく詫びれば鼻を鳴らして受け流された。生意気。床に金ボタンが落ちてたんで拾って渡す。茶倉は片手でボタンをひったくりポケットに突っ込む。 「俺かて鬼やない、許したる。お前も板尾のとばっちりみたいなもんやしな」 「とりまコックリさんに帰ってもらうのが先決か。それから板尾さがし」 「ホンマ手ェ焼けるで、絶対離すな言うたのに」 「フラグ立てるから」 「ベタなコントしとるんちゃうんねんでこっちは」 「無理ねえよ、俺だって心臓止まるかと思った。なんだよあのデカい顔の女、髪の毛うぞうぞしてた」 「せやから|う《・》|い《・》やろ。鳥葬学園に巣食っとる悪霊どもの親玉」 ご立腹の茶倉を宥め、ラスボスの名前を脳髄に刻み込む。 「茶倉を襲った悪霊はういの手下?」 「いや……連中、俺とういを間違えとった」 「男と女を?確かにキレイな顔してるけど」 「かゆい世辞いうな」 「外見ほめたんだから喜べよ」 「昔の百姓みたいやった。ういの関係者かいな、きな臭いで」 「ういと別行動してる悪霊がいるって事か……ややこしいな」 数分前まで窓に張り付いていた顔を回想し震えが走る。ぬばたまの黒髪は意志を持った生き物の如く醜怪に蠢いて、ガラスを砕き入ってこようとしていた。 もし茶倉がもたなかったら、今頃どうなっていたことか。 「俺を鳥葬の丘にフッ飛ばしたのもういの力?アイツが魚住を捕まえてんの?」 「よォわからん」 「わからんわからんて拝み屋の孫だろ」 口を尖らし文句をたれる俺に対し、茶倉が高飛車に顎をしゃくる。 「俺かてとっかかりなきゃ視えへんねん。どうでもいいからはよこい、コックリさん返すで。そうすりゃこの嫌~な空気もちぃとはマシになる」 茶倉の指摘で初めて空気が澱んでいるのを知覚する。 瘴気の吹き溜まりと化した教室の居心地は悪い。天井の四隅から、教壇の影から、椅子の裏から、机の中から。常に大勢に見張られているような圧迫感と閉塞感が付き纏い、背筋が冷えていく。 「板尾は?」 「おらんもんは仕方ない。頭数そろわんでもやるしかない」 「だよな、いい加減退散してもらわねえと石化とけねえもんな」 重ねて催促され、学ランの埃をはたいて隣に行く。横顔には疲労の色が濃い。人さし指を硬貨に置き、起きた時から密かに気になっていた事をさりげなく訊いてみた。 「さっき理一って呼んだ?」 「呼んでへん」 即答か。 「呼んだよな?」 「鼓膜がこむら返りしたんちゃうか」 「そんな器用な耳してねェよ、こむらはふくらはぎの別名だし。絶対呼んだよな」 「……からすまて咄嗟に呼びにくいねん、舌噛む」 渋々認めた茶倉に対し優越感を覚え、調子に乗って付け加える。 「中2ん時『烏丸がシステマ柔術ステマして火だるまになった』て早口言葉流行ったんだ」 「お前嫌われてへん?」 「嫌われてねえよ多分。魚住も笑ってた」 「さよか」 人さし指の先端が触れ合いドキリとした。ノートのページは皺くちゃで、汗が滴り字が滲んでいる。 所々破れかけ罫線が歪んだ紙が、俺が昏倒中の茶倉の忍耐強さと抵抗の激しさを物語っていた。 一抹の後ろめたさに苛まれ拝み屋の孫を盗み見る。首と手首に指の形の青痣が鮮明に浮かんでた。痛々しい鬱血の痕。 「取り押さえられただけ、だよな」 茶倉は俺が寝てる間に起きた出来事を簡潔に教えてくれたが、都合が悪い部分を省かれたような気がしてならない。 茶倉が辟易した顔で吐き捨てる。 「鈍感なくせに鋭いやっちゃ」 「もっと酷いことされたのか?」 さらに食い下がる俺の上履きの先を逃がさじと踏み付け、上目遣いに微笑む。 「確かめてみる?」 からかいやがって……マジで心配してんのにもうしらねえ。 ニヤニヤほくそ笑む茶倉から視線を切り、怪異に挑む覚悟を固め、十円玉に指を押し当てる。 「最後にもっかいだけ質問いいか」 「どうぞ」 茶倉にお許しをもらい、緊張で乾いた唇をなめて口を開く。 「コックリさんコックリさん教えてください。弐の贄は俺ですか」 十円玉が「いいえ」の上でとまる。脱力した。 「コックリさんコックリさん教えてください。弐の贄は誰ですか」 先に名前を知っていれば助けられる、惨劇の連鎖を食い止められる。縋るように聞く俺の視線の先、霊が下りた十円玉が高速で滑ってく。 『い』『た』『お』『ま』『さ』『た』『か』…… 「アイツが!?」 弐の贄として名指しされたのは魚住リカの元彼。今頃孤立してるに違いない。 「ちょい待て、〆の言葉!」 思いきり上履きを踏まれ諭される。そうだった。今すぐ教室を飛び出し板尾を捜したい焦りを堪え、茶倉と声をそろえて復唱する。 「「コックリさんコックリさんおかえりください」」 固唾を飲んで見守るうち、十円玉が静かに「はい」をさす。その後ゆっくりと鳥居をめざし進んでいき…… 「あれ?」 十円玉が鳥居をくぐる寸前、唐突に視界がぼやけた。残る手で目を擦り、瞬きしたのち見直す。 俺と茶倉が指を擬した十円玉の先、ノート上に記された鳥居から虚像が剥がれる。 絵から分離した影鳥居はひと回りふた回り膨らみ、周囲の瘴気を吸い込んで大きく育ち、闇黒の幻影と化してせり上がる。 喰われる! 二重に分裂した鳥居の片方が急激に嵩を増し、スーッと虚空を前進して俺を通り抜けていく。 「うわっ!?」 立体化した鳥居が3メートル背後で消失、再び静寂が舞い戻る。同時に空気が吹き浄められた。 「何だ今の……こけ脅し?」 幻の鳥居は跡形もない。相変わらず窓の外は真っ暗だが、異様な圧が消えてホッとする。あとには椅子と机、魚住に手向けられた花が散らかっていた。 「今のがうい?そもそもコックリさんで呼び出したのは魚住とうい、どっち?」 「最初は魚住やろな、板尾と本人しか知らん質問に答えとったし。後の方で取り込まれた」 「ういが魚住を操って自殺させた黒幕か」 だとしたら許せねえ。どんな理由があって化けて出るのか知らないが、大昔の事が原因なら魚住は関係ねえはずだ。それとも俺がまだ知らない接点があるのか? 「~なんて推理ごっこしてる場合じゃねえ、板尾はどこだよ」 「一人で突っ走んのは危ない、教室の外がどうなっとるかもわからへんのに」 「じゃあほっとけってのかよ、アイツが弐の贄なんだぜ!もし魚住の二の舞になったら」 「スマホにかけたらどないや」 「……お前頭いいな」 そうだった、アドレス交換してた。即座にスマホを操作し、板尾に電話をかけようとして固まる。メールを一通受信……差出人は板尾正孝。 凄まじく嫌な予感がした。開封ボタンを押す寸前、茶倉が窓に取りすがって叫ぶ。 「板尾!」 切迫した眼差しを追って振り仰いだ先、グラウンドを挟んだ正面に位置する旧校舎の屋上に人影がたたずんでいた。黒い学ランに身を包み、虚ろな目で奈落の底を覗き込むのは…… 「「くそっ!」」 板尾が金網のフェンスに手と足をかけよじ登る。茶倉と同時に舌打ちして駆けだす。 間に合うかどうかわからない、信じるしかない。教室の戸を開け放ち、廊下をひたすら走り続ける。やっぱり窓の外は真っ暗、はてしない闇だけが続いてる。 渡り廊下を経て旧校舎へ赴き、一目散に階段を駆け上がり巨大な鉄扉を開ける。 「何やってんだ馬鹿!」 板尾は金網を乗り越え、屋上の縁に立っていた。息が上がって苦しい。隣の茶倉がもどかしげに顔を歪める。 「あかん。イッとる」 茶倉の一言で俺にも視えた。視えるようになった。板尾に纏わり付く黒い靄、女の髪の毛のような群れ羽ばたくカラスのようなそれが。 「烏丸、茶倉……ありがとな。おかげでリカに会えた」 「別れの言葉が言えて心の整理付いたろ、戻ってこい」 「リカが呼んでるんだ。ひとりは寂しい、こっちに来て。なんであの時助けてくれなかったの、見捨てたのって」 「魚住ちゃうやろ。騙りや」 「そうだよ、魚住は」 鳥葬の丘で今もカラスに啄まれてるなんて言えず、もどかしさに唇を噛む。俺と茶倉、ふたりがかりの必死の説得にも応じず板尾はブツブツ呟いてる。 「今度こそ迎えに行ってやんなきゃ……彼氏なんだから、守ってやるって約束したんだから……」 板尾の瞳は屋上の向こうの闇だけを見詰めてる。魚住が実際そこに浮かんでいるようだ。 しかし俺たちには一切見えないし、百戦錬磨の拝み屋の血を引く茶倉に視えない以上、悪霊の騙りと結論付けるしかない。 「後追いする気かよ。ンなことしても魚住が喜……ばないかどうかは本人じゃなきゃわかんねえけど、家族や友達が哀しむだろ!ていうか茶倉に払うのこり一万踏み倒すのか、来月のバイト代あてるって約束したじゃねえか!」 「俺は執念深いからあの世まで取り立て行くで四十九日待ったらん!」 よろめく膝を気力だけで支え、屋上を突っ切って金網に取り付く。がしゃん、がしゃん、よじのぼる。 「悪いな。俺、くぐっちまったんだ」 「は!?」 板尾が前を向いたまま、泣き笑いに似て崩れた表情で告白する。 「リカをほっぽりだして学校飛び出した時……見たことねえ数のカラスが飛んでた。何百羽、何千羽……カラスの群れが寄り集まって、空にでっけえ鳥居を作った。坂道駆け下りる途中、その下を」 墨色に染まりゆく夕空に聳える巨大な鳥居。夥しいカラスの群れが築いた門。 「仕方なかったんだ。脇道それても追っかけてくるし、バス停に着きゃ無事に帰れるってそんだけで頭一杯で……馬鹿だよな俺。本当馬鹿だ。向こうでリカが待っててくれたのに、一歩踏み出す度胸がなくて」 「だから向こうにいんのは魚住じゃなくて別人、ういってゆー悪霊のボスなんだって人の話聞けよ!」 板尾は正気じゃねえ。目の焦点が合ってない。やっとの思いで金網を越え、縁にたたずむ板尾に手を伸ばす。 「早く掴め!」 「向こうは怖くない。向こうは夕焼け。向こうは」 茶倉が数秒遅れて金網に手をかける。板尾の正面、虚空の闇を背景に人影が浮かぶ。 魚住。 腰まで伸ばした黒髪を靡かせ、黒セーラーを身に纏い、遺影の写しのように可憐に微笑んでいる。 「大好き、正孝。私の全部あなたにあげる」 魚住が極上の微笑みを湛え、緩やかに両手を広げる。優雅な動きに合わせ、ぬばたまの髪が扇状に広がりゆく。 俺が関節外れるギリギリまで伸ばした手には見向きもせず、元カノの胸元だけを食い入るように凝視し、コンクリの縁を軽やかに蹴る。 「~~~~~~ッ、」 がむしゃらに振り抜いた指先が紙一重で上着を掴み損ね、縁から跳んだ板尾が恍惚と笑み、次いで裏切りに目を剥く。 正面の魚住が黒い小袖と緋袴の女に変化し、その体をすりぬけた板尾が前のめりに墜落していく。 重力の法則に身を委ねる間際、板尾が目だけで振り返る。どうして助けてくれなかったんだと訴える眼差し。 長い長い断末魔。闇の底へ消える板尾。肉が潰れる音はとうとう聞こえずじまいで、生きてるか死んでるかもわからない。 あと少しで助けられたのに。 手のひらに爪が食い込む。力任せに拳を振り下ろし、金網を殴り付ける。その衝撃が伝わり、間一髪転落しかけた裾を掴んで茶倉が引き戻す。 「俺のせいだ。力ずくで引っ張ってりゃ」 「ちゃうわ。あの性悪女のせいや」 茶倉の腕。鼓動。体温。瞑った目から滲みだす熱い汁と嗚咽。 「お前の体格と腕力じゃ巻き添えがオチ。せやろうい」 金網を掴んで跪く俺を抱きかかえるようにし、凄味を含んだ顔と声で茶倉が念を押す。 のろくさ顔を上げた時には既にういは消え、茫漠たる闇が凪いでいた。 ポケットにしまったスマホの存在を思い出し、液晶を覗き込む。板尾の遺言となった件のメールには、短くこうしるされていた。 『弐の贄 了』

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