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第18話

『弐の贄 了』 液晶の字に目が釘付けになる。 「了って……どういうこと」 目の前で板尾を死なせてしまった放心状態から覚めやらず、呆然と呟く。茶倉の表情は殆ど動かない。白く光るスマホ画面を覗き込み、簡潔に考察する。 「単純に考えれば完了の了。査収済み」 「これで打ち止め……じゃねえな。わざわざ順番を割り振ってっし」 「せやな。ここで切るんは据わりが悪い」 魚住の自殺に端を発した惨劇はまだ続く。呪いは連鎖する。しかも、だ。考えたくはないが、わざわざ俺のスマホに届いたということは最悪の予想が浮かぶ。 「次は俺の番って事か」 すぐそこに迫った危機に知らんぷりを決め込むほど俺の頭の出来はおめでたくねえし、鈍感にもなれない。既に二人死んでいる。魚住にしろ板尾にしろ友達と呼べるほど親しくなかったのは否定しがたいが、片方は同中の元同級生で、片方は一緒にコックリさんをした仲だ。 どうして助けられなかった、むざむざ見殺しにしちまった?もうすこし手を伸ばしてりゃ届いたのに、あと数センチ差で届かなかった。 「魚住が壱の贄、板尾が弐の贄。んでお前が参の生贄……なるほどリレーか」 「そしてバトンは託された、か。捨ててェ」 「スマホにご指名よこすあたり裏かいてきた」 「メアド交換したから……」 「関係ない。教えてへんでも別の方法で知らせるはず」 「ぬばたまの贄はランダムに選ばれてんのか?無差別だったら他のヤツも危なくねェか」 「大丈夫やろ、多分」 「なんだよそれ。板尾は魚住の元彼だけど、俺は別に関係ねェじゃん。同中卒が狙われてるとか?」 「もっとわかりやすい」 茶倉がもったいぶって言葉を切り、盲点を突く。 「全員黒い鳥居をくぐっとる」 「あ」 脳天から素っ頓狂な声を出す。コイツの言うとおり、魚住・板尾・俺の全員の共通点といえば黒い鳥居を肉眼で見て、しかもくぐっちまったことだ。 「魚住は放課後の廊下、板尾は外、お前はコックリさんの〆。嫌な言い方すれば、既に『喰われとる』」 茶倉が指を三本を折って推理を紡ぎ、俺は暗澹たる気分で押し黙る。鳥居は怪物の口に似ている。貫が上顎、四角い空洞が口腔の見立てなら、喰われたというのはあながち間違いではない。 「待てよ、さっきのもカウントされんの?勝手にスーッて、拒否権なかったじゃん!」 どうにも納得できず声を荒げ、我を忘れて茶倉に掴みかかる。そもそもあの状況じゃ十円玉から手を離せず、逃げも隠れもできなかったってのに理不尽極まる。 「そもそもなんで俺だけ?お前はぴんぴんしてんのに」 「身代わりになってほしかったんか、ビビリ」 露骨なイヤミにカッとする。涼しい顔を殴り飛ばしたくなる衝動を辛うじて制し、低い声を絞り出す。 「ンなこと一言も言ってねえ。けど、ずるいとは思ってる」 「素直でよろしい」 茶倉が不敵に笑んで俺の指をもぎはなす。今ので学ランの胸元に寄った皺をのばし、落ち着き払った様子で続ける。 「腐っても拝み屋の孫っちゅーこと。余っ程の事がないかぎり雑魚は寄ってこん」 「さっきは?」 「アレはノーカン。トンズラかました誰かさんと無責任にぶっ倒れた誰かさんの分までコックリさんとがっぷり組んどったんや、そら隙かてできるわ」 「茶倉練も完璧超人じゃないってワケだ、安心したよ」 「悪霊も生きとる人間と同じで与しやすい方へ行く。お前はガードが緩いから付け込まれたんや」 「誰かさんと違って手一杯だったんでね」 助けてくれなかったとコイツを恨むのは筋違いだとわかってる、現に茶倉は十分よくやってくれた、感謝しなけりゃばちがあたる。鳥葬の丘に幽体を飛ばされた俺が無事帰ってこれたのは、土壇場でコイツが呼びかけてくれたからに他ならない。 魚住はまだあそこにいるのだろうか、鳥葬の丘に縛り付けられ烏の贄にされているのだろうか? 『|ひひはふはひ《しにたくない》』 別れ際の魚住の言葉が甦り、苦い胃液がせりあがってくる。耐え難い自責と後悔の後味。今なら板尾の気持ちがよくわかる。いくら不可抗力といえど、鳥に啄まれる魚住を見捨て一人で帰ってきちまったのだ。しかも今度は板尾まで…… 『誤解してたかも』 いい奴だったのに。 『時間を巻き戻せるなら、死んでもお前を連れ帰るのに』 友達になれたかもしれねえのに。 後追いを止められなかった悔しさと折り合い付かず、拳に力を込めて吐き捨てる。 「板尾、言ってたよ。お前の事誤解してたって。一緒にカラオケいけたかも」 「生きてたらな」 「ラーメンだって……」 俺と茶倉、板尾と魚住の四人がカウンターに並んで座りラーメン啜る光景を想像する。ジンと熱を持った瞼を手の甲で荒っぽく擦り立て、瞬きで涙を追い出す。 「しんきくさ。泣くな」 「泣いてねェもん。我慢汁だもん」 「汁て」 茶倉があきれ顔で言い、少し迷うそぶりを見せ、ぎこちない手付きで頭をなでてきた。不意打ちに心臓が一回跳ねる。 変な話、コイツにぽんぽんされただけでどん底まで落ち込んでた気分がちょっとだけマシになった。 スキンシップに救われて顔を上げりゃ、真っ暗な空が視界を占める。今は夜、なのか?わからねえ。そもそも時間が流れているのだろうか? 「行くで」 茶倉と一緒に屋上をあとにする。背後で重々しい音を伴い鉄扉が閉じ、残響が踊り場に浸透してく。周囲に響くのは二人分の足音だけ。静かだ、とても。 「ういをさがすのか」 「他に人がおるか確かめたい」 「あっそうか。他の教室見てねェもんな、先生や生徒が居残ってっかも。なあ茶倉、言いたかねェけど」 「コックリさんのせいで巻き込んでもたて言いたいんか」 「うん……」 俺たちの行動は本当に正しかったのか、他に最適解はなかったのか、今さらながら疑問が募り行く。 たまたま居残ってた連中にまでとばっちり喰わせちまったんだとしたら 「―ま、どこにでもツイてないヤツはおる」 「冷てェな」 階段を下りて一から教室を見て回る。案の定、何人か生徒がいた。全員が床に伸びている。一瞬死んでるじゃねえかビビったが、ちゃんと脈があって安堵した。 友達とお喋り中に昏倒したらしい女の先輩のスカートを、目を逸らし気味に直す。茶倉と目が合った。 「めくらんの?」 「しねェよ。見損なうな」 「ええ子やな」 「ガキ扱いはよせ、この状況でラッキースケベに預かったって萌えねえよ」 職員室じゃ先生が机に突っ伏していた。床に倒れてるのは数学の吉田、そばにコーヒーがぶちまけらている。指ですくってみたら仄かに温かい。 「寝てるだけ?」 「瘴気にあてられたんや」 「なんで俺たちだけ……」 「俺のおかげ、俺の力。お前は俺の近くにおったから動いて喋れる」 「結界みたいなもん?」 「説明すんのメンドイからそれでええわ」 「茶倉さまさまだな」 巻き込んじまった連中にごめんと心の中で謝っとく。校舎に残ってたのは先生と生徒合わせて二十人程度、多いか少ないかは判じかねた。 職員室を出るなり、後ろ手に引き戸を閉じて切りだす。 「……目覚めんの?」 「元の世界に帰れれば、な」 「リアル漂流教室じゃん。どうすりゃ帰れんだ」 その場に蹲り頭を抱え込む。予想外の事態の連続で目が回る。試しに友達や家にかけてみたが、スマホの電波は通じねえ。外の世界と完全に切り離されちまった。 「そっちは?」 「あかん」 「圏外……異次元だもんな」 変な方向に納得、笑いたくなる。隣の茶倉が顔を上げる。 「ちょい待て」 素早く何かを打ち込みボタンを押す。直後に俺のスマホがメールを受信。差出人は茶倉練。 「わっ!?」 続けざまシャッターを切られ、眩い閃光に驚く。俺のリアクションには特にコメントせず画像を添付して再送信、今度も無事に届いた。 「校舎内じゃ繋がるんか。ご都合主義の極み」 「自分を撮れよ。肖像権シカト?」 「至近距離でフラッシュ焚いたら眩しいやん」 「俺の目はどうでもいいのか」 薄情ぶりにあきれ返り、スマホに開いた写真を観察する。後ろにモヤモヤした黒い影が写り込んでた。鳥居のように見えなくもない。 「げ……」 最悪だ、憑いてきてる。全身に鳥肌が立った。二の腕を抱いて震え上がる俺をよそに、茶倉はどことなく楽しげに弾んだ口調で言った。 「心霊写真一丁上がり。テレビの鑑定に出すか、報酬もらえる」 「魚住たちもしょってたのかな。気付かなくてラッキー……だったのか?」 語尾に疑問符が付いたのは、二人が辿った運命に思い至ったから。今日一日で恐ろしい体験をしすぎて、神経が麻痺してきた。職員室の引き戸にもたれ、膝を抱えて小休止を挟む。 「俺、死にたくねえ」 「ああ」 「まだまだやりたいことたくさんある」 「うん」 「お前とカラオケ行くって約束したし、ラーメンだってまた食いてえし、待ちに待った夏休みがもうすぐだ」 「カラオケはどうでもええけど、除霊はせなな」 「またまた、楽しんでたくせに。あれからレパートリー増えた?」 「般若心経以外に?」 「てかなんで」 「……流行りもんはよォわからんし、音程はずさんで唄えるのがアレしかない」 小さく告白する茶倉。バツ悪げな横顔をガン見。コイツにも苦手な事があったのかと、意外な発見が嬉しくなる。 「ういを倒しゃ帰れるのか」 俺たちが無事夏休みを迎えて遊びまくるためには、鳥葬学園に君臨するラスボスを祓うしかない。 せっかく面白えヤツと友達になれたのに、こんな所で終わってたまっかとヤる気が湧き上がる。 俺はまだ茶倉の事を全然知らない。だから知りたい。コイツが何好きで何を考えてるのか、とことん付き合って知っていきたい。 頭をなでてくれた優しい手も、素直じゃないのに優しい所も、なんなら初体験のカラオケで般若心経を熱唱するズレた所も、全部ひっくるめてコイツらしいと思えてきたから。 「よっしゃ決めた、生きて帰れたら俺の十八番聞かせてやる」 「頼んでへん」 「デュエットする?」 「せんよ」 どちらからともなく立ち上がり、深呼吸で覚悟を決める。 クライマックスは近い。 きっとここが正念場だ。 俺一人ならとっくに心がへし折れていただろうが、相棒が一緒なら乗り越えられると信じたい。 「ういが何考えてんのか、なんでこんな事するのか、まずはそれを突き止めるぞ」 悪霊には悪霊の事情がある。俺が鳥葬の丘で体験した出来事がういの過去の記憶なら、アイツも酷い目に遭わされたんじゃないか? それを恨んで化けて出たのに、ただ倒してスッキリとはいかねえはず。仮に倒すことができても一時しのぎにすぎず、近い将来あるいは遠い未来、また同じ悲劇が繰り返される。 「参の贄をなめんな。私立篠塚高校1年1組出席番号6番、烏丸理一がアンカーだ」 今言えんのはこれだけ。 俺はもうだれにも死んでほしくねえし、だれも見殺しにしたくねえ。 「魚住と板尾は殺された」 「知ってる。正直許せないし許したかねェ、あのおたふく顔ボコりてえ。でもさ、もう死んでんじゃん。死んでるヤツをまた殺すの無意味じゃん。ホントのホントに終わらせてェなら、はじまりまで遡って解決しなきゃだめなんだよ」 そうだ、幽霊は殺せない。鳥葬学園を呪いから解放するには、ういの正体を掴むのが先決だ。 無言で拳を突き出す。怪訝そうに見返す茶倉にニッと笑いかけ、促す。 「付き合えよ、カラオケ」 茶倉が目を丸くし、次いでため息を吐く。再び上がった顔には吹っ切れた笑み。 「次は般若心経デラックスリミックス聞かせたる。そっちも喉鍛えとき」 お互い数珠を巻いた方の拳と拳を軽く合わせ、魚住と板尾の弔い合戦を誓った直後― ぬばたまの悪意が牙を剥いた。

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