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第52話
台所でガツガツと麻婆丼を食べる寧人 。
目を覚ますともう朝になっていた。朝起きるとぎっくり腰も治っていて、家には誰も入った形跡もない。もちろん横には誰もいない。
「夢だったのか?」
しかし自分のパンツが精液で汚れていて久しぶりに淫乱な夢を見て寝てる時に……とびっくりしていた。しかも朝から勃っていた。
「こんなの久しぶりだな」
そしてパンツも変えて玄関を見るとドアノブに麻婆丼はかかっていない。
フードジャンゴのアプリを見ても注文履歴がない。もちろんあの麻婆丼は掲載されていない。
「全部夢だったのか」
とガックリして昨日作った大量の麻婆丼を温め直して食べているのだ。
ふと鏡を見ると少し泣きはらしたのか目のあたりが浮腫んでいる。
「本当に夢だったのか?」
サイクリングスーツに着替えて仕事に向かう。免許も車もない。
一護 が残していた自転車とこの格好で毎日通勤している。これも高級品で売れば良かったのだろうが辞めた。おかげでいい交通手段になっている。
「一護が何度もサイクリングしよって誘ってくれたのにぼくは断ってたもんな……時間もないし、つまらないしって。でもこの田舎らなら、時間が有り余る今なら充分走れる……」
とペダルを蹴り上げる。
30分かけて寧人の勤めるケーブルテレビに着くと、花型番組のアナウンサーの男女2人とタレントが収録していた。
朝から生放送をしていてガラス越しに見ることができる。
「みなさーん! おはようございますっ。今日も生放送ですよっ」
とハイテンションで始める女子アナウンサー。寧人は早くサイクリングスーツから作業着に着替えようとスタジオを横切り更衣室に行こうとしていた。
「今日は実は新コーナーがあるんですよぉ~」
と、スタジオから声がする。このタレントは語尾がいつも伸びているのだが、昔はアイドル……といってもご当地アイドルだったらしいが産休明けとかいう4人の子持ちという。寧人はこのタレントの朝からのハイテンションさにも少しうんざりしていた。
「ちょっと待ってくださーい! そこの自転車乗りの人!」
そのタレントがスタジオを飛び出してカメラマンを連れて寧人の前に立ちはだかったのだ。
「はっ?! な、な、なんですかっ」
いきなりの襲撃で戸惑う寧人。タレントがそんな彼の前で放送を続けている。
「Gテレビ開局40年記念企画!サイクリングで市内感謝旅!」
と周りのスタッフからもクラッカーを鳴らされ更に混乱する寧人。
「ど、どういうことですか?! ぼ、ぼくはここのただの雑務係でありまして……」
「毎朝見てましたよー、みんなで。いつもそのかっこいいそのサイクリングスーツきてスタジオ前を横切ってるのをみんなでぇ!」
寧人はオロオロしていると遠くから所長が手を合わせてすまん!という顔をしている。
「な、なにがすまん……なんだ?!」
そしてスタッフからカメラやらマイクやらタブレットやら機材を渡される。
「てことで、今日からスタートですぅ!」
「はぁああ? 市内は市内でも広いだろっ」
「Gテレビはもちろんのこと、みーチューブでも配信されますぅー!」
「はっ?! みーチューブって全世界配信じゃねーかっ」
「はぁーい、そうですぅー」
寧人はその場で崩れ落ちた。
「ちなみにこの姿も全世界生放送チューですぅー」
といわれても地方のケーブルテレビ配信のものは見ている人も少ない。
「もういやダァ……」
そんな寧人のところに誰かやってきた。
「あ、あなたはアシスタントスタッフなのでご安心をー」
「アシスタントスタッフ?」
寧人は顔を上げるとそこには見覚えのある人が……。
「似合ってるじゃん、その格好」
「い、一護ーっ!?」
そこには同じくサイクリングスーツを着ていた一護が立っていた。
「フードジャンゴ元社長の菱一護さんのアシスタントですよ。メインは」
「あああああっ!」
自分がメインだと思い込んでいた寧人はまた崩れ落ちた。
後日談であるが、アシスタントスタッフが怪我をしたため、自転車通勤していて暇そうな寧人に、頼んだという……。
「てかなんで一護がいるんダァあああああ!」
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