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おれは映研へ顔を出さなくなっていた。
忙しいのはわかっていたし、鈴村や青木からも声をかけられていたけれど、バイトがあるからと断っていた。
映研へ行かない理由を作るために、おれはバイトを始めたのだった。
撮影に追われているにもかかわらず、飲み会は相変わらず行われているようだった。日々蓄積してゆくストレスを、酒を飲んで発散しているのかもしれない。おれはもちろん、飲み会へも行かなかった。
徹底的に、竹島さんを避けていた。
キャンパスは広く、部室へ行かない限り偶然会うことはそうそうないし、おれは意識していなくても目ざとく竹島さんを見つけてしまうから、隠れるのは簡単なことだ。
とにかく、会いたくなかった。
顔を見たくない。
いや、嘘だ。顔を見たい。
見たいから会いたくない。
違う。会いたいから避けるのだ。
会って、顔を見るのが怖かった。森野さんと会ううちに少しずつ薄れてゆく竹島さんへの想いが、戻ってしまうのを恐れていた。
それでも、人手が足りないからどうしても出てきてくれと鈴村に懇願され、いいかげん避けてばかりいては先へ進めないし、そろそろ大丈夫なのではないかと思って、意を決して手伝いに行くことにした。
意を決したのに、竹島さんは構外にロケに出ていていなかった。拍子抜けしたものの、安堵もする。顔を見るのはまだ、ちょっと早いかもしれない。
おれは部室前の廊下で立て看の制作の補助をして、そろそろみんなが戻ってくるという頃に抜け出すことにした。会わないですむならそれに越したことはない。作業が終わった先輩たちは飲み会へ流れこむ算段をしている。
先にロケから戻ってきた先輩とすれ違って、軽く挨拶しながら行き過ぎる。
もう会っても大丈夫だと抱いていた弱々しい自信は、ここへ来て霧散している。急くように階段を駆け下りていたら、階上から呼び止められた。
「広内?」
振り向かなくてもわかった。
ずっと、聞きたかった声だ。
そう思っていたことに、今さら気づく。
「……はい」
見上げると、荷物を抱えた竹島さんがいた。
ずっと見たかった顔だ。
そう思っていたことを、認めざるをえなかった。
「帰るのか?」
「はい、あの、バイトで」
「バイトって、何してんだ?」
「洗い場です。ホテルの厨房の」
「ふうん」
それきり、竹島さんは口をつぐんだ。
ほんのわずかな沈黙なのに、おれは身の置き所がなくなる。
早く、一刻も早くこの場を立ち去らなくてはいけないと思うのに、足がすくんで動けない。
そんなおれの心境をよそに、竹島さんはいたって気軽に訊いた。
「何時までだよ」
「……今日は、十一時までです」
そうか、と竹島さんは横目でおれを見た。それから、言った。
「じゃ、終わったら来いよ」
十一時に終わってから行くと、もう三次会へ移動しているあたりだ。だからそれは、飲み会への誘いじゃないに決まっていた。
はい、とおれは答えた。
少しもためらわなかった。
竹島さんに誘われると、断れない。
そんなことはもうずっと前からはっきりしていた。だから会いたくなかった。
でも結局、おれは断らなかった。
断れないのじゃなかった。
それは完全に、森野さんを裏切る行為だった。あんなに優しい森野さんの好意を、踏みにじることだった。
バイトが終わって、竹島さんのアパートを訪ねた。
「おつかれ」
と、ドアを開けた竹島さんは言った。
「最近顔見せねえと思ってたら、バイトしてたんだな」
「はい。大学入ったらしようと思ってたんで」
「そうか。でもあれだぞ、バイトもいいけど、サークル活動ってのも学生のうちしかできないんだしさ、映画撮るのもそうそうあるわけじゃねえんだから、時間あったら出てこいよ」
「……はい」
普段通りの気安い口調だった。
おれが避けていることなんか、気づいていないに違いなかった。おれの存在などその程度なのだ。いてもいなくても同じ。目に入ったときに、気にかかるくらいの。
竹島さんはそれまでとなんら変わらない手順で、いつものようにおれを抱いた。
ああ竹島さんだ、と思った。
肌の感触も匂いも全部、竹島さんだった。
泣きたくなった。
いつものように意識は遠くへ行かなかった。
ずっとここにとどまっていた。とどまって、竹島さんを感じていた。
やっぱり竹島さんのことが好きだった。
実際にこうして触れるとよくわかった。
何をどうしたって、おれは竹島さんのことが好きなのだ。
それだけがどうしようもないくらいわかった。
わかって、泣けてきた。
逃げられない、と思った。
突き上げてくる快感が、答えのすべてだった。
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