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2:SIDE 竹島

 どいつもこいつも。  大学四年の春になって、竹島征利(まさとし)辟易(へきえき)していた。  どいつもこいつも勝手すぎる。  見てくれがいいとか少々成績がいいとか、映画づくりなんていうちょっと面白いことをやっているとかで、勝手な想像をして理想の人物を作り上げて、それを押しつけてくる。  竹島のそばにいるだけで箔が付くとでもいうのだろうか、しょっちゅう女が寄ってくる。  それでつき合ってみると、竹島くんって映画の話ばっかりだよね、だとか、こんなアパートに住んでたんだ、だとか、結局のところ思ってたのとちょっと違うなんていう理由で離れていったり、もっとああしてこうしてと自分の都合ばかり押しつけてくるので別れることになったりする。  面倒くさい。  竹島はすっかり疲れていた。  女っていうのは面倒くさい生きものだ。そうでないのもいるのかもしれないが、あいにく自分には寄ってこない。そうでないのが寄ってこないような自分なのだから、それはもうしようがない。  そう観念して、竹島は決まった相手を決めないことに決めた。  寄ってくるぶんには拒まない。一緒に歩いたり、メシを食ったりするくらいはする。  つまり、親しい友人のようにふるまうことくらいは許す。ただし、特別な関係にはならない。そうならないようにうまくふるまう技術は身に着けた。後はもう、自分のテリトリーに入ってこないよう気をつけるだけだ。  そういった面倒くさい大学生活の中で、ほっと息をつけるのは映研の部室だけだった。そこでは共通の趣味を持った仲間たちと思う存分好きなことができる。いくら映画の話をしようと誰も文句を言わないし、去年までは先輩もかわいがってくれたし、後輩はのきなみ慕ってくれる。部員には女子もいたが、竹島目当てだと露骨にわかれば退部させられた。活動の邪魔になったことが多々あったからだ。おかげで竹島にとってはひどく居心地がいい。  今年の新入部員に女子はいなかった。男が六人だけだった。南大の映研は人気がある。六人は少ないほうだ。でもそんな年もある。でもその内半分は、ただ映画が好きなだけのど素人で、映画撮影に関する知識も興味もなかった。そういうこともよくあるし、そういうやつらはたいてい、活動している間にもれなく映画撮影にも興味を持つ。だから竹島も、ある程度は期待していたが、まだ顔と名前を完全に覚えるまではいかなかった。  初夏にショートフィルムを撮るまでは。  毎年、新入部員の歓迎をかねてショートフィルムを一本撮る。  脚本と監督と主演は大学二年のときからずっと竹島の担当だった。  部室で一般に向けて上映会をするのが恒例だったが、竹島の手によるものになってから来場者が増えた。竹島は主演にこだわってはいなかったが、やはり映研としては一般に向けて好評を得る必要があって、そのためには竹島の主演はかかせないというのが部内の一致した意見だったため、今年も竹島が主演になった。  ヒロインの大原はとびきりの美人の三年生で、彼女も入部してすぐに主演女優となり、今では大学構内にちょっとしたファンクラブまである。ただし、同じ三年生の竹島以上に映画オタクのさえない彼氏がいて、その存在がまた彼女の人気に拍車をかけていた。 「ラブシーンは寸止めにしておくから安心しろよ」  (くだん)の彼氏の守屋(もりや)をそう言って竹島がからかうと、守屋は真っ赤になって口ごもる。大原のほうが竹島に、からかわないでと怒る。そんな二人を見るのが竹島は好きだった。 「あれ、この通りすがりの落とし物係って誰だっけ」  撮影を目前にして、セリフ合わせをしているときに竹島が不意に訊いた。副部長の里山が、ああ、とため息をつく。すでに報告済みの話だったが、竹島が何かに没頭していて話を聞いていないことはよくあった。里山は慣れたふうに、改めて説明する。 「敷井だよ。三日前に手首を骨折しちゃったから包帯姿ではさすがに出られないって、代役はまだ決まってない」 「ああ、そんなこと言ってたな。じゃあ誰にしようか」  だいたいの部員にはすでに役割分担ができあがっている。暇そうなのは一年だけだ。隅っこで申しわけなさそうに座っている一年のうち、ことさら隅に寄って隠れるように竹島のほうへ視線を向けている一人に目をとめた。 「あそこにいるやつでいいじゃねえか。けっこう顔もいいし。おい、そこの」  竹島に指さされた一年は、きょろきょろと辺りを見回す。自分だとは思ってもいないようで、他の一年に小突かれるようにして竹島と目を合わせる。 「おまえだよ。名前、なんだっけ」 「あ、広内、です」 「広内か。おまえ、この役な。セリフ三つだからできるだろ」 「でもおれ、演技なんかしたことないんですけど」 「誰でも最初は初めてなんだよ。人がいないんだから、やれ。な」 「は、はい」  おっかなびっくり承諾した広内だったが、意外にも好演した。目立たず埋もれず、作品に色を添えた。竹島としては正しい判断だったと満足している。  それで、広内の顔と名前を覚えた。

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