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 中庭に面したピロティの石造りのベンチに池田を見かけて、竹島はふと足を向けた。 「こんなところで本なんて読んでるのか」  顔を上げた池田は竹島を確認して、怪訝そうに眉を寄せる。 「おまえ、映研の竹島だよな」 「おれのこと、知ってるのか?」 「有名じゃないか。女の子たちがキャーキャー言ってるぜ」 「キャーキャーはおれのところまで届いてないな」 「女をとっかえひっかえしてるって聞いてるけどな」 「おれのほうがとっかえひっかえされてんだよ」 「何の用だよ」  池田が横にずれてベンチを開けてくれたので、隣に座る。 「うん。ちょっと失礼なこと聞くんだけどさ、本当に純粋な好奇心だから答えたくなかったら答える必要なんか全然ないんだけどさ、おまえってゲイなの?」  池田は苦笑する。 「まあな」 「オープンなんだな。隠さないのか」 「おれはな。オープンにすると大変なことも多いけど、隠してても辛さはたいして変わんないしな。それで、何、映研の脚本家としての興味なのか? それとも、こっちの世界への興味なのか?」 「まあ、見聞を広めたいっていうのは確かだよな」 「それで、何が訊きたいんだよ」 「あのさ、おまえたちみたいな、性的指向のやつらって、どういうのが好みなんだ?」 「好みか。そんなの決まってないよ。異性を見るときと同じで、好みなんて人によってバラバラさ。少しはセオリーもあるけど、好みのないやつもいるだろうな。思ってもいないタイプを好きになることだって、ノンケのやつにだってあるだろ」 「ノンケってなんだよ」 「ヘテロのことだよ。異性愛者。ようはおまえらみたいな一般的な大多数の性的指向の持ち主のことだよ」 「なるほどな。あのさ、広内、知ってるだろ? 映研の。おまえと同じゼミだって言ってた」 「ああ。知ってるよ」 「あいつってさ」  言いかけて、竹島は自分が思いもよらないことを訊こうとしていることに気づいた。でも、質問をやめようとはしなかった。 「そっち系?」 「そっちって?」 「つまり、ゲイなのか?」  池田は大きく息をついて首を傾げた。 「さあなあ」 「そういうのってわかるもんじゃないのか? 同類ならさ」 「隠すやつは上手に隠すよ。そうじゃなきゃ、よほど気づいてほしいときだけだ。何か心当たりでもあるのか?」 「心当たり、っていうほどたいしたものは、ないよな。そんなふうに思ったこともなかったけどさ。おまえと一緒にいるとこ見て、そういう可能性ってのもあるんだなって思ってさ」 「それじゃ、おれと同じゼミのやつらはみんなゲイってことになっちまうぜ。とんだ濡れ衣だな」 「悪い、そういうつもりじゃないんだ」 「訊いてみれば?」  突然、池田は言った。なんてことないように。 「え?」 「確かめてみればいいじゃないか。おまえは別に、ゲイに対してそれほど偏見がないみたいだしな。おまえがそれを確かめたいっていう意味が伝われば、隠すか隠さないかは相手が決めるさ。まあ、あいつがゲイだっていう前提だけどな」 「確かめたい、意味か」 「弱みをにぎりたいってわけでもないんだろ? 何か、はっきりさせたいことでもあるのかよ」 「はっきりさせたいこと、なあ」  何をはっきりさせたいのかは、竹島にもよくわかっていない。ただ、池田に誘導されるようにして気づいたのは、はっきりさせたい何かがあるにはあると言うことだ。 「まあ、話が聞けてよかったよ。また、聞いていいか」 「ゲイ映画を作るんなら監修してやるぜ」 「そのときは頼むわ」  立ち去りぎわ、買ったままずっと手に持っていた缶コーヒーを渡すと、池田は薄く笑って受け取った。意外とつき合いやすそうだ、と竹島は思った。  意外と、って何だ、と思う。ゲイのわりに、ということか。  それほどない、と池田は評してくれたが、竹島の中にもやはり偏見がないわけではないのだ。でも、生理的な嫌悪感はなかった。それがわかったのも収穫だった。

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