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 あいかわらず女は寄ってくる。  不思議と、寄ってくる女は一様に似通っている。髪型も服装も、化粧のしかたもしゃべり方までよく似ている。おかげで三日続けて違う女と昼食を共にしたが、誰が誰だったかいまいち思い出せない。  どうしてこう、似たような女しか寄ってこないのだろうか。  そんな疑問を里山に投げかけたことがある。  自分に自信のある女しか竹島には寄ってこないんだよ、と里山は答えた。  そうでない女は、竹島の近くにも寄ってこれない。そういうのがいいなら竹島の方から寄っていかなくちゃ。そう言われてなるほどとうなずいた。  それにしてもしかし、よくまあこれほど似たようなタイプばかり集まってくるものだと思う。いっそ、いっぺんに集合させてみたいくらいだ。集まったとき女たちは、その一様さに驚くだろうか。あるいは、その一様さを喜ぶだろうか。  自分から寄っていかなくちゃ、か。  そんな女をわざわざ探すのも面倒だ。探して寄っていくほど、竹島は今、女を欲してはいない。今は映画の方に夢中になっていたかった。  夏の合宿は、海へ行った。合宿といえばやはり海だ。  南大の映研は慣習として毎年同じ海へ行く。そして同じ旅館に泊まる。宿の女将は竹島のファンだ。竹島が行くようになってから、夕飯のお膳の小鉢が一品多いとか、刺身の種類が増えたなどというまことしやかな噂もある。  例年なら三泊四日のほとんどが、近郊にある施設めぐりや海水浴やキャンプファイヤーなどで親睦を深める時間になるのだったが、今年は半分ほど撮影でつぶれた。それはそれで、真新しいせいか部員たちも楽しんでいた。  残りの空いた時間は自由行動で、各々好きなところへ行き好きなことをした。海で泳ぐ者もいたし水族館へ出かける者もいたし、旅館に残って寝て過ごす者もいた。  竹島は旅館の近くのカフェの、海に面したテラスで脚本を仕上げていた。海辺のカットは撮り終えたので、こののち脚本を大幅に書き換えることはもうできない。だから、念入りに最終チェックをしている。  ひと息ついてふと顔を上げると、浜辺を数人で歩いている姿があった。  そのなかに、広内がいた。一年は全員合宿に参加している。同じ学年で行動するのはよくあることだったが、広内は割合上級生の中に紛れていることが多かった。大人しく目立たないが性格的には人懐こく、何かと可愛がられるタイプでもある。  だから、竹島も気になるのだろうか、と思う。  最後の夜、酒の進んだ部員たちは海辺の解放感と遊び疲れで酔いがまわり、ずいぶんはしゃいでいた。男は上級生と下級生で二つの大部屋に分かれていたが、起きている者の大半が竹島のいるほうに集まっている。テレビを見ていたりゲームをしていたり、好き勝手にくつろいでいる。  片隅で、里山が一年と二年を相手に談笑していた。どうやら役者をやるための心得のようなことを伝授しているらしい。  映研に入ってくる学生で、役者志望はあまりいない。役者をやりたいやつは演劇サークルの方へ行く。しかし映研では映画を撮りたい。都合、役者というのは必要なわけである。それで、持ち回りで役者をやる。そのために部員はみな心得を伝授されていくわけだ。 「何だよ、ラブシーンが嫌なのかよ」  揶揄するような里山の声が聞こえ、切なげな声が答える。一年の一人だ。 「だって、やったことないっすよ」 「そんなのさ、経験に照らし合わせてやればいいんだよ」 「だから、その経験がないんすよ」 「何おまえ、経験ないの? どこまで? キスも?」 「訊かないでくださいよう」  その悲しげな響きに笑いが起こる。調子に乗った里山が、じゃあキスシーンの練習しとくか? と持ちかける。 「練習? 誰とっすか」 「大原さん」  おー、と歓声が上がる。しかし、里山はにやりと笑って言葉を続ける。 「と言いたいところだが、残念ながらここにはいないので」  女子はすでに全員部屋へ引き上げている。もちろん、ここにいたところで悪ふざけに乗ってくれる部員はいないだろう。  くだらねえなあ、と、忙しくて見る暇がなく持ち込んでいた映画雑誌に手を伸ばしていると、とんでもない言葉が聞こえてきた。 「今なら特別に、竹島が自らお相手をしてくれるそうです!」  うひゃー、とひときわ高い歓声が上がった。 「マジっすか、竹島さんっすか」 「おい、くだらねえこと言ってんなよ」  一応、言ってはみるが、調子にのった彼らは聞く耳を持たない。 「竹島とキスしてみたいやつ!」  里山の呼びかけに、みなが我先にと挙手をする。これだから酔っ払いは面倒だ。 「あのさあ、おれとラブシーンするとして、おれはどっちの役をやりゃいいんだよ。男役なのか、女役なのか」 「それは、お相手によって決めたらいいじゃないか」  あいかわらず里山は勝手なことを言う。  そういえば広内は、と思いついて、竹島は首をめぐらせた。  いたいた。わいわいと手を上げて活気づいている部員たちの後ろで、身を小さくしている。見つからないように、隠れているみたいだ。  それなのに、人の隙間から不意に目が合った。広内はまるで、隠れているのを見つけられたみたいに、あわてて目をそらした。酔っているのか、頬が紅かった。  そのタイミングで里山が広内を見つけた。 「なんだよ広内、手ェ上げてないじゃん」 「あ、おれは、いいです、ラブシーンとか」 「何言ってんだよ、そんなの、慣れていかないといつまでたってもできないぞ」 「や、やらなくていいです、おれ」 「そういうわけにはいかないんだって。人が足りなくなったらどんな役だってやらなきゃいけないんだから。南大映研の伝統だぞ」 「里山さん、広内はそういうの、本当に苦手みたいなんすよ。なんてんですか、すげえ奥手らしくて、彼女作ったこともないらしいんすよ」 「マジか? けっこうイケてんのに? そりゃますます慣れていかないとな。よし、広内。おまえ行け! 竹島、広内の相手してやってくれ」 「ちょっと待ってください、本当に、おれ、だめですって」  広内は全力で抵抗しているが、テンションがマックスになった酔っ払いたちは容赦ない。  嫌がる広内を羽交い絞めにして、無理やり前へと引っ張りだしてくる。 「竹島、こっち来いって」  しょうがないので、竹島もつき合ってやることにした。盛り上がっているところに水を差すのも何だし。 「でもなあ、こんなに嫌がられると、やる気失せるよな」  渋々立ち上がると、里山が笑う。 「今までこんなに嫌がられたこと、ないんじゃないか?」 「まったくだ。おれとしたことが」 「いや、そんな、竹島さんが嫌だとかそういうんじゃなくて、おれ、こういうのがどうしても苦手で」  広内が、唯一自由になる口で必死に訴える。だが残念なことに、誰も広内の言うことに耳を貸さない。 「それで、おれはどっちをやりゃいいんだよ。女役なのか?」 「どっちでもいいよ。要はキスだ」 「なんだそりゃ」 「キスだキスだー」 「お願いしゃーっす!」  無責任な声が方々からかかる。趣旨がすっかり変わっている。  まったくしょうがないやつらだ。まあ竹島としては、女相手だろうが男相手だろうが、キスくらい造作もないことだ。 「だとよ、広内。あきらめろ」  竹島は羽交い絞めにされた広内の前に進み出て、その顔を両手でつかんだ。 「いや、いいですいいです。本当に大丈夫ですから、おれ」  必死に訴える広内に、顔を近づける。  取り囲む周りの連中が、息を飲んで見つめているのがわかる。いつのまにか、テレビやゲームに夢中だった連中までが注目している。  注目されるのには慣れている。撮影しているときは常に人の目がある。だから竹島は平気だった。鼻先が当たりそうになる瞬間、最後に広内の瞳が見えるまでは。  人のわずかな声の抑揚や仕草で、彼らの心境を推し量ることが、竹島にはできた。脚本を書くために、いろんな人間の立場になって物を考えたりセリフを考えたりしていると、自然と感じられるようになる。  今までつかみどころのなかった広内の心境が、こんなときにかぎってはっきりと伝わってきた。  悪ふざけを嫌がっているような、単純なものではなかった。  広内の瞳の中に、否とも応ともつかない、揺らぎがあった。  苦しそうだった。  許容でも拒絶でもなかった。  困惑とともに、苦悩があった。  その揺らぎは、竹島の動揺を誘った。 「……やめた」  竹島は広内に向けて(かが)めていた体を起こし、広内の顔を押さえていた手を離した。周囲から落胆の声が上がる。 「なんで」  非難というより、驚きの声を里山は上げた。そういうノリを、竹島が(かい)さないとは思わなかったからだ。  竹島は小さく息をつく。 「やっぱ嫌がってるのに無理やりするなんてな、おれの矜持(きょうじ)が許さねえ」 「きょうじって何すかー」 「竹島さーん、おれだったら嫌がらないっすよー」 「暑苦しいから近寄るんじゃねえ」  竹島が群がる酔っ払いたちを払いのけているうちに、里山は放り出された広内を助け起こした。 「よかったな、広内。竹島が紳士で。おまえの初体験は先延ばしだ」 「しょ、初体験くらい、おれだって」 「え、そうなのか?」 「いや、なんでもないです」 「おい、こいつ彼女いないとか嘘だぞ、初体験済ませてるらしいぞ」 「なんだと!」  せっかく拘束をとかれた広内は、自らの失言のせいでまた窮地に陥った。再開したバカ騒ぎをよそに、竹島は元の位置に戻って映画雑誌を手に取った。  開いたページの内容はまったく頭に入ってこなかった。  竹島は困惑している。  今のは、いったい何だ。  伝わってきた感情の意味を、竹島は未だつかみかねている。  断定することはできない。  でもあれじゃ、まるで。  あんな目をするのは、まるで。  訊いてみれば。と池田は言った。  確かめてみればいいじゃないか、と。  でも、確かめてみることにいったい、どんな意味があるというのか。

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