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3:SIDE 広内
ゲイかもしれない。
という疑念を初めて抱いたのは、中学生のときだった。
きっかけが何だったかは覚えていない。
不意に、その可能性が頭をよぎったのだった。
そして、そう考えるといろんなことの辻褄が合った。
いつまでたっても好きな女子ができないこと。
同級生の男子に憧れてしまうこと。
憧れすぎて、そばに行くとドキドキすること。
でも、まさか、と思った。
そんなわけはない、と打ち消した。
そのうち、みんなと同じように女の子が好きになるはずだ、と自分に言い聞かせた。
でもすぐに限界がきた。
自分はゲイなんだ、と認めたのは、高校生になってからだ。
高二のとき、隣のクラスの女子に告白された。ろくに話したこともなかったけれど、友人たちにはやされてつき合うことにした。ショートカットで目の大きなかわいい子で、吹奏楽部でクラリネットを吹いていて、よく笑ってよくしゃべって、いつも元気で明るい本当にいい子だった。
でも、三か月しか持たなかった。もう少しがまんしようと思えばできた。でもそれはがまんでしかなかった。おれは彼女の期待に応えられない、ということがわかったからだ。わかったのに、期待を持たせ続けることができなかった。
どんなに努力してみても、おれは彼女に対して性的欲求を抱くことができなかった。身体を重ねるどころか、キスをしたいとも、手をつなぎたいとすら思わなかった。
友人たちにそういった内容の話をふられるたびに、どこまでいってんだよ、もうキスした? もうやっちゃった? なんて訊かれるたびに、適当に濁して答えず、つき合いの悪いやつだと嫌がられた。
ああ、やっぱりそうなんだ、と確信せざるを得なかった。
おれが本当に触れたいと思う相手は、別にいた。
そいつは同じグループで、一年からクラスが一緒の、男だった。
認めて、絶望した。
おれはもう、恋愛をすることはないのだ。
好きになることはあっても、その相手に好かれることはない。
おれは一生一人なんだ。その事実を受け入れるのには時間がかかった。
今考えれば別に、そんなことはないとわかる。ゲイどうしなら恋愛はあたりまえにできる。ただそのときは、好きな相手がノーマルだったからそう思っただけだ。
そいつとは、高校三年間同じクラスだった。友人たちの中には彼女ができるやつもいたが、そいつにはできなかった。口では清楚系の爆乳の女の子が好みのタイプだと言っていたが、本当はゲイだから彼女を作らないのならいいのにと何度も思った。期待するだけなら自由だ。
でも、期待が打ち砕かれたときの反動は大きい。
卒業式の日、姿が見えないと思っていたら、談笑するおれたちのところへ卒業証書の入った筒を振り回しながらそいつが走ってきた。
「やった、オッケーだった!」
そう言って興奮している。
「マジか! やったな!」
「すげえじゃん。よかったな!」
友人たちが次々と声をかける中、おれだけが状況をつかめないでいた。
「何、何の話?」
そばにいた友人の一人が教えてくれた。
「こいつ、告白してきたんだよ。それでオッケーだったんだって!」
こぶしを高々と上げて喜ぶそいつに、みんな飛びついたりヘッドロックかけたりと大騒ぎしている中、俺はからからに渇いた咽の奥からどうにか声をしぼりだした。
「へ、へえ。よかったじゃん。でもなんで、おれには言ってくんなかったの」
「だっておまえ、なんかそういう話とか、好きじゃねえみたいだったじゃん。だからまあ、結果報告的な? だめだったら恥ずいし」
そいつはその彼女のことがずっと好きで、通学路を合わせたり、同じ塾に通ったりといろいろ画策していたと言う。
最後の最後に、こんな仕打ちが待っているとは予想もしていなかった。
もう少しで、じゃあまたなと手を振って別れるんだったのに。
ほんのわずかでも、淡い期待を持ったまま学校生活に別れを告げさせてくれればよかったのに。
家に帰って、おれは泣いた。
何が悲しくて泣いているのかはわからなかった。
そいつに彼女ができたからなのか。
そいつにずっと好きな女子がいたことを、おれだけが知らなかったからなのか。
もう、そいつに会うことはきっと、二度とないからか。
あるいは、そのすべてだったかもしれない。
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