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広内のバイト先のホテルの前で待っていると、出てきた広内に男が近寄った。
そうして二人は歩き出す。
そうすると、あれが例の森野という三年生なのだろう。竹島は少し離れて後を追った。
二人は、つかずはなれずという距離で歩いている。つき合っていると言われればそんなふうにも見えるが、傍目にはただの友人どうしにしか見えない。確かにまあ男女の関係と違って、人目のあるところで堂々と、さもつき合っているふうをさらけだすわけにはいかないだろうから、男どうしだとこういうものなのだろう。
しかし、と竹島は少しいらだって思う。
池田の言うことを完全に信用していたわけではなかったが、こうして目の当たりにしてしまうと認めないわけにはいかない。
広内は、竹島以外に関係を持っている相手がいたのだ。
別に、竹島は広内と何かを確約したわけではないのだし、広内が竹島に対して貞操を守らなくてはならない道理はないのかもしれない。ゲイの間ではこういうことも、常識のうちの一つなのだと言われれば承服せざるを得ない。
だがしかし。
やはり腹が立つ。
自分にそれほど独占欲があるとは思わなかったが、広内が他の誰かと抱き合っていると思うと向かっ腹が立った。自分の腕の中でしているような顔や声を、あの男のところでもしているかと思うとますますいらだちがつのった。
どうやら、その激情を抑えきれそうもなかった。
見れば公園の外灯の下で口論をしている。森野が広内の腕をつかんで引き寄せようとしているが、広内は嫌がっているように見える。
ひときわ、公園内に響き渡るような甲高い声が聞こえた。
「でもおれ、竹島さんのことが好きなんです」
何だよそれ。
いらだったまま、竹島は思う。
いったい、何だってんだよ。
竹島は、激情のままに歩み寄って森野の腕をつかんだ。
「離せって言ってるんだから、離せよ」
ぽかん、とした森野の顔が目に映った。すぐには状況を把握できずにいるようだ。
そりゃそうだろう。
しかし、冷静さを取り戻したのか森野は、広内から手を離して竹島を睨み返した。
低く、強さのある声で言う。
「竹島さん、ですね。どうしてここに?」
「通りがかったんだよ」
「これはぼくと広内の問題です。竹島さんには関係のないことです」
「悪いけどな、こいつはおれのなんだ。関係ないのはおまえのほうだろ」
そう言って、森野が、そして広内がどんな反応を見せるだろうと思った。しかし、森野が唖然とした顔は確認したが、広内のほうは見られなかった。
竹島は森野から手を離し、背を向けた。
「行くぞ、広内」
「広内はあなたのものじゃない。勝手なことを言って勝手なことばかりして、いつまで縛りつけておくつもりだ」
竹島は振り返り、広内を見た。広内も竹島を見ていた。
目が合う。
広内とちゃんと目が合うのは久しぶりだな、と竹島は思った。その目は、竹島の登場を迷惑がっていなかった。少なくとも竹島にはそう思えた。
「じゃ、こいつに聞いてみればいいだろ」
そう言われた広内は、しばらくの間森野をじっと見て、おもむろに深く頭を下げた。
「ごめんなさい、森野さん」
すでに歩き出していた竹島の耳に、追ってくる足音が聞こえる。
聞き慣れた足音だ。
ようやく竹島は、息をつく。
肩に力が入っていたことに気づく。
もしかしたら広内に拒絶されるかもしれない。どこかでそんなふうにも思っていたのかもしれない。だからもらしたのは、安堵の息だった。
アパートに帰ると、またぞろ腹立ちが沸き起こってきた。こうしておれのほうを選ぶのなら、どうして他の男のところに行ったりするんだ。
振り返ると、広内はいつものようについて上がってくることもなく、玄関先でぼんやりと立ち止まっている。
竹島はいらだちのままに、広内を引っ張り上げた。されるがままに靴を脱ぐ広内の沈んだ様子に勘繰りをする。
森野ではなく竹島を選んだことを、後悔しているのか。
本当は森野のところへ戻りたいのか。
竹島は広内の力の抜けた身体を壁に押しつけた。戸惑った面持ちの広内に顔を寄せる。
「おまえ、おれのことが好きなんじゃなかったのか」
広内は答えない。答えないのはどういうことなのか。答えさせたいが、自ら言わないものを無理やり言わせても意味がないこともわかっている。
「なんで、他のやつとあんなふうにもめてんだよ」
吐き捨てるように竹島は言う。広内は悲しげにうなだれた。
「……すみません」
竹島は大きく息をつく。
「謝ってほしいわけじゃ、ねえんだけどなあ」
広内を前にすると、思考がうまく働かなくなる。言葉が出てこない。
広内のことが、よくわからない。
これまでもわからなかったが、ますますわからなくなった。
それでも竹島は、広内を手放したくなかった。
奥の部屋へと引っ張ってゆく。いらだったまま、竹島は普段どおりに広内を抱いた。広内はいつものように反応した。その反応を見れば、広内がこうして竹島のもとへ来たことを後悔しているようには思えない。ただ、キッチンの明かりに照らされて見えた表情はいつもより苦しげだった。普段はあまり声を出さない広内が、時おり切なげに啼 いた。
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