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「竹島くん」
構内を歩いていると、敷島ミホが声をかけてきた。
敷島は、ミス南大の四年生だ。以前は竹島にアプローチしていたが、脈がないとわかると引きは早かった。女優を目指しているようで、それ以降は竹島にたびたびアドバイスを求めていた。
「今度ね、オーディションを受けられることになったの。書類審査が通ってね、演技審査があるんだけど、見てくれない?」
「どんな役?」
「お母さんを亡くした娘の役。泣かなきゃいけないのよね」
「そりゃ難役だな。四時からなら部室にいるぜ」
「本当? ありがとう。よろしくね」
食堂に入ると百合原聡美が隣に座ってきた。百合原は二年後輩の同じゼミで、最初のうちこそ竹島に好意を寄せていたようだったが、相手にしないでいると単純に後輩としてなついてくるようになった。
「竹島さん、ちょっといいですかあ?」
「なんだよ、いつもちょっとちょっとって、今度は何の相談だよ」
「あたしね、女子アナになろうかと思うんです。どう思います? 女子アナ、いけると思います?」
「今度は女子アナかよ。それで、それは見た目のことか? それとも中身のことか?」
「えー、そこまで考えてなかったですけどう、じゃあどっちもです」
「見た目は悪くないだろうけど中身がなあ。女子アナは頭もよくないとなれないぜ」
「えー、どれくらいよくないといけないんですかねえ、あたし、まあまあいいと思うんですけどう」
そんな会話につき合っていたら、窓際に広内の姿を見つけた。
一人だった。
最近は主だったシーンを撮り終えて編集作業に入っているからか、後輩とあまり話す機会がなく、飲み会にも参加できていなかった。編集はほとんど里山と二人で行なっている。広内を見るのは一週間ぶりだ。
森野ともめた翌朝、竹島が眠っている間にやはり、広内は帰ってしまっていた。だからあれ以来広内とは話していない。
竹島は話をやめない百合原を置いて、広内のほうへ移動した。
竹島が近寄っていることに、広内は気づいていた。向かいに座ると小さく会釈する。
「一人なのか。めずらしいな。いつも一緒の鈴村と青木はどうした」
「二人とも今日はバイトで休んでます。竹島さんは、いいんですか。彼女」
竹島が振り返ると、百合原は近くに友人を見つけたのかすでに席を移って談笑している。
「あいつは慣れてんだ、いつもたいした話はしてないからな」
「仲いいんですね」
「いいって言うのかな。くだらない相談ばっかりされるんだけどな。おまえ、今日の夜は。バイトあるのか」
「バイトは、ないです。なんか、友田さんが誕生日みたいで、柳井さんたちが誕生日会するからって言ってましたけど」
「どうせ飲む口実だろ。行くのか?」
「はあ。竹島さんは、編集ですか?」
「今日は里山がいないから、遅くまではやらない。晩飯食いに行こうぜ」
広内は一瞬ひるんだ様子を見せ、ためらいがちにうなずいた。
「なんだよ、嫌なのかよ」
「嫌とかじゃ、ないです。でも、おれでいいんですか」
「何が」
「え」
あいかわらず、よくわからないことを言う。よくわからないことを言うから、竹島は広内が気になってしょうがない。
「おれが誘ってんだから、おまえでいいに決まってるだろ。後で連絡する。あ、そうだ」
立ち上がりかけて、思い出す。
「番号教えろよ。ずっと聞き忘れてた。連絡もできやしねえ」
広内はうなずき、スマホを取り出した。竹島が自分の番号を入力すると、なぜだか礼を言う。変なやつだ、と改めて思う。
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