25 / 34
-
そういえば、待ち合わせをして広内と会うのは初めてだ、と思い至る。
家の近所の定食屋でもよかったし、行きつけの居酒屋でもよかったが、気分を変えてスペイン料理の店に連れていった。
「竹島さん、こういう店にも来るんですね」
テーブルについた広内が、店内を見回しながら言う。
「前はよく来てたんだけどな。久しぶりに食べたくなってさ。ワインも飲みたかったし」
「ワインとか、飲むんですね」
「おまえは? ワイン飲めるか?」
「飲んだことないです」
「そういえばおまえ、あんまり泥酔したりしないよな。酒、強いのか?」
「どうでしょう。自分ではわかんないですけど。でもそんなにたくさん飲むこと、ないですから」
話しながら、広内はこんなふうだったろうかと竹島は思う。
前はもう少し、はつらつとしゃべるやつだった気がする。最近はなんというか、暗い。それに、あまり笑わない。前はもっと、嬉しそうだった。竹島と向かい合っていることが。
「広内」
呼ぶと、広内は少し驚いたように顔を上げた。
運ばれてきた料理の、何かを口に入れたところだろうか、頬がふくらんでいる。
「撮影、どうだった」
「あ、すごく面白かったです。いろいろ初めてのことが多くて、勉強になりました」
「そうか。完成した映像見たら、感動するぞ」
「そうですよね。見る前から、そう思ってます。できていく過程を一から知っているのと、何も知らずに見るのとじゃ、たぶん全然違うんだろうなって思います。楽しみです」
もぐもぐと口を動かしながら、広内は目を細めて笑った。
お、笑った。そう思って竹島は、広内のグラスにワインを注いだ。
竹島は赤が好きなのだったが、初めて飲むなら飲みやすいほうがいいだろうと思って白にした。おいしいですね、と広内はよく飲んだ。ボトル二本空けるころには、めずらしくまぶたが重そうだった。
「酔ったか?」
「……ちょっと、酔ったかもしれません」
「これくらい飲んでちょっとなら、おまえけっこう強いほうだぞ」
「竹島さんは、じゃあ強いんですね。全然変わらない」
「うん。おれはけっこう強いんだ。もう帰るか」
先に立った竹島がレジで払おうとすると、広内が袖を引いた。
「おれも、払います。いくらですか」
「いいよ、おれが誘ったんだし」
「だめです。前も、おごってもらったし」
「先輩にはおごられとけって」
「だめですだめです」
言いながら、広内は鞄の中を探り、それから上着のポケットを探り、ひとしきりうろたえた後、恐縮して頭を下げた。
「……すみません、財布、忘れました」
竹島は思わず笑って、会計をすませた。
恥ずかしさのせいか酔っているせいか、外灯の明かりに照らされた広内の頬は赤かった。最近あまり感情をあらわにしなかった広内が、今日はわかりやすい表情をしている。
帰り道、広内の足取りは覚束 なかった。
「おい、大丈夫か」
腕を支えてやると、大丈夫ですよ、と平気なふりをする。
「ちょっと眠いだけで、そんなに酔ってません」
「酔ってないっていうやつが、一番酔ってるんだって」
「じゃ、酔ってます」
そう言って、大股でずんずん歩いてゆく。
「危ないぞ」
「危なくないですって。本当に大丈夫ですから。急に歩き出したからちょっとふらふらしただけで、ほら、ちゃんと歩けますから」
「別にいいだろ、酔ってたって」
竹島が腕をつかんで引き寄せると、足をふらつかせた広内が竹島の胸の中に納まった。その感触に、何かを思い出す。
前にも、こんなことがなかっただろうか。
腕を引っ張って、抱きとめた。
階段から落ちそうになったそいつを、竹島が映研に誘ったような。
「おい、広内」
「はい?」
「おまえ、新歓の上映会に来てたよな? そのとき、階段落ちそうになったか?」
広内は一瞬変な顔をして、知りませーん、と言いながらまたふらふらと歩き出す。しかたなく、また捕まえて肩を抱いた。
広内は、おとなしく支えられるがままになった。夜はもう深く、酔っぱらいはそこらじゅうにいる。少々寄り添って歩いていても、気に留める人はいない。
「竹島さん」
「ん?」
「今日みたいな店、他にも知ってるんですか」
「外国料理の店ってことか?」
「映研の先輩たちとは、行かないところです」
「ああ、そうだな、あいつらを連れてかない店はまだあるな。あいつらは騒げる居酒屋なんかじゃないとだめだからな」
「そういう店には、騒がない人を連れていくんですか」
「まあな。大人数で行くとどうしても騒がしくなるしな。ああいう店だと迷惑かけるだろ」
「大人数じゃなかったら、何人で行くんですか」
「まあ、二人とか、三人とかだな。なんだよ、何の話してんだ?」
「どういう人と、行くのかなあって、思っただけです」
「どういうって、今日はおまえと行ったじゃねえか」
酔った人がよくするように、広内は大きくゆっくりと息をはいた。横顔の口先がとがっている。その表情が、竹島の返答に不満げなように見える。
「竹島さん」
「ん?」
呼びかけたくせに、広内は何も言わなかった。なんだよ、と竹島が覗きこもうとすると、広内は顔をそむけた。
「なんでもないです。もう一人で歩けますから大丈夫です」
そう言って竹島の手を振りほどく。しょうがねえやつだなあ、と竹島は後を追う。
しょうがない、と思いつつも、竹島はいつにない広内の態度を面白がっていた。
いつもの大人しく従順な広内よりよほどいい。こういう一面もあるのか、と楽しくなる。
ともだちにシェアしよう!