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 そういえば、待ち合わせをして広内と会うのは初めてだ、と思い至る。  家の近所の定食屋でもよかったし、行きつけの居酒屋でもよかったが、気分を変えてスペイン料理の店に連れていった。 「竹島さん、こういう店にも来るんですね」  テーブルについた広内が、店内を見回しながら言う。 「前はよく来てたんだけどな。久しぶりに食べたくなってさ。ワインも飲みたかったし」 「ワインとか、飲むんですね」 「おまえは? ワイン飲めるか?」 「飲んだことないです」 「そういえばおまえ、あんまり泥酔したりしないよな。酒、強いのか?」 「どうでしょう。自分ではわかんないですけど。でもそんなにたくさん飲むこと、ないですから」  話しながら、広内はこんなふうだったろうかと竹島は思う。  前はもう少し、はつらつとしゃべるやつだった気がする。最近はなんというか、暗い。それに、あまり笑わない。前はもっと、嬉しそうだった。竹島と向かい合っていることが。 「広内」  呼ぶと、広内は少し驚いたように顔を上げた。  運ばれてきた料理の、何かを口に入れたところだろうか、頬がふくらんでいる。 「撮影、どうだった」 「あ、すごく面白かったです。いろいろ初めてのことが多くて、勉強になりました」 「そうか。完成した映像見たら、感動するぞ」 「そうですよね。見る前から、そう思ってます。できていく過程を一から知っているのと、何も知らずに見るのとじゃ、たぶん全然違うんだろうなって思います。楽しみです」  もぐもぐと口を動かしながら、広内は目を細めて笑った。  お、笑った。そう思って竹島は、広内のグラスにワインを注いだ。  竹島は赤が好きなのだったが、初めて飲むなら飲みやすいほうがいいだろうと思って白にした。おいしいですね、と広内はよく飲んだ。ボトル二本空けるころには、めずらしくまぶたが重そうだった。 「酔ったか?」 「……ちょっと、酔ったかもしれません」 「これくらい飲んでちょっとなら、おまえけっこう強いほうだぞ」 「竹島さんは、じゃあ強いんですね。全然変わらない」 「うん。おれはけっこう強いんだ。もう帰るか」  先に立った竹島がレジで払おうとすると、広内が袖を引いた。 「おれも、払います。いくらですか」 「いいよ、おれが誘ったんだし」 「だめです。前も、おごってもらったし」 「先輩にはおごられとけって」 「だめですだめです」  言いながら、広内は鞄の中を探り、それから上着のポケットを探り、ひとしきりうろたえた後、恐縮して頭を下げた。 「……すみません、財布、忘れました」  竹島は思わず笑って、会計をすませた。  恥ずかしさのせいか酔っているせいか、外灯の明かりに照らされた広内の頬は赤かった。最近あまり感情をあらわにしなかった広内が、今日はわかりやすい表情をしている。  帰り道、広内の足取りは覚束(おぼつか)なかった。 「おい、大丈夫か」  腕を支えてやると、大丈夫ですよ、と平気なふりをする。 「ちょっと眠いだけで、そんなに酔ってません」 「酔ってないっていうやつが、一番酔ってるんだって」 「じゃ、酔ってます」  そう言って、大股でずんずん歩いてゆく。 「危ないぞ」 「危なくないですって。本当に大丈夫ですから。急に歩き出したからちょっとふらふらしただけで、ほら、ちゃんと歩けますから」 「別にいいだろ、酔ってたって」  竹島が腕をつかんで引き寄せると、足をふらつかせた広内が竹島の胸の中に納まった。その感触に、何かを思い出す。  前にも、こんなことがなかっただろうか。  腕を引っ張って、抱きとめた。  階段から落ちそうになったそいつを、竹島が映研に誘ったような。 「おい、広内」 「はい?」 「おまえ、新歓の上映会に来てたよな? そのとき、階段落ちそうになったか?」  広内は一瞬変な顔をして、知りませーん、と言いながらまたふらふらと歩き出す。しかたなく、また捕まえて肩を抱いた。  広内は、おとなしく支えられるがままになった。夜はもう深く、酔っぱらいはそこらじゅうにいる。少々寄り添って歩いていても、気に留める人はいない。 「竹島さん」 「ん?」 「今日みたいな店、他にも知ってるんですか」 「外国料理の店ってことか?」 「映研の先輩たちとは、行かないところです」 「ああ、そうだな、あいつらを連れてかない店はまだあるな。あいつらは騒げる居酒屋なんかじゃないとだめだからな」 「そういう店には、騒がない人を連れていくんですか」 「まあな。大人数で行くとどうしても騒がしくなるしな。ああいう店だと迷惑かけるだろ」 「大人数じゃなかったら、何人で行くんですか」 「まあ、二人とか、三人とかだな。なんだよ、何の話してんだ?」 「どういう人と、行くのかなあって、思っただけです」 「どういうって、今日はおまえと行ったじゃねえか」  酔った人がよくするように、広内は大きくゆっくりと息をはいた。横顔の口先がとがっている。その表情が、竹島の返答に不満げなように見える。 「竹島さん」 「ん?」  呼びかけたくせに、広内は何も言わなかった。なんだよ、と竹島が覗きこもうとすると、広内は顔をそむけた。 「なんでもないです。もう一人で歩けますから大丈夫です」  そう言って竹島の手を振りほどく。しょうがねえやつだなあ、と竹島は後を追う。  しょうがない、と思いつつも、竹島はいつにない広内の態度を面白がっていた。  いつもの大人しく従順な広内よりよほどいい。こういう一面もあるのか、と楽しくなる。

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