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 いつからか、広内が映研に来なくなった。  撮影でバタバタしていてしばらく気づかなかったが、めっきり姿を見ていない。必ず顔を出していた飲み会にも来ていなかった。 「広内、最近来てないな」  いつも広内とつるんでいる鈴村という一年に訊くと、 「バイトしてるんすよ」  と返ってきた。  へえ、バイトか。  聞いてねえな。  そうは思ったものの、広内がバイトを始めたことなど、竹島に言う義務もないだろう。  しょっちゅう部室で顔を合わせていたし、広内を抱きたくなったら飲み会終わりに声をかければ良かったので連絡先を聞いていなかった。  しかし、こうも音沙汰がないのは、どうなんだろう。  避けられている気が、するような気もする。  もしかして、避けられているのだろうか。  そんな疑念が浮かんだ頃、ロケ終わりで校舎に戻ったときに偶然、階段を駆け下りてゆく広内を見かけて反射的に呼び止めた。 「広内?」  ゆっくりと振り向いた広内は、不安そうな顔で竹島を見上げた。 「……はい」  その表情に、竹島のほうが動揺した。久しぶりに、広内の顔を見たからだろうか。  今ここで捕まえておかないと、また逃げられてしまいそうな気がした。 「帰るのか?」 「はい、あの、バイトで」 「バイトって、何してんだ?」 「洗い場です。ホテルの厨房の」 「ふうん」  いつもは、飲み会終わりの流れで酔った勢いも手伝っていた。  こんなところで誘うと、嫌がるだろうか。  そうは思ったものの、広内の顔を見るとこのままじゃあまたなとはいかなかった。 「何時までだよ」 「……今日は、十一時までです」  そうか、と一呼吸おいて、竹島は言った。 「じゃ、終わったら来いよ」  はい、と広内は答えた。ためらう様子はなかった。  避けられている、と思ったのは、竹島の気のせいだったのかもしれない。  幾分安堵して、竹島は夜を待った。      女となら経験は少なくないが、男どうしというのはやはりよくわからない。  かといって、このままでいいのかどうかもわからない。  今はほとんど時間がとれないからしかたがないが、学祭が終わったらまた、広内と飯でも食いにいこうか。  でも、そういうような、周りにバレそうな行動は本来、嫌だろうか。  授業中や撮影中の合間合間に、思いついては考える。  しかし結局、考えたところでよくわからない。  それで、池田に聞くことにした。  池田には広内のことを話してあった。いろいろ教えてもらったし、相談できる相手が一人いると便利だ。  それに、池田は信用できた。根拠はない。直感だ。竹島は自分の直感を信じている。  いつものようにピロティの一角で開いた本のページに目を落としている池田を見かけて、竹島は声をかけた。  竹島を見上げた池田は、複雑そうな顔をした。 「よう。どうした、変な顔して。難しい本でも読んでるのか」 「ただのミステリーだ。それよりさ、広内は最近どうしてる」  竹島は首を傾げながら池田の隣に腰かけた。 「それが最近、全然出てこないんだよな。バイトしてるんだってよ。撮影が忙しいってのに薄情なやつだよ。飲み会にも来てないし」 「じゃ、おまえは知らないんだな」 「何を」 「悪いお知らせだ。広内、うちの三年とつき合ってるらしいぜ」  竹島は唖然とする。  意味がわからない。  つい先日、広内を抱いたばかりだ。 「ちゃんと説明してくれ」 「白石ゼミの三年に森野っていうのがいるんだ。こいつはおれも知ってる同類だ。森野は広内が前から気になってたらしくて、広内のことを知ってる一年のやつに仲介してもらったそうだ。もう、広内はバイト終わりに森野の部屋へ直行してるってさ」 「……確かな話なのか」 「まあなあ、当の森野が言ってたらしいからな。でもおまえと切れてるわけじゃないんだよな? 広内ってそういう器用なタイプだとは思わなかったけどな」 「そういうの、おまえらの世界では普通なのか?」 「二股が? そんなわけないだろ。その日限りの関係を好むやつはいるけど、ちゃんと相手を決めてつき合うやつもいるよ。異性愛者の恋愛事情と一緒だろ。まあ性欲を満たすためだけに相手を探す割合はこっちのほうが多いだろうけど、そういうやつってわかるんだよな。性格もドライっていうか」 「広内は?」 「おまえは、どう思う?」  竹島は思考を巡らせた。  竹島の知る限り、竹島が今まで見てきたうえでの、広内は。 「とてもそんなやつとは思えない」 「まあ何かあるよな」 「何かって」 「一、気の迷い。二、弱みを握られてる。三、情にほだされて。四、強引さに押されて」 「どれもありえそうだな。どれだと思う」 「おれに聞くなよ。本人に聞けよ」 「本人に?」 「浮気現場に登場してやったら? 映画のワンシーンみたいに」  池田はそう言って人の悪い笑みを浮かべる。面白がっているようだ。 「そんな安っぽい脚本は絶対に書かねえ」  でも、池田の提案は悪くなかった。映研の一年に訊いて広内のバイト先はわかった。修羅場を体験するのも悪くない。この歳になっての初体験だ。  さてしかし、この場合の間男はいったいどっちなのだろう。

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