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5:SIDE 広内

「嘘だろ? そんなことってあるわけ? だって、それって」  言いかけて、水谷は呆れたような顔をした。 「両想いだったってこと?」  はっきりと、言葉にされると自信がなくなった。  当のおれだってまだ、信じられないでいる。  休講になった午前中、中庭の片隅におれたちはいた。 「……たぶん」 「竹島さんって、ストレートだったよね?」 「……たぶん」 「やっぱり、だまされてるんじゃないの?」 「そう、なのかな」  そう言われると、ますます自信がなくなってくる。  だって、水谷の言うことは正しい。  竹島さんがその気になれば、相手なんてすぐに見つかる。なんだって、おれなんか。 「広内が本命だって言っといて、やっぱり他にも彼女がいるんじゃないの?」 「……でも」 「広内、純粋だからさ。だまされやすそうだもの。ノンケの、学内であんな人気のある人を好きになって、それでその人から好きになってもらえるなんて、そんな奇蹟ある? 絶対嘘だよ」 「それは、まあ、おれも、現実的じゃないとは、思うんだけど」  水谷の言うことは一理ある。そんな奇蹟みたいなこと、起こるだろうか。  でも。  幾度だって、蘇る。  耳元で、低く響く竹島さんの声。  ――おれもだ。  その声が届いた瞬間、全身の肌がざわついた。心臓の動きが、いつもとまるで違った。  竹島さんの触れる箇所の感覚が、異常なほど過敏になった。  つまりは、頭がおかしくなりそうなくらい、感じた。  竹島さんとは何度も抱き合ったのに、あんなに身体の芯まで痺れたのは初めてだった。  朝、目が覚めるとすぐ近くに竹島さんの整った顔が見えた。形の良い目や鼻や唇を、まだ夢うつつの中で見るともなしに見ていた。  こんな人がどうして、おれのすぐ近くで寝ているのだろうと思った。  どうして、おれはこんな間近でこの人の寝顔を眺めていられるのだろう。  竹島さんの瞼がかすかに動き、開きそうな気配がしたのであわてて反対の方へ体の向きを変えた。竹島さんが身じろぎをする音がした。どうしていいかわからなくて、寝たふりをする。  いつもなら、寝ている竹島さんを置いて先にアパートを出る。だから今朝だってそうしてもよかった。ただまだ時間が早かった。時計は五時になっていなかった。だから、もう少し寝ようと思っていた。なのに、竹島さんの声が首のすぐ後ろでした。 「起きてんだろ」  竹島さんの腕がおれの肩を包みこみ、背中から竹島さんの体温が伝わってきた。おれは器用に嘘がつけない。 「……はい」  首筋を、竹島さんの唇が這う感触がした。 「あ、あの」 「ん?」  竹島さんの手が、ゆっくり下がってくる。 「あ、あ、あの」 「なんだよ」 「あの、何、何して」 「何って」  それ以上は、言われなくてもわかった。  というよりも、訊かなくてもわかっていた。  でもそんなことは初めてだったので、動揺した。  ――おれもだ。  その声が蘇るたび、あっけなく反応する。  うっすらと明るい部屋では、竹島さんの顔がいつもよりよく見えて、なんだか生々しかった。その分よけいに、こうして起こっていることが現実でないなどと、とても思えないのだった。 「それで、竹島さんは今日、学校来てんの?」  水谷の声に、我に返る。  結局、抱き合った後また少し寝て、アパートからそのまま大学に来た。来たものの、授業に集中できやしなかった。それで、気持ちが整理しきれなくなって、廊下で会った水谷を連れ出して、人があまり来なさそうな木陰で顛末を話したのだ。 「今日はバイトだって」 「バイトしてんの? 何の?」 「映画の制作会社の雑用だって。前から時間が空いたときにちょくちょく行ってたらしい。おれも初めて聞いたんだけど」 「あやしいなあ」 「え、何が」  水谷は、覗き込むような姿勢で細めた目をおれに向けてくる。 「昨日の今日で、女の人と会ってるんじゃないの?」 「そんなことは……」 「どうして信じられるのさ」 「だって……」  昨夜の竹島さんの口ぶりを聞く限り、とても嘘を言ってるようには思えなかった。  ずっと疑っておきながら、昨夜のあの瞬間、竹島さんが同時に何人もの相手と関係を持つような人なんかではなかったと、よくよく考えればそんなこと、わかりきったことだったと思い知ったのだ。 「嘘をつくような人じゃ、ないよ」  そう言うおれの声が頼りなかったのか、水谷はまだ疑り深い目をしている。 「じゃ、確かめに行こうよ」 「え?」 「バイト先の名前って聞いてる?」 「一応」 「今、本当にそのバイト先に行ってるかどうか確かめようよ」 「今から? 午後から授業あるよ」 「それまでに戻ってくればいいよ。ね、広内だって確かめておきたいだろ?」 「おれは、別に」 「確かめておいたほうがすっきりするって。行こう」 「ちょ、水谷」  止める間もなく、おれは水谷に引きずられるようにして大学を出た。

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