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バイトって、どこですか。
そう聞いたおれに竹島さんは、なんのためらいもなく名称や所在地や仕事内容を教えてくれた。大学から歩いて十五分くらいの駅前に自社ビルを持っていて、あまり制作費をかけない小規模の映画を作っていて、でもバイトの竹島さんは基本的に現場に行くことはなく事務所での電話の応対や留守番のようなことが主だった作業内容らしかった。
その、ビルの前まで来ておれたちは戸惑った。そこに竹島さんがいるということを、いったいどうやって確認すればいいのだろう。
「広内、受付に行って竹島さんを呼び出してもらいなよ」
水谷はそんないいかげんなことを言う。
「無茶言うなよ。おかしいだろ、そんなの」
「じゃ、近くまで来たからって、電話してみれば」
「バイト中なのに、迷惑だよ」
「真面目だなあ」
「水谷が雑すぎるんだって。だいたい計画が無謀すぎるよ」
窓から竹島さんの姿が見えるんじゃないかと、そんな安易な発想でやってきたはいいものの、ビルの窓はすべて鏡のように光を反射してとても中の様子は窺えなかった。唯一クリアなガラスが使われているのは、一階に併設された昔ながらの喫茶室だけだ。
「あれ。ちょっと広内、あれって竹島さんじゃない?」
「え?」
ガラス張りの窓側の席に、向かい合って座る男女の姿があった。
水谷の言うとおり、その片方は確かに竹島さんだった。背もたれに背中を預けて、リラックスしているように見える。相手の女性は開襟の白のブラウスをやわらかく着こなし、栗色の髪を肩の下あたりで大きくカールさせ、明るい口紅を塗ったキレイな人だった。二人の表情は、とても親しげなように見える。
「どういう関係かな」
水谷のつぶやきに、おれは言葉につまる。
バイト先でわざわざ彼女と会うとは思えないが、バイト先の人とつき合っているという可能性だって否定はできない。いや、おれは竹島さんがそんな人ではないとつい昨日の夜に確信したばかりなのだから、そんな可能性は否定も何もあるわけがないとは思っている。思っては、いるのだけれど。
「何話してるんだろ。楽しそうだね」
水谷のつぶやきは、容赦なくおれの気持ちを揺さぶる。
疑ってなんか、いないのだけれど。
水谷が、明るい調子で提案する。
「よし、行ってみよう」
「え? どこへ」
「あのカフェだよ」
「だめだよ。そんなの」
「どんな話をしてるか聞くだけだよ。ばれないように、こっそり近くの席に座ってさ」
「無理だよ、ばれるよ」
「大丈夫だって。行くよ」
「ま、待って」
おれの制止もきかずに、水谷は竹島さんたちから死角になるよう遠回りに道路を横断してゆく。しかたなく、おれも後を追う。
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