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番外編:SIDE 広内

 竹島さんが、鍋でお湯を沸かしている。パスタを茹でるためのお湯だ。  おれは流しでレタスを洗っている。ここは竹島さんのアパートで、竹島さんのアパートのキッチンは狭く、都合、おれと竹島さんの距離はひどく近い。  もちろん、もっと距離の近い、距離なんてあってないような行為はさんざんしているのだけど、こうして竹島さんのアパートのキッチンに並んで、昼食を作る準備なんかしていると、なんていうか、まるでこ、こ、恋人どうしみたいな、みたいなではまあ、ないのかもしれないけど、つまりまだ全然慣れていなくて、さっきからどうにも落ち着かなかった。  おれはもともと料理なんかからっきしで、かといって作ってやるから座ってろなんて言われてもはいそうですかと座ってるわけにはいかなくて、とりあえず何か手伝いをと申し出てみたものの、こんな恋人みたいなシチュエーションにこんなにたじろいでしまうとは正直思わなかった。  いやまあ確かに、おれと竹島さんは一応、つきあって、いるわけで、いわゆる恋人、ではあるわけで、実際もっと恋人どうしのずっと先へ進んだことはしているわけだけど。  隣にいる竹島さんは、さっきから腕を組んだまま鍋の中のふつふつと浮かび上がる小さな気泡を眺めている。そうやってただ腕を組んで立っているだけなのに、やっぱりかっこいいな、と横目に盗み見てそわそわする。  すごいな。  こんな人が、おれの隣に立ってる。  立って、一緒に昼食を作ってる。  その事実だけで顔が熱くなりそうで、手元に集中することにする。  それにしてもレタスって、どうしてこう簡単に破れるんだろう。洗っているだけなのにボロボロになる。こんなんで、いいんだろうか。竹島さんに確認したいところだけれど、なんだか考え事をしているようなので声をかけづらい。  そう思っていたら急に、竹島さんが呟くように口を開いた。 「そういやおまえさあ」 「はい」 「合宿のとき、初体験がどうとか言ってたよな」 「……はい?」  突然いったい何を、竹島さんは言ってるんだろう。  いったい何を、訊いてるんだろう。  頭の中が追いつかなくて、おれは竹島さんのほうを振り向けないでいる。 「初体験、済ませてたんだろ?」  竹島さんの口調は、あくまでやわらかい。  問われて、答えないのは不自然だし、別におかしなことではないし、悪いことしたわけでも、ないし。 「……まあ、あの、はい。一応」 「ふうん」  ちらり、と視界の端に竹島さんを捉える。  さっきまでと寸分変わらず、腕を組んだまま鍋の中に視線を落としている。  なんで、そんなことを訊くんだろう。  おれは今、何か言うべきなんだろうか。  動揺しているうちに、竹島さんが言葉を継いだ。 「どんな奴?」 「……え?」 「初体験の相手。おまえの。どんな奴だよ」  えええ。  頭の中が一瞬真っ白になり、それから、何かがすごい勢いでぐるぐると回った。  初体験の相手。  掘り起こさなくても、容易に思い出せる。  遠いようで近く、近いようで意外と遠い。  おれの、背中を押してくれた記憶。

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