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第70話

「ねえ、ヒロ君。」 「……」 「ねえ、ねえってば!」 「っ!」 家について漸く掴まれていた手が離される。 ドアを閉めて鍵をかけたヒロ君は、深く息を吐きながら座り込んだ。 「だ、大丈夫……?」 「大丈夫……ちょっと、怖かっただけ。ごめん」 「怖かったって……ヒロ君、汗すごいよ。部屋上がろうよ」 床に置かれたケーキを廊下の隅にそそっと移動させ、ヒロ君に立ってもらって部屋に上がる。 急いでハンカチを出して彼の汗を拭き、キッチンにお邪魔してお茶を入れた。 「蒼太」 「ん、何?何か取る?」 「ううん……ごめんね。何も言わずに引っ張って連れて帰ってきちゃったから、ビックリしたよね」 「そんなの気にしないで。お茶飲んでね。仕事疲れたし、ちょっと座ってぼんやりしてようよ。」 ソファに座るヒロ君の隣に腰を下ろす。 彼は僕を見て微かに口角を上げたあと、「怖かった」と言った。 「怖かったって何が……?宇垣さん?仕事でここら辺にきてたって言ってたけど……」 「うん。……仕事は本当にたまたまかもしれないけど……ちょっと、連絡が尋常じゃなくて……嫌な想像しちゃった」 ヒロ君はそう言ってポケットからスマホを取り出す。 いくつか操作をしたあと、僕に画面を見せてきて思わず息を飲んだ。

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