95 / 143

第95話

隣の席の椅子が引かれた。 ガタッと結構大きめな音に驚いてビクッと肩が揺れる。 思わず視線をそっちに向けて、固まった。 「あれ、上住さんだ!昨日ぶりです!なんだか最近偶然が多いですね。」 「……」 「え、上住君大丈夫?知り合い?」 頭がスーッと冷たくなる。 なんでまたいるんだ。偶然にしてはできすぎな気もして、嫌な感覚がギュルギュルと胃を襲う。 彼女──宇垣さんは口角を上げてこちらを見ていて、咄嗟に口を手で覆った。 「うっ……」 「え、大丈夫!?吐く?トイレ行こう!立って!」 北田さんに無理矢理立たされてトイレに急ぐ。 そこで胃の中の物を吐き出して、耳の中でキーンと甲高い音が響くのを目を閉じて堪える。 背中を撫でられていると、コンコンとドアがノックされる。 北田さんが「入ってますー」と返事をしてくれたけれど、それに返ってきたのは彼女の声で。 「上住さん大分酔っちゃったんですか?お水持ってきました。」 「あ、あー……じゃあ水だけ貰います」 北田さんがドアを開けて水を貰う。 そして中を覗き込んできた彼女とバチッと目が合った。 ニッコリ笑った彼女は体を少し寄せてきて。 「ぇ……」 その途端、ドクンと心臓が大きな音を立てる。 冷えていた身体に段々と熱が戻ってきて、呼吸が荒くなる。 「っ!ぇ、上住君、君もしかしてオメガ……っ!?」 「っ!」 北田さんが鼻と口を手で覆う。 どうやらフェロモンが溢れ出ているらしい。 慌てて項を押え、なんとかお店を出ようとしたけれど、足に力が入らずに壁にぶつかりズルズル座り込んでしまった。

ともだちにシェアしよう!