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第96話
「大変。薬は?鞄の中?」
「っ……」
宇垣さんが僕に手を伸ばし、視線が合うように膝を折る。
距離が近い。彼女からやけに甘い匂いがする。
「ぁ、あ……」
「あは、可愛い。どうしたの?」
体が言うことを利かない。
彼女の事が好きなわけでもなんでもないのに、その匂いにつられて縋るように手を伸ばしてしまう。
「えっと……彼、とりあえず連れていきますね。」
「っ……」
フェロモンの香りに北田さんも動けなくなっているようだ。
宇垣さんの手に引かれてトイレを出ると、店内もBGMが流れるだけで他の誰の話し声も聞こえない。
微かに働く理性が彼女について行くなと思うのに、手が振り払えない。
彼女が僕の鞄を持ってお店を出る。
「っ、い、家に、帰るから、大丈夫……」
「そんなんじゃ帰れないですよね。」
「ひ、ひろくん、ヒロ君呼ぶからっ」
「ダメ」
スマホは鞄の中。
彼女はニコニコと笑顔のまま。
「とりあえず近くのホテルでいいかな……」
「ゃ、嫌だ、やだ、帰るっ」
「わがまま言わないで」
ヒッ、ヒッと引き攣るような呼吸しかできなくて苦しい。
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