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第97話
ろくな抵抗も出来ずに連れてこられたホテルの一室。
緊急抑制剤は絶対どこかにおいてあるはず。
けれど目の前に立っている宇垣さんは僕に視線を向けたままで探すことができない。
部屋の隅っこ、項を隠すように壁に背中をつけて彼女から距離をとる。
「は、はぁ……っ」
「オメガって可哀想。発情期が起こっちゃったら男でも何もできなくなっちゃうのね。」
「な……」
「何?」
「っ、宇垣さ、アルファ……っ?」
上手く声が出ない。
手が震えて、体が求めてしまう。
「ああ、私はアルファですよ。ずっと誰にも言ってこなかったけど。」
綺麗に微笑んだ彼女の言葉に、恐怖心が倍増した。
今のこの状態で、もし彼女に項を噛まれでもしたら番になってしまう。
そんなことは絶対に嫌だ。
少しでも彼女がフェロモンにあてられたら。考えただけでゾッとする。
けれど宇垣さんはそんな様子を微塵も見せることなく、そこにいる。
「な、んで……そんな、冷静に……っ」
「そりゃあ抑制剤飲んでるので。でも上住さんは辛いですよね。抑制剤飲みたいだろうけど……ダメです。私の番にしたいから」
「っ!?」
グッと腕を引かれて、情けなく床に倒れ込んだ。
慌てて仰向けになり、顔を腕で隠す。
「私、本当にずっと洋哉が好きだったんです。何でもできるし、優しいし、かっこよかった。──でも、アルファだから番にはなれない。それだけが残念。」
あまり彼女の声が入ってこない。
耳に膜が張っているような感じ。
グワングワンと脳が揺れている。
「久しぶりに会えた時、本当に嬉しかった。また好きって想いが再燃しちゃって……堪らなくなって、気が付いたらストーカー紛いなことしてた。だから洋哉の家の近くで会った時、貴方と付き合ってるって聞いてすごく腹が立って、どうにかして貴方と別れさせなきゃって思ったんです。」
手を取られ、複雑に指が絡められる。
そのまま腰に跨られて、心臓が嫌な音を立て始めた。
「でも待ち伏せしてたら……見ちゃった。上住さんが洋哉の家から出てきて薬飲むところ。」
恐怖で勝手に涙が溢れて目尻から零れる。
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