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第99話

後ろ襟を引っ掴まれてバランスを崩し、廊下に倒れ込む。 それを見下ろす彼女は、大きな溜め息を吐いて「部屋まで連れてくの大変だなぁ」と面倒臭そうに吐いた。 立ってと何度も立たせようもしてくる彼女から離れるように、体を小さくする。 監視カメラを見たらしいホテルのスタッフが「大丈夫ですか」と弱々しく声をかけてきたけれど、面倒事に関わりたくないのか、それともフェロモンに気が付いて近づきたくないのか、あまり傍までにはやって来ない。 「っ、たす──ヒッ!」 「──大丈夫です。ちょっと言い合いしちゃって」 それでも助けを求めようとするとちょうど足の間。股間のギリギリ。そこに勢いよく足を下ろした彼女。 恐怖で口を開けるけれどハクハクと空気が漏れるだけで声は出ない。 その隙にまた彼女の顔が近づいて、誘発剤の香りを嗅いでしまった。 頭がグルグルして、体に力が入らない。 勝手に上がっていく熱が怖い。 「静かにしてて」 「うぅ……っ」 「いい子にしてたら怖くないから」 顔を下に向けて、脱力する。 スタッフさんもそそくさと居なくなってしまって、もう無理なのかも……と諦めかけた時。 廊下の奥でエレベーターの開く音が聞こえた。 誰でもいいから助けてほしい。 そう思って顔を向けると、たった一人、助けを求めた人がいて。 「何してんだよ」 「っ、洋哉……」 真顔で僕たち二人を見下ろすヒロ君は、初めて見るほど怒りに染まっていた。

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