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第2話

インディアンサマーとは北米において晩秋から初冬にかけての穏やかで暖かい日和をさす。落ち着いた人生の晩年にたとえていうこともある。 暦上の季節は既に意味をなさない。 この世界が四季を失って久しい。 第三次世界大戦で濫発された核兵器や生物兵器の影響で地球の環境と気候は激変し、北米大陸は一年通して乾燥した気候となった。見渡す限りほぼ乾いた砂で、前時代文明の遺物のコンクリート道路に沿って、オアシスのように都市が点在している。 都市と言っても最低限のライフラインとインフラが整えられた小規模なもので、集落や町の単位で形容したほうがしっくりくる。 人口は多くて五千、少ない所は三十に満たない。 世界は一度滅びて息を吹き返し、長いエンドロールの途上にある。あるいはもう既に滅んでいるのかもしれない。 ガソリンスタンドの跡地に薄汚れたトレーラーハウスが一台駐車している。 サボテンが生える辺鄙な砂漠のど真ん中、コンクリートで固めた敷地。ここが当面の一家のねぐらだ。トレーラーハウスだけだと何かと手狭なので、拠点を確保できたのは僥倖だ。幌馬車で移動するジプシーの集団や、ジープを駆ってやりたい放題暴れまわる強盗団の先客もいない。 廃墟を臨む丘の斜面には街に電力を供給する風車が無数に回っている。 ガソリンスタンドに併設する店舗の陳列棚を検めれば、まれに缶詰を入手できる幸運に恵まれることもある。大抵は賞味期限切れだが、味は二の次で食えないこともない。 尤もここは先客が荒らしまわったあとで、めぼしい食糧や消耗品はあらかた漁られていた。からっぽの陳列棚には埃しかたまってない。床と壁と天井にはどす黒く乾いた血痕がこびりついている。強盗同士がかちあって殺し合いを繰り広げたのだろうか、早い者勝ちと弱肉強食の理念は健在だ。 スナッフフィルムの撮影場と見まがう凄惨さだが、荒みきった今のご時世、缶詰一個を巡って銃を撃ち合うこともけっして珍しくはない。腐った死体の歓迎を受けないだけラッキーだ。 店舗の窓ガラスはめちゃくちゃに叩き割られ、長年風雨にさらされて黒ずんでいる。トルネードやタイフーンによる自然災害か人的被害かは不明だ。 外壁と車寄せには先住者のマーキングか、髑髏や悪魔をモチーフにした冒涜的なスプレーアートが夥しく殴り描きされている。 勃起したペニスや女性器の断面図、電波にのせたらピー音で消されること必至の卑猥なスラング……視覚への暴力ともとれる、芸術家かぶれのヒッピーの蛮行。 放送禁止用語を列挙したようなスラングと猥褻なスプレーアートに埋め尽くされたガソリンスタンドの裏手には平らに均された土地があり、ドラム缶や廃車、ガソリンを入れる一斗缶などのガラクタが雑多に放置されている。 そこに少年がいた。 年齢は十三、四か。 柔和で温厚そうな赤錆色の瞳、人のよさが滲みだす優しげな風貌、なんだかいつも困ってるような下がり気味の細い眉。言葉を選ばず表現すれば、情けないとか女々しいとかそんな形容がよく似合う。 将来は色男じゃなく優男になるだろう、頼りがいにはいまいち欠ける草食系の風貌だ。 まだ骨格が出来上がってない華奢な体は成長期の途中で、そろそろ喉仏が目立ち始めてきた頃合いか。赤みがかった金髪……俗にいうピンクゴールドの髪は、細く柔らかい髪質の猫っ毛で手ざわりがよさそうだ。 少年は教会の救貧箱からかっぱらってきたような、擦り切れたモッズコートを羽織っている。 下は薄手のシャツとズボンだけ。 体格にはやや大きすぎるモッズコートに着られた姿は滑稽だが、衣食住に事欠く現状で贅沢は言ってられない。 いや、簡単な自炊設備の整ったトレーラーハウスがあるから住は間に合ってるが……トレーラーハウスの中はなにかと手狭で不便なのだ、せめて一人で足を伸ばして寝れるベッドがほしい。 少年は今日も寝不足だ。弟は寝相が悪い。就寝中も蹴飛ばしてくる。仕方ないので蹴落とされない日はラッキーと判じる寝相占いで自分を慰めている。少年が考案したオリジナルの占いだが、的中率はとても低い。残念ながら。 それも仕方ない。 少年は生まれてこのかた13年と8か月、受難に見舞われ不運に愛され続けているのだ。 気弱な顔立ちに幸薄そうな気配が漂うのはそれ故か、悪人に付け込まれる隙だらけだ。 「今日は調子がいい。イケそうな気がする」 声変わりしかけの低く掠れた声で呟き、軽く咳をする。 錆びたドラム缶の上にそこらで拾った空き瓶を一列に立てて並べ、二十メートルほど距離をとる。 ドラム缶のちょうど正面に位置取り、ポケットから出した手製のスリングショットの最後の微調整を行う。 仰向いて風の強さ、吹いてくる方向を確かめる。 深呼吸ひとつ、ほどよい緊張感で心身を満たしていく。 ゴム紐を伸ばして弾くウォ―ミングアップ、小気味よい手ごたえに高揚する。 慎重にスリングショットを構え、まずは右端の瓶に狙いを定める。 てのひらが緊張でじめつく。 ぎらつく陽射しが脳天に照りつける。 こめかみを一筋汗が伝う。 息を止めて集中力が臨界に達するのを待ち、ぎりぎりまで引っ張ったゴム紐から銀に光る玉を打ち出す。 スリングショットから放たれたパチンコ玉は風切る唸りを上げてまっしぐらに宙を疾駆し、右端の瓶のど真ん中を穿つ。 空き瓶が中央から真っ二つに粉砕され、ガラスの破片が飛び散る。 続いて隣、その隣と快進撃が続く。 少年が手際よく放ったパチンコ玉は狙い違わず順番通りに空き瓶を撃ち抜き粉砕する、甲高い音と共に瓶が爆ぜてきらめく破片が舞う。 一本、二本、三本、四本、五本…… 十本目が爆ぜる。 「やった、新記録だ!」 有頂天でガッツポーズ、おもわず快哉を上げる。 滾る歓喜に紅潮した頬、少年らしい得意絶頂の色が満面に咲き綻び、臆病で大人しい印象が塗り替えられる。 絶好調で全てを撃ち落とし、新記録を打ち立てはしゃぐ少年の背中に何かがあたる。 「ぶぁーか、なーにが面白いんだっての」 小生意気にビブラートをきかせた罵声に振り向く。

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