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第17話

「ぐあっ……!」 靴裏が胸にめりこんで肋が軋む。 胸を圧迫される苦痛に生理的な涙がこみ上げ視界が滲む。 汗で濡れそぼった前髪がしどけなく額に貼り付いて潤んだ双眸を遮る、罵倒の一つもぶつけたいところだが喉が窄まって寸詰まりの呼気しか出ない。 「誰からいく?」 「最初はリーダーの俺様だろ」 「んじゃ次は俺か」 「馬鹿言うな、俺だよ。初めて見た時から目ェつけてたんだ」 「げっ、お前そっちの趣味があったのかよ初耳だぜ」 「そういうお前だってまんざらでもねーじゃんか、しっかりもっこり勃たせといてよ」 「こん位の年なら男も女も変わンねーよ、前に入れるか後ろに入れるかの違いさ」 「ケツの締めつけは違うのかよ?」 「俺に聞くなよ、入れた事ねェから知らねーよ。ぐちゃぐちゃぬかす前に試してみんのが吉さ」 「まあこのあたりでも珍しい上玉なのはたしかだ、ただ殴る蹴るしてしまいじゃもったいねえ、たっぷり味見させてもらうとしようぜ」 「開通式だな。童貞喪失の前に処女喪失たァ気の毒だ、恨むんなら数の計算もできねえテメェの無鉄砲さ加減を恨みな」 「娼婦を買う金がねーからガキで手を打とうってか、安上がりな発想恐れ入ったぜ」 「アミダにする?ジャンケンにする?」 「ええいまどろっこしい、一人一人お行儀よく待てするこたねえさ、穴は上と後ろと二つ付いてんだぜ」 頭のてっぺんから爪先まで粘っこく値踏みされる。ゴツく節くれた手が無造作に顎を掴んでこじ開け、問答無用で指を抉りこんでくる。 「!!んぐゥ、んっ」 「虫歯もねえ。健康なピンクだ」 ボディピアスの指が口腔を容赦なくまさぐって舌の付け根を指圧、歯の表裏を這い回り、頬の内側の粘膜をこそぎ、しとどに唾液に塗れた指で敏感な粘膜をさんざんに揉みくちゃにする。 「使い物になりそうか喉マンコ」 「あんまり乱暴すると顎外れちまうぜ」 「なに言ってんだ、その方が大勢の咥えこめるじゃねえか。同時に二本挿しに挑戦できるぜ」 「んっ、ァぐ」 酸欠の苦痛で朦朧と意識が遠のく。喉の奥まで指を突っ込まれ、窪みに溜まった唾液を掻きだされて喘ぐ。もう片方の手に下顎を掴まれてるせいで閉じられない。なんて怪力だ。指が食い込んだ肉がへこみ、万力のように締め上げられて顎が軋む。口さえ回るならめちゃくちゃに罵ってやるのに…… 「おーおー奥までずっぽり咥えこんで離さねえぜ、そんなにおしゃぶりが気に入ったか」 「唾液で顎がべとべとじゃねえか、きったねえ」 「指フェラに夢中でボンヤリしてきたな、目が虚ろだ」 「げほげほっ!!」 透明な唾液の糸引き指が抜かれ、スワローが激しく咳き込んで息を吹き返す。頭が茫洋と霞がかってまともに働かない。しめやかな水膜で覆われた視界に不気味な影が蠢く。浅く肩を上下させ乱れた呼吸を整える。ぐちゃぐちゃに犯されてとろとろに蕩けきった口の中が気持ち悪い、粘膜が敏感になりすぎて舌が触れただけで薄皮を剥くような刺激が走る。それでもスワローは弱みを見せない。下劣で卑劣なクズども相手に醜態をさらしたくない一心で虚勢を張って、せいぜい憎たらしく嗤ってやる。 「……はッ……俺様の上品なお口にゃ、マスかきすぎのザーメン指は……受け付けねェな。爪にチンカス入ってんぞ、掃除してこい」 「ンだとこの!!」 「まだ減らず口叩く余力残ってンのか、タフさだきゃあ見上げたもんだ」 「んじゃコイツはどうだ?」 ボディピアスがだしぬけに腕を伸ばしスワローの耳朶を掴む。 そこに連なる合計七個の安全ピンを一つ一つ指でなぞり、感心した口調で訊く。 「全部自分でやったのか?」 「……テメェこそ、そのマゾっけ丸出しの悪趣味なピアスはだれに開けてもらったんだ?自分で?乳首に針通してイくなんざ救えねェド変態だな」 耳朶にねっとりと吐息が絡む。どぎつい口臭に顔を背けたいが、意地を張って堪える。ボディピアスの指が耳朶をつまみ、つねり、柔らかさを愉しむようにしつこく揉みしだく。 年端もいかない子どもの耳に無数の安全ピンが突き刺さる眺めは痛々しくフェティッシュで、なんとも飢え狂う嗜虐心を刺激する。探求心に富んだ指が無遠慮に耳の縁を這い回り、窪みへと侵入し、緩慢に円を描いて孔の中心へおりていく。 「そのトシで耳を穴だらけにして悪い子だな。粋がるのも大概にしねェと親が泣く」 「母さんはわあかっこいいスワロー、耳から入るスタイルなのね、惚れ直しちゃうって言ってたぜ」 「イカれたアバズレ。親馬鹿ってレベルじゃねえぞ」 母親を侮辱されスワローの目が据わる。 ボディピアスがスワローの耳へ尖らせた舌先をねじこむ。柔い耳朶をなめまわして唾液を馴染ませ、無防備な孔へ先端をもぐらせ小器用にくすぐる。 「……っ、へんなとこ、べろべろなめんな……」 「この孔がいいのか?とんでもねえ変態野郎だ、耳の穴いじめられて感じてんのか!お嬢ちゃんの耳穴ヴァージンはもらったぜ」 耳の穴の中なんざ兄貴にも母さんにも触らせたことない、見せたこともねえ。それをこんなド腐れ外道に好き勝手されてる。他人の舌で耳の孔をほじくられる事で、今まで体験したことない未知の感覚が開発される。こそばゆさとくすぐったさ、気持ち悪さと気持ちよさ……ともするとじれったいもぞつきが襲って変な声を出しそうになり、悪寒と快感が交互に訪う体のわななきから必死に気を逸らそうと努める。 「消毒完了っと」 ボディピアスが耳朶に軽く歯を立て宣言する。次の瞬間、激痛が走る。 「痛ッ!!」 唾液に濡れ光る耳朶から安全ピンが取り外される。乱暴に引き抜かれ、裂けた皮膚からぼたぼた血がたれる。合計二個、並んだ穴を外気が吹き抜けて薄ら寒い。何をする気だ? ボディピアスがスワローのタンクトップを捲り上げ、色白で貧相な胸板を今いちど暴き立てる。 「喜べ、おそろいにしてやる」 鋭利な針先がへそを一直線にさかのぼって右に逸れ、乳首を突付く。スワローの喉が引き攣り、虚勢が剥げかけた半笑いで硬直する。ボディピアスがニヤケた顔で自らのシャツに浮いた右乳首を弾く。軽快な金属音が鳴り、そこにもピアスを嵌めている事実が判明する。 「どうした、ンなびびりまくって。ニップルリングは初体験か。亀頭ピアスよか全然マシだろ?そのクリトリスみてェなサーモンピンクの乳首、かわいく飾ってやっからリラックスしろ」 冗談じゃない。手足を振り回して脱出を図る、目の前の男を蹴飛ばして逃走を企む。無駄だ、できない、路地を取り囲んだ連中が分厚い肉壁と化しスワローを突き返す、肩を押さえこみ磔にする、ボディピアスが右手に摘まんだピンが極端に緩慢な動作で迫り、左手が乳首を根元から揉み搾る。 「!いって……テメふざけんなマジぶっ殺す、野郎が乳首いじられてイくわけねーだろ!!」 指に摘まんでコリコリとしこりを愉しみ、キュッと搾り立て、サーモンピンクの先端をささくれた爪で押す。スワローは目を閉じない、目を閉じたらそこでおしまいだ、敗北を認めたことになる、だから瞬きすら耐えて見開き続ける。おかげで自分のなめらかな胸板で主張するピンクの突起が、唾液を塗した太い指に責め抜かれ、赤みを増して腫れていく一部始終を否応なく目撃するはめになった。 あの時の兄貴と同じだ。口じゃ嫌がってても体は正直ってか?乳首が弱ェのは兄弟おそろいか? 死ね。 俺が死ね。 もうみんな死ね、死んじまえ。 「ぷっくり腫れてら」 「弾力も感度も申し分ねえな」 羞恥が沸騰して発狂しそうだ。いっそ狂い死ねたほうがラクだ。舌を噛み切りゃ死ねるか?悪魔の誘惑が脳裏を掠めて、衝動的に実行に移す寸前、新たな激痛が襲って体が勝手に跳ねる。 「アッああ、っあ、ゥぐ」 鋭い針が乳首を貫く。全身から大量の脂汗が噴出、悲鳴が漏れないよう必死に唇を噛み縛る。痛ェ痛ェなんだこれ痛ェぞ畜生しゃれになんねえ、耳たぶに開ける時も痛かったけどあの比じゃねぇ、一番敏感に勃ちまくった先端にじっくりと針が埋まっていく、肉を窄めてじれったく横へと抜けていく。 周囲の少年たちは好奇心も露わに針刺しの実演を見物する。 先程まで口汚く喚き散らしていた少年が見違えるようにしおらしくなって、上半身裸に剥かれ、重点的に責め抜かれ強制的に勃たされた乳首をピン刺しにされていくのはどうしようもなくエロティックだ。 「もっと啼きな。遠慮すんな、ここにいるみんなに背骨にくるカワイイ声聞かせてくれよ」 「ひっ痛そう、血が出てる」 「手元が狂ったらずぶってイッちまうかもな」 「あッ……はッ……」 吐息だけで喘ぎ、目尻に溜まった涙を自然とこぼす。 淫蕩な熱と針刺しの苦痛に濁った眼が宙を泳いで、おそらく無意識にだろう、だれかをさがすように己を取り巻く一人一人を見詰めていく。 「っは……ふぅっ……」 潤んだ眼差しの奥にしぶとく燃え残ったプライドの熾火がちらつき、頬を火照らせ消耗しきった表情との対比が嗜虐の極みの倒錯したフェロモンとなって濃く匂い立ち一同を惹きつける。 針に圧がかかる。 「ぁく、いた」 肉を抉る鋭すぎる痛みを脳内麻薬が甘い痺れにすり替えて、微熱を孕んだ悪寒が腰骨から脊椎へ駆け抜けて、刺し傷からじくりと滲んだ血が汗で薄まる。 「う……」 プツリと膜が弾け、針が肉を貫通する。先刻まで自分の耳を穿っていた安全ピンを乳首にぶらさげ、スワローが一声絶望に呻く。その表情はしっとり湿った前髪に隠れて見えず、歪んだ唇は噛み締めすぎて血が滲む。 「かわいくなったじゃねえか、よく似合うぜ。次はこっちを……」 「もういい、ヤらせろ」 安全ピンを強弱つけ引っ張るボディピアスを、仲間の一人が押しのけ立ち替わる。 「あァん?ひょっとしていま口答えしたのか。あのなア、こーゆーのは様式美なんだ。右が済んだら左もやるに決まってんだろ、じゃねえとおさまりが悪ィ、かっこがつかねえ」 「どうでもいい、もうガマンできねえ、コイツの泣き顔見てたら……」 「むちゃくちゃに犯して泣かせてねえ」 「まどろっこしいなァすっとばせ、順番なんてどうでもいい、早いもの勝ちだ」 「それがボスにむかってきく口か?」 「ンなのどうだっていいって言ってんだろ、大体だれがボスって決めた、自警団に顔がきくからっていばりやがって。テメェ何か勘違いしてねえか?」 「女マワす時もアガリとる時もテメェが一番乗り、俺たちゃ後回しのおこぼれで我慢しろってか?ふざけんな」 ボディピアスがこめかみの血管を脈打たせ咄嗟に仲間の胸ぐらを掴む。殺気に応じて散開する仲間、一触即発のきな臭い空気が張り詰め…… 「……なんだこの匂い」 「とぼけんな」 「いや、焦げ臭くねえか?パチパチ変な音するし」 互いの胸ぐらを掴み合ったまま、俄かに立ち込め始めた異臭を辿って路地の突き当たりを振り仰ぐ。 アパートの裏口に面した死角、廃材が炎上している。 うずたかく積み上げられた木箱や角材、それらを激しい炎が伝って濛々と煙をまきちらす。路地の温度も急激に上昇していき、サウナのように蒸し始める。荒れ狂う炎に巻かれた角材が頽れ木箱が瓦解、突然の異常事態に自失する一同。 「火事だああああ!」 誰かが叫んだのを皮切りに、内輪揉めを中断した少年たちは酸素の薄まった路地裏から先を競ってとびだしていく。 「テメェをシメんのは後回しだ、瞼にピン刺して目ん玉ライターで炙ってやっから覚えとけよ!」 「はっ、これがホントのサニーサイドアップってか!?ボスぶってられんのも今のうちだぞ乳首フェチのボディピ野郎!!」 中指を突き立て恫喝するボディピアス、隣り合い逃げながら受けて立った少年が人さし指で首を掻っ切るまねをする。 なんだかよくわからねえが助かった。 火の粉が舞い爆ぜる路地を這って、少年たちが逃げ散った通りへ辛うじて辿り着いたスワローへ、場違いにのどかな声がかけられる。 「災難だったね」 ジェニーたち一家が住むアパートの玄関から、白いトレンチコートを粋に羽織り、しゃれた杖を突いた青年が左足を引きずりがちに歩み出る。障害があるのだろうか、妙にぎくしゃくと不自然な所作だ。無個性な茶髪と睫毛の長さも鼻の高さもなにもかもが平均値に埋没するありふれた顔立ち、人畜無害をシルエットにしたような優男。 露骨に警戒するスワローにさりげなく接近、両手を広げて友好的な態度をアピールする。 「火事なら大丈夫、心配には及ばないよ。そこを歩いてた人が自警団を呼びに行ったからすぐ消し止められる。アパートの人も消火器で対処したし……もう鎮火した?だったら呼びに行き損だね、あはは」 「アンタだれ?」 「向かいのアパートのしがない画家さ……君、怪我してるね。手当てするから部屋に上がらない?お茶くらいごちそうするよ」 カラスの濡れ羽色に似た純黒の目が、服をはだけて乳首から血を滴らすスワローに微笑みかける。 その遥か後ろ、完全に二人の死角になるアパートの裏口。 勢いよく粉末を噴射し、延焼する前に炎を駆逐し終えた住人たちが、嵐が去って空き瓶の破片やゴミが散らかった路地を神妙な面持ちで見回す。 「放火だって、怖いねェ」 「ここで騒いでたガキどもの仕業?」 「隠れて煙草でも喫ってたんだろうさ、あくたれどもめ」

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