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第29話
隣の部屋で突如物音がした。
「!」
窓に何か固い物が激突する音?馬鹿な、誰が窓を殴打したんだ?
困惑が混乱を連れてくる。
様子を見に行くべきか?理性が警戒を促すが、一方で欲望に忠実な本能が続きをけしかける。行為を中断してベッドを離れるには、あまりにも目の前の少年が惜しい。
だがそうも言ってられない。
「ごめんくださいレーヴェンさん。お留守ですか?」
今度は紛れもないノックが響き、聞き覚えのある少女の声が礼儀正しく誰何する。
バレたのではと一瞬冷汗をかくも即座に杞憂と打ち消す。
居留守を使うのも考えたが、激しさを増す一方のノックと高まる少女の声に近隣の住民が気付けば要らぬ注目を買い、足の悪い僕がどこにでかけたのだと詮索を招く。奥の寝室に少年を監禁している手前、騒ぎが大きくなるのはまずい。
「困ったな、どうしよう……帰ってくるまで待とうかな」
勘弁してくれ。
忌々しげに舌打ちする。
「……お客さんだぜ」
少年が顎をしゃくり重ねて促す。いわれなくてもわかってる、腹立たしい。
冷静になれ。余裕を剥ぎ取るノック音に努めて平静を装い対処法を検討する。何の用だか知らないが僕が帰宅するかドアを開けるまで居座る気満々だ。さっさと応対してお引き取り願うべきでは?すっかりしおらしくなり無抵抗の少年を見下ろす。この状況で彼をひとりきりにするのに抵抗を感じるが、手錠を噛まされてベッドに磔にされた子ども一人に何ができるはずもない。
どのみち退路は断っている。逃げ場はない。
放っておけばますます騒ぎ立てないとも限らない。現に今もノックは続いている、殴打の間隔が狭まって激しさを増している。あの子いまにドアをぶち抜くんじゃないか?
「ちょっといってくる。大人しくしててね」
「待」
叫ばれる前に包帯を噛ます。即席の猿轡。少年が愕然と目を剥き喉の奥で怒号がこごもる。口を封じて結び、ベッドを離れると見せかけて手に持ったままのナイフに気付く。お預けを食わすのは可哀想だ。うっそりとほくそえみ、猿轡の奥でもごもご不自由に呻く少年に覆い被さる。
「ほったらかしじゃ退屈だろう」
「んー゛んー゛!!」
「レオナルドに栓してもらおう」
自分の身に何が起こるか悟った少年が暴れ狂う……が両手を封じられた体勢ではたかが知れている、かえって惨めさを印象づけるだけだ。勢いよく蹴り上げた足を掴んでおさえこみ、異物を排泄したてで弛んだ孔に柄の先端をつきつける。
「ぅぐ、ぁぐ」
「力を抜いて」
柄を握る手に力を籠め、ゆっくりと圧をかけていく。
レオナルドはスティーブよりずっと大きい。大きくて固くて太くて冷たい。その異物を赤く充血しきった孔がぱくつき飲み込んでいく。圧迫感がすごい。さすがに苦しいのか猿轡の奥で悲鳴がくぐもる。しきりに首を振って抵抗するも下の口は抵抗できない。めりっと肛門が裂けシーツに血が滴る。
「っぐゥ――――――!!」
背骨もへし折れそうに仰け反る。猿轡に封じられ声にならない絶叫が空気をびりびり震わす。
全身を使った痛がり方が面白く、少しばかり残酷な気分になる。手首に力を込めて残り部分を一気に押し込こむ。歯とは比較にならない質量をろくに拡張もせずねじこまれたのだ、下肢を引き裂かれる激痛はいかばかりか……快楽とはかけ離れた拷問に等しい衝撃に貫かれ、少年がしとどに涎を零して喘ぐ。はしたない顔だ。ぞくぞくする。
「どうしたの?そんなにドアのむこうの人に聴かせたいの?残念だったね、助けを呼ぶチャンスなのに」
「んぐ、んんっぐ」
「これを逃がしたらもう後がないよ。君は助からない絶対に。それともナイフを尻に突っ込まれて、汁まみれでよがってるところを救出されたい?僕のこと変態って呼べないな」
「ぐっ……」
「困ったな、そんな目で睨むなよ。優しくしてあげたいのに虐めたくなる」
目線に熱量があるなら瞬時に灰に帰されてる。
少年が潤んだ目で殺したそうに睨んでくる。尻から飛び出た柄を戯れに上下に揺すれば、連動して体が跳ね、猿轡の奥の声が弾む。オモチャみたいで面白い。レバーを操作して動かす人形。
調子に乗って更に激しく揺する。円を描くよう回し上下左右にめちゃくちゃに攪拌する。
「ふぐ、ふっ……ぅぐ、ん」
喉の奥で濁った呻きが泡立ち、深々咥えこんだ孔から大量の血がドクドクあふれてくる。わざと卑猥な水音たて粘膜を捏ね回す。固くて太い柄を容赦なく抜き差し、奥へ抉り込みながら低く脅す。もう三分の一は埋まっている。
「中で刃を出したらどうなるか想像してみてよ」
「ふぐ……ふぅっ……」
「括約筋だけじゃなく内臓もズタズタになる」
血のぬめりに乗じて突き立てた柄が前立腺に食い込み、涙を浮かべた少年がよがり狂う。僕の言葉に興奮したのならマゾっ気がある。
手首に捻りを利かせ半転、粘膜を巻き込んで奥の一点を連続で突く。しとどに唾液を吸ってはりつく猿轡の奥、爆ぜた絶叫に伴って背筋が突っ張って、涙と溶け混ざった汗と涎がシーツに滴り落ちていく。
「うぅっ、ぁぐ、んーっ」
皺くちゃのシーツの上で狂おしくのたうつ。腹を圧迫され息苦しいのだろう、猿轡の奥で何かの発作じみてヒューヒューと不規則な呼気がもれる。死にそうな顔色は貧血のせいか苦痛のせいか両方か。三分の二が埋まった今の状態でボタンを押せば体内で刃が飛び出し内臓を切り刻むのは必至、失血死はまぬがれまい。
「これ以上中をめちゃくちゃにされたくないなら暴れない方がいい」
その元気もなさそうだけど。
言葉よりも有効な脅し。尻をナイフで抉られた状態で叫ぶなど無理だがさらに念をおす。
腕の包帯が緩んでほどかけている。
それを巻き取って、半端に力を取り戻しかけた未熟なペニスを持つ。
ナイフに尻を穿たれる激痛のさなかにも前立腺への刺激で勃起するとは、やっぱりとんでもないマゾだ。
「っ―――――――!!」
「痛みに強い……というか、痛くされるほどイイんだね。前も縛ってあげるから、僕が帰るまでいい子にしててね」
厚く包帯を巻かれ、血流を塞き止められたペニスが赤黒く膨張する。
半勃ちの前をキツく縛られ、後ろはナイフに犯され、この格好で放置されたらどれ程の羞恥と苦痛が苛むだろうか。胸中を想像して嗜虐の愉悦に浸る。片手に握り締めたペニスがひくひく震え、精を吐きだせない切なさに我慢汁をたらす。
「大事な用なの、いるなら開けて!」
ドアの外で少女が一生懸命せがむ。いい所なのに邪魔しないでほしい。うるさいノックに急かされ前を一擦り、ローションと血とその他の体液で塗れた手を几帳面にシーツで拭き、服の汚れの有無をよく確認後部屋を出る。
「んぐーんっんんっ!」
背後で少年がもごもご言うのを無視し、ハンカチで手を拭きとって寝室のドアを閉める。
「はいはい、今行くよ」
お楽しみは一旦お預け。深呼吸で冷静さを吸い込み、ご近所に愛される好青年の仮面を被り直す。
鍵を解錠してドアを開ける。
廊下にショートヘアの少女が立っていた。鼻梁のそばかすが愛らしいティーンエイジャー。
「こんにちはジェニー」
「あ、やっぱりいたんだ。うるさくしてごめんなさい、全然でてこないからてっきり留守かなって……」
「ちょっと取り込んでてさ」
「お仕事中?」
「というか引っ越し準備中」
向かいのアパートに住むジェニーだ。表で会うたび挨拶と軽い世間話を交わす程度の間柄で、来訪の意図と目的が掴めない。ジェニーは驚きに目をまるくする。
「えっ引っ越しちゃうんですか?!」
「そろそろ新しい土地に行こうと思ってね……この街も気に入ってたけど、もともと一か所に長居するタイプじゃないんだ。君にはいろいろよくしてもらったからお別れは残念だ」
「急でびっくり。母さんたちも寂しがるわ」
「ケリーさんにはいずれ改めて挨拶にいく予定だよ」
「母さんの店のテイクアウトコーヒーとベーグルまずいでしょ?」
「見られてた?」
「ほら、あの子……最近街によく来るスワロ……兄弟のお兄さんの方が、母さんの店の紙袋をもって、レーヴェンさんと話してるの見たから」
「ああ……彼には買い出しを頼んでたんだ。こんな足なもので、そんな行かない距離でもしんどくて」
ジェニーとも知り合いだったのか。いや、一方的に見かけただけか。
隣近所のよしみで社交辞令も兼ねた気安い世間話をかわす。が、本音を言えば一刻も早くお引き取り願いたい。こうしている今も寝室の気配が気になってしかたがない。叫んだところで万が一にも聞こえないだろうが物音が立ちやしないか注意が散る。
僕は役者だ。普通の人を演じて人をだますのは慣れている。隣のアパートに住む売れない画家、子供好きな優しいお兄さんのロールプレイを忠実に実践しろ。
僕は眉をひそめて気遣う。
「さっき悲鳴が聞こえたけど大丈夫?ジミーたちが心配してたよ。僕も見に行ったんだけど入れ違いになっちゃって……」
「あ、そうそうそのことなの。レーヴェンさんが自警団を呼びに行ってくれたって聞いて、お礼を言いにきたんです」
「え?」
素で声をだす。僕が自警団を呼びに行った?何かの行き違いで勘違いしてるのか。正す暇もなく、ジェニーが感謝のまなざしを向けてくる。
「ちょっとワルに絡まれちゃって……レーヴェンさんも噂くらい聞いたことあるでしょ?最近このへんでノシしてる不良。一回寝てあげたらいい気になっちゃって、すっかりでかいカオして俺の女扱いよ。頭きちゃう!あんなブサイクぞっとするわ」
「辛辣だね」
「男はカオとテクよ。アレはどっちも最低」
「とにかく無事ならよかった、なにごともなく逃げられたんだね。ジミーたちに頼まれて様子を見に行ったけど、その時はもう君はいなかったよ。自警団を呼んだのは別の人じゃない?」
「ホント?てっきりレーヴェンさんが呼んでくれたんだと……ジミーたちがそう言ってたから」
その自警団もジェニーを救いに駆けつけたんじゃない、ボヤ騒ぎに重い腰を上げただけだ。
しかも消し止められた後に酔っ払って押し寄せたのだからまったくもって意味がない、今回の一件で底値の評判がさらに暴落したろう。
連中が無能なせいでありがた迷惑な風評被害もあったものだ。僕は謙虚に笑って肩を竦めてみせる。
「わざわざ礼を言いに来てくれたのは有り難いけど、お役に立てずにすまない。君のヒーローにはなれなかったね」
「あ、いいの。ヒーローは間に合ってるから……」
言葉を切ってうぶに頬を染める。恋人だろうか?なにはともあれ少女が助かったのはめでたい。僕にはまったく関係ないが、まったく関係ない他人の幸せだからこそ素直に喜べることもある。欲を言えばどこか僕の目の届かないところでひっそりと幸せになってほしい。
ジェニーがそわそわと落ち着きない上目遣いでこちらを窺い、僕の体の脇から室内へと視線をとばす。
「もう一個あるの」
「なんだい?」
まだあるのかと内心ウンザリする。
階下の主婦といいどうして女の子ときたらこうお喋り好きなんだ?おまけに要領を得ない長話ときた、ぐるぐる迂回して寄り道ばかりしている。
ドアのノブに手をかけたまま、体で室内を遮るようにして問い返す僕を見上げて、気まずそうに核心を切りだす。
「お部屋にいたんなら見えたかもしれないけど……ジニーとジミーが遊んでて靴を飛ばしちゃってね」
「靴?」
先程寝室で聞いた物音が甦りドアを離れて窓辺へ急ぐ。
ほぼ正面、通りを隔てた向かいアパートのアーチに兄弟の姿は既にない。ジェニーがここにいるということは、帰宅した姉に無事助けられたのだろうか。
問題の靴は、僕が顔を出した窓の庇の上にのっかっていた。まだ新しい青いスニーカーの片方だ。
「長いあいだほったらかされてヤケになって……うちの弟キレやすいから」
「ああ……」
癇癪をおこして全力で蹴飛ばしたわけか。なるほど。ほったらかした僕にも責任の一端があると自戒して、後ろめたさから声が萎む。
「いきなりドンッて音がしたからびっくりした。心臓が止まるかと」
「ほんっとごめんなさい!……で、靴とらせてもらえません?」
部屋に招じ入れる?扉一枚向こうは犯行現場だぞ?刺激が強すぎだ。
靴を拾うだけ、時間にすればものの五分程度で済むだろうが状況が状況だけに抵抗を感じる。寝室には絶対に見られたくないものがある。
「僕がとってくる」
「でも」
「すぐにすむよ、待ってて」
敷居を踏み越え今すぐにも室内へ入ろうとするジェニーを制し、窓から身を乗り出してスニーカーを回収する。
手の焼ける弟の代わりに姉が靴を引き取りにきた、というところか。可哀想に、しっかり者の長女には損な役目が回ってくる。弟の方はだいぶ引っ込み思案で人見知りだから姉さんに泣き付いたのかもしれない。部屋を横切り窓辺に戻り、開け放った窓から手を伸ばす。ジェニーはいいつけを守り大人しく廊下で待っている様子。くれぐれも覗き込んでくれるなよ。
拾ったスニーカーを持ってジェニーのもとへ行き、恭しく献上する。
「大事なモノなら粗末にするなって弟くんに伝えておいて」
「ありがとうございます!」
スニーカーの片割れを胸に抱きしめて感激するジェニーに微笑みかける。
これにて任務終了、お楽しみに戻るとしよう。
「待って!」
切羽詰まった声音に呼び止められて振り向く。
ジェニーがおもむろに僕の片腕をとり廊下へと引きずりだす。不意打ちに対処のしようがない。困惑を深める僕の前でポケットを裏返し、カラフルにラッピングされた飴玉をどっさり渡そうとしてくる。
「レーヴェンさん引っ越しちゃうんでしょ?うちの雑貨屋においてるキャンディ、沢山あるからプレゼント」
「気持ちだけもらっておくよ」
「でも」
「甘いものは好きじゃなくて」
「それじゃわたしの気持ちがおさまらないよ、人になにかしてもらったらきちんとお礼しなさいって母さんが言ってたもん!センベツよセンベツ。色んな味があっておいしいのよ、常連さんや気に入った子にはよくおまけしてあげるの。ストロベリーでしょ、レモンでしょ、コーラでしょ、それとね……色々!」
「いや、ホントいいから気にしないで」
「食べたら幸せになれる白い粉は入ってないから大丈夫!口の中であっというまに溶けてなくなるイッツミラクルアンビリバボー!」
「糖尿病になっちゃうよ」
こんなに強引な子だったろうか?別に飴玉くらいもらってあげてもいいのだがテンションがおかしいし、はっきり言って引く。本当に白い粉でも入ってるのかな……
頑として譲らず食い下がるジェニーと押し問答をくりひろげあとじさる。杖の先端が床を引っ掻く音がやけに高く響く。後退を余儀なくされる僕に詰め寄るジェニーが不意によろけ、傾いた手のひらから盛大に飴玉がなだれおちる。
「あー!やっちゃったァ……」
廊下一面にぶち撒けられた飴玉がてんでばらばらな方角へ転がっていく。
自分のミスにすっかりしょげ返り、廊下にしゃがんで一つ一つ拾い集める。哀れっぽい様子に苦笑いしつつ手伝うも、いくつかは手遅れで階段を転々と跳ね落ちていく。思わずそちらに目をやる僕に、ドアを背にして立ったジェニーが恥じ入って呟く。
「押しつけがましかった?」
「僕も大人げなかった、ちょっと急いでたもので。それとほら、杖を突いてるから。あんまりぐいぐいこられると今みたいによろけてしまうんだ」
「気が回らなくて恥ずかしい」
互いに言い訳とも謝罪ともつかぬ言葉を口走りつつ、背中合わせに飴玉を拾い集める。
ジェニーに片腕を引かれた時点で既にバランスを崩していた。しかも彼女ときたらこちらが杖を持ってるのもおかまいなしで、もう片方の手に大量の飴玉を握らせようとしてくるのだからまいってしまう。
らしからぬ失態を演じたジェニーが指先の飴玉をもてあそぶ。
「引っ越しのこと聞いて動揺してたのかも」
「別れを惜しんでくれて嬉しいよ」
「弟たちも懐いてたし……会うたび挨拶してくれたでしょ」
「人付き合いの基本だからね。外出には色々と手間がかかるけどひきこもりじゃないし、人と話すのは好きな方だよ」
「初めて会った時はなんか変な人だと思ったけど」
「随分だなぁ」
「絵描きさんなんて初めて見たし。話してみたら普通の人で安心したけど」
「顔色悪いけど大丈夫?」
「ちょっとショックなことがあって」
かたつく指先が飴玉を弾く。よく見れば微かに手が震えている。ずっと戦慄きを隠してたのか?
災難の子細は知らない。僕が路地に到着した時点で既に入れ違いだったが、不良に襲われたという言を信じるなら多感な少女にはショックな体験だ。ジェニーは飴玉一つ一つをやけに時間をかけポケットにしまいこむ。考え事に耽っているのか、会話も上の空で心ここにあらずの様子。スローモーションじみて鈍くさい動作に焦燥が募っていく。
「帰ります。その、レーヴェンさんもお元気で」
あらかた回収した飴玉を乱暴にポケットに突っ込み、小走りに駆け去っていく。
忙しい子だ。なんにせよ消えてくれて好都合だ。
子鹿が跳ねるよう軽快に階段を下りていく後ろ姿を見送って室内に引き返し、閉めたドアに背中を凭せてため息。
時計を確認する。悠に十分が経過していた。
彼は大丈夫だろうか?まさか死んでることはないだろうが、気は失ってるかもしれない。失神してたら叩き起こさなければ……
「前を縛られちゃおちおち気絶もできないか……」
夢の中に逃げ込めたらまだしも救われるのに。
惨い仕打ちを他人事のように反駁し、未完成のキャンバスがあふれる居間を横切り、寝室のドアノブをじらすようにゆっくりひねる。
この向こうに友達が勢ぞろいして僕を待っている。遊びの再開だ。
「待たせた……」
視界で閃光が破裂、右足の脛に衝撃が爆ぜる。
何が起きた?わからない。痛点が集中する人体の急所、右脛に燃え上がる痛み。咄嗟に片膝を付き倒れ込む。頭蓋骨の裏側で音が奇妙に歪んで反響する。
脂汗が滲んで歪む目を必死に凝らす。
少年は-……いない。ベッドはもぬけの殻だ、どうやって手錠を外した?
「ッ!!」
二打目がくる。瞬時に機転を利かせ、そばにあった画架を盾にして防ぐ。
空中に銀の軌跡を描き旋回、投擲された物体は缶切り……ケビン。居間からさす光が舐める床に視線を這わす。Sの頭文字が彫られたライターが虚しく転がっている。さっき脛を直撃した弾丸の正体は彼か。僕は今反撃を受けているのか。
脳内で無限に増殖する疑問符を一掃したのは、ベッドの下から湧く声変わり途中の少年の声。
「ファック」
聞き覚えのある声だ。姿を目視する前から既知感が刺激され同時に壮絶な違和感も騒ぐ。
はたしてあの少年はこんな汚い悪態を吐く子だったか?
僕を憧れの目で見て、礼儀正しくおっとりと微笑んでいたのではないか?
「今度こそアタリだとおもったのに」
「ハズレもいいとこだっつの……」
「やさしかったんだ」
「だから言ったろ……テメェに親切にするヤツは、ぜってーろくでもねーこと考える、ろくでもねーヤツだって……」
「いい人はいるよ。巡り会えてないだけだ」
声は頑として言い切る、どこまでもタフな意志力と前向きな希望を装填して。
声は頑として言い切る、そっけなさの裏側におもいやりを滲ませて。
「ついでにお前は黙ってろ」
「ンだと」
「瀕死の怪我人はジャマだから引っ込んでろって言ったんだけど」
脛を庇って蹲り暗闇に目をこらす。ベッドの下の隙間に腹這った侵入者の正体が次第に明らかになる。
その人物は右手にスリングショットを構え、左手でゴムを目一杯引き、何かを番えている。
隙のない美しい構え。
一流の狙撃手の素養を感じさせる伏せの姿勢。
僕が帰るまで何時間もそうしていたろう忍耐をまるで苦にしない不撓不屈の精神力。
赤みがかった金髪の奥、いつも柔和に笑んだ赤錆の瞳が極大の警戒心と怜悧な殺気を漲らせている。
心なしか顔の輪郭もシャープに研ぎ澄まされ大人びて見える。しなやかに引き締まった細首で控えめに主張する喉仏が美しい。姿形は僕がよく知るあの少年だが、衰弱しきった弟を背に庇いつつ対峙する今の彼はまるで違う雰囲気を纏う。
たとえるならそう、弟と中身が入れ替わってしまったみたいな。
その本質 が覚醒したみたいな。
地獄すら裸足で逃げ出す悪運を気まぐれな悪魔に授けられたみたいな、最悪の逆境すらねじ伏す意志の化け物。
致死量のニトログリセリンに着火したような危険きわまりない戦意が、僕を睨みつける目を一際鮮烈な鳩の血色に燃え立たせる。
ベッドの下の暗がりから緩慢な挙措で這い出て、サイズが二回りは大きいモッズコートの裾を悠然と広げる。這い蹲って立てない弟を庇うよう片膝立ち、スリングショットを完璧なポーズで構えたまま宣言する。
誇るでもなく。
奢るでもなく。
ただただ当たり前の事実を当たり前に告げる口調で。
「お前は俺がいなきゃなにもできないんだから、ここでバトンタッチしてやるよ」
「何様のつもりだよ」
「兄さんのつもりだよ」
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