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Nothing seek, nothing find.
スワローの腕にはタトゥーがある。
右腕には荊の冠を戴く燕、左腕の刺青は天使の輪を冠した鳩でつがいになっている。
「刺青入れたの?俺に黙って!?」
「なんでいちいちテメェの許可とらなきゃなんねーんだ、俺の身体をどうしようが勝手だろ」
「だってお前まだ十歳じゃないか、子どもじゃないか、なのに刺青ってイッパシのワル気取りか。体にも負担がかかるし……なんで入れる前に一言相談してくれなかったのさ」
「相談したらやれ不良の証拠だの非行の兆候だのガタガタ抜かすだろうが」
「だからって……お前一人の身体じゃないんだ、何かあれば俺も母さんも心配する」
コイツはいつもこうだ、とんでもないお節介の心配性。
スワローが傷をこさえて帰ってくるたび自分のことのように青くなり、なんだどうしたとパニクって問い詰める。最近はいちいち説明するのも面倒なのでシカトしている。
そこはどこにでもある不景気な街の荒んだ通り。
路上には紙屑や古新聞、通行人の靴裏にくりかえし踏みにじられ地面と同化したガムのゴミが散らばり、何重にも交差する輪轍の上を|縺れた枯草《タンブルウィード》が転がっていく。
路傍には職にあぶれた連中が蹲り、素人の手慰みのガラクタをやる気なさそうに売りさばいている。
目立たないその片隅で、ピジョンはビーズの腕輪やドリームキャッチャーを広げて売っている。
……が、売り上げはぱっとせず先刻からため息が尽きない。
貧しい母子家庭では子供も貴重な稼ぎ手。
故に手先が器用なピジョンはお手製の雑貨や装身具を売って心ばかりの収入を得ている。
ビーズの腕輪に指輪、ワイヤー細工の造花……スワローに言わせればどれも笑ってしまう子供だましだ。こんなのをわざわざ買いたがる物好きがいるとは思えない、いるとしたら慈善精神に溢れた篤志家かピジョン自身がめあての趣味の悪い変態だけだ。
後者が寄り付かないよう見張るのがスワローの仕事だ。
それでもピジョンは辛抱強く持ち場を離れず、「どうぞ、見てってください」「よければ手にとってください」と、人が通りかかるたび誠実ぶって愛想を振りまく。
勤勉というかマメというか、ほとほとあきれ返る馬鹿真面目さだ。
今も目の前を通過した年寄りに「お孫さんのおみやげにどうですか、喜びますよ」とセールストークを吹っかけては、耳が遠いのか綺麗に無視されて、しょぼんと肩を落とす。
手持無沙汰に商品を整理し、多少なりとも見栄えよく並べ替える兄の傍らで、スワローは戯れに摘まんだ指輪をひねくりまわす。
意地悪く目を眇めて、兄の努力の結晶を辛口で評価する。
「俺があのババアの孫でもコイツは喜ばねえよ、質草にもなりゃしねえ」
「誰がババアだって!?」
「ちゃんと聞こえてンじゃねーか」
「すいません、コイツ口が悪いんです。根はそこまで悪くないんです、悪ぶりたい年頃なんです」
「媚びるのは客だけにしとけ、冷やかしは中指立てて追っ払え」
「こら!」
わざわざ引き返してスワローを叱責する老婆。ピジョンはスワローから指輪をひったくり、弟の代わりに謝罪する。こきおろしたあとは一応フォローするのも忘れない。
実際に中指を突き立て、怒り心頭の老婆を追い返したスワローを小声で窘めて向き直る。
「タトゥーってアレだろ、針入れるんだろ?ぶすって刺すんだろ?絶対痛いに決まってる。ちゃんと消毒と麻酔はしたの?道具は?針の使い回しなんてしてないよね。感染症は怖いんだぞ、傷口からバイキンが入ったら大変だ、ゾンビになってア―ウー徘徊するぞ。錆びた針なんて使ったら破傷風になるし……素人上がりのもどきに当たったら最悪だ。覚えてる?母さんのお客のイギ―さん。母さんにすっかりお熱で、胸に顔まで彫らせたのに、できあがったのはウーパールーパーそっくりでさ……」
「母さんガマンできなくて、ヤッてる時に吹いちまったんだろ」
「おまけに針から毒が入って炎症起こすわさんざんだ。したあとはきちんとケアしないと」
「セックスとおんなじだな」
「セックスっていうな」
「間違っちゃねーだろ」
「本当にもう……お前はどうしてそう人の話を聞かないんだよ、入れるなら入れるってちゃんと言ってよ」
「そこもセックスとおんなじだな」
「殴るよ?」
「心配しねーでもスキンヘッドに髑髏や鉤十字入れたりしねーよ」
「母さんのお客のアンソニーさん思い出した。ほらいたろ、全身トライバルタトゥーで埋め尽くした……」
「ああ、いたっけそんなの。チンポにまで入れたドМ、別名歩く人間迷路」
「指で辿って早くゴールしたほうが勝ち。よく遊んだよね」
「迷路じゃねーから行き止まりにぶちあたって当然だって、もっと早く気付きゃ時間をムダにしなくてすんだのにな。人が悪ィからニヤニヤ笑ってやがったんだ、アイツ。馬鹿にしやがって」
「やたら乳首や下半身に誘導しようとしたけど、アレはあーゆー趣味だったのかな」
「知るか」
「初恋の人の名前を彫ったり?」
「抱いた女のイニシャルかたっぱしから刻んでりゃ上書きのくり返しで真っ黒だ」
「ダヴィンチの暗号文みたいになっちゃうね」
ピジョンは肩を落とし、悪びれた素振りなどてんでなく、ガラクタをいじくりまわすスワローを横目で睨む。
「お前がいるとお客さんが寄り付かない」
「もとからいねーだろ」
「さっきみたく睨みつけて追い返すからだ、営業妨害だ」
「テメェの呼び込みが下手だからだ、腹から声出せ。肺活量も小鳥ちゃん並かよ」
「お前さっきから女の子にしか声かけてないだろ!!」
「俺に声かけられたほうが女も幸せだろ」
「ぐ」
「顔がいいと得だな」
「……いいのは要領だろ」
悔しい。とても悔しい。ピジョンは切々と弟に訴えかける。
「お願いだからもう少し愛想よくしてよ、小さい子が怖がる。トーテムポールを隣においてたほうがまだ安心する。ナンパが目的ならよそへいけ」
「代金踏み倒されてボロボロんなって帰ってきたのはどこの誰だっけ」
「弟に用心棒頼まなくても困らない。あんまり俺をなめるなよ」
強がって凄んでみせるが、日頃の行いのせいでまるで説得力がない。
スワローは兄の言葉を右耳から左耳へ聞き流し、ワイヤー細工の造花の下部を指さす。
段ボールの植木鉢の底から、白い糸がとびだしている。
「この糸なに?」
「引っ張ってごらん」
いたずらっぽくほくそえむ兄に促され、なんだかもう嫌な予感に見舞われながら糸を引っ張る。
その瞬間、ワイヤーでできた花が首を振って踊りだす。
「じゃーん、ダンシングフラワー。今回の目玉商品、糸を引っ張るとひとりでに踊り出す。夜なべして作ったんだ、俺が手がけた中じゃいまんとこコイツがダントツの傑作かな」
「………」
「何か言えよ」
コイツ、夜中に工具箱持ち出してシコシコやってると思ったらこんなくだらねぇオモチャを作ってやがったのか。妙にカクカクギクシャクした動きで気持ち悪い。
「どうだ、すごいだろう」と期待にきらきら目を輝かせ弟の感想を待ち侘びるピジョン。
スワローは無言無表情のまま、兄の発明したオモチャをおもいっきり地面に叩きつける。
「あああっ、なにするんだ俺の人生最大の発明品を!?」
「人生終わってんな」
ピジョンがこの世の終わりのような声をだし、地面にはね転がった花にとびつく。
「俺の才能に嫉妬したの?」
「テメェのアホさ加減にウンザリしたんだ」
どこも壊れていないのを確かめホッと安堵、服に擦り付け丁寧に汚れを拭い、慎重な手付きでもって最前列の中央にセットする。
「いいひとがもらってくれますように」
「花に話しかけるなんて末期だな。お友達がいなさすぎてヤキ回った?」
「~茶化しにきたんならもう帰れよ、いるならちょっとは手伝えよ!!」
「わーったよ、客連れてくりゃいいんだろ」
兄の催促に耳をほじり安請け合い、たまたま通りかかった地元の少女を呼び止める。
「そこのカノジョ、アンタにおすすめの掘り出し物があるんだ」
「え、アタシ?」
「いらっしゃい。あの、えっと」
「そうそうアンタだよアンタ、寄ってって損はさせねえぜ」
上がりまくってへどもどでむかえるピジョンに口出しさせまいと、スワローが店を乗っ取る。
少女の目線を受け止め微笑み返し、たった今ピジョンが据え直した造花をひょいと取り上げる。
「あ」と抗議の一音を発するピジョンにはおかまいなし、もったいぶって糸を引っ張る。
ダンスが再スタート、軽快に揺れる花に目をまるくした少女の反応にピジョンは高揚するが……
「やだーなにこれ気持ち悪い!」
第一声に心抉られる。
「そうか?じっと見てっと愛嬌あんだろ、割と」
「そうかな……変だよ絶対変。動きも妙にカクカクしてるし、断末魔みたい」
「催眠術もできるぜ」
「嘘でしょ?テキトー言ったってその手にはのらないんだから」
「おっと、見破られちまった。ホントの所アンタとおしゃべりしたくてコイツをダシにしたんだけど、そっちは気付いてた?」
スワローは自然な笑顔を浮かべ、女の子も楽しそうに笑い転げて会話が弾む。ピジョンが夜なべして作り上げた花には目もくれない。
女の子が派手に笑った拍子に手がぶつかって、ダンシングフラワーが大きくぐらつく。
「あっ……」
倒れていく瞬間がスローモーションのコマ落としで再生される。
地面に倒れてなお動くのをやめない様子は、なるほど瀕死の痙攣に見えなくもない滑稽さというか不気味さだ。ピジョンの目には死に体でもがいてるように見えた。
「じゃあこの子もらってくね!大事にする!」
ピジョンはハッとする。途中から現実逃避の思考停止モードに入っていたが、どうやら交渉成立したらしく、「気持ち悪い」とどん引きしたダンシングフラワーを女の子が胸に抱く。
代金を札で受け取ったスワローが身を乗り出して少女に頬ずりする。
「サンキュ、ベイビー」
わざとリップ音をたてキスをプレゼント。
女の子が真っ赤になり、造花を抱きしめてしあわせそうに笑み蕩ける。
スワローに手を振ってご機嫌に去っていく背中を見送り、ピジョンはちんまり膝を抱えこむ。
「……ナンパのダシにするなよ」
「テメェがやれって言ったんじゃねーか。ほらよ」
「いらない。お前にやる」
スワローに背中を向けてふてくされるピジョン。モッズコートの胸ポケットに筒状にした紙幣を無理矢理ねじこもうとするもうざったげに振り払われ、スワローは気分を害す。
さようなら俺のお花ちゃん、元気でね。あの子最後まで俺のほう見なかったな。存在に気付いていたかも怪しいものだ。
数分間続く気まずい沈黙に耐えかねたか、ピジョンは話題を変える。
「で、何彫ったの?」
きた。
スワローは傲然とふんぞり返ってシャツの袖を捲り上げる。
露わになった右腕には荊の冠を戴く燕、左腕には天使の光輪を冠した鳩が、まるで生きているかのように鮮烈な彩色と存在感で彫り込まれている。
燕と鳩は兄弟の名前の由来となった、特別思い入れ深い鳥だ。
彫り師は相当の腕前らしく、天空へ飛翔する燕と鳩の躍動感がデフォルメされた中にも見事に再現されている。尾羽の反り方まで雄々しく反骨精神に溢れたシャープな燕と博愛精神を宿すイノセンスな鳩、魂を吹き込まれた好対照の二羽を食い入るよう凝視、ピジョンが感嘆の吐息をこぼす。
「すごい」
この上なく単純な兄の称賛に気をよくしたスワローは、袖を腕の付け根まで捲って鼻高々に演説する。
「アル中彫り師の爺さんがリハビリ兼ねて練習台募集してたから、ちょうどいいやってノッてやったんだ」
「待て、アル中?」
「途中手が震えてビビったけど一杯ひっかけたらしゃんとしやがった、ありゃマジでキてるぜ。まァ仕上がりよけりゃすべてよしだ、俺様は寛大だからな、一度や二度の手元の狂いは水に流してやらァ」
実際ツイていた。
街を流し歩いていたらジャンクヤードでタトゥーアーティストの老人に出会い、「こちとら針使ってる最中にぽっくり逝ってもおかしくねェアル中の老いぼれで些か手元が怪しいが、そのぶん安くしてやる。そのかわり仕上がりにゃ文句言うな」と呂律の回らぬ舌で吹っかけられ、タダ同然の値段でタトゥーを入れられるなら悪くない取引だと受けて立った。
どのみちいずれは入れる予定だった。タイミングが少しばかり繰り上がっただけだ。
「ぶっちゃけ面白そうだし」
「お前……たまたま上手くいったからいいようなものの、失敗したらどうすんのさ。目もあてられないヒヨコになってたかもよ。ヒヨコのタトゥーなんてダサくて女の子にモテないぞ」
「アイツらなんにでもカワイイって言うから逆にウケんじゃね?」
生来の山師といおうか、でたとこ勝負の弟の無謀さに呆れながら、一方で「ヒヨコとウーパールーパーのあいのこのクリーチャーでも、スワローならモテるんだろうなぁ」と諦め半分羨ましがる。
想像してみたら結構かわいかったし。
「どうりで最近長袖だと思ったら……」
「バレると面倒だろ?特にテメェときたら、興ざめかまして全力で止めるに決まってる」
「体に針刺すなんて想像しただけで痛そう」
「痛いのは慣れてる」
「喧嘩で殴られるのと刺されるのはまた違うだろ」
ピジョンの反駁にスワローは自らの耳朶の安全ピンを指す。
「……前から思ってたけどお前のそれ安全ピンじゃないよね。不安全ピンだよね」
「体に穴開けるのにいちいちビビってたらピアスもできねーじゃん。処女膜は破ってナンボだ」
「ほんッッとサイテーだな」
下品な冗談に眉をひそめてから、不安げに安全ピンを見直す。
「耳に穴を開けたら白い糸が出てきて、引っ張ったら失明しちゃったって話知ってる?」
「視神経だったってオチだろ。くだらねー|都市伝説《クリーピーパスタ》」
「耳を穴だらけにするだけじゃ飽き足らず刺青まで……母さんにバレたら怒るぞ」
「母さんなら『わあどうしたの最高にクールよスワロー惚れ直しちゃった!』ってキスの嵐だろ」
「……」
否定できない。
ピジョンはムッツリ押し黙る。
「煙草や酒に手ェ出したんじゃねーんだ、ンなむずかしー顔すんなって」
「お前って酒にドラッグ溶かして飲みそうだよね」
「兄貴にゃシガレットチョコがお似合いだ。後味甘くて女ウケするぜ」
「みんなのマネして粋がるのがかっこいいとは思わない」
「スリルがない人生は退屈だ。だろ?何事も経験だよ」
「……針はちゃんと消毒したの?」
「なめりゃいいじゃん」
「唾はやめて。せめてアルコール消毒して。煮沸消毒の概念もって」
「男のくせにうじうじぐだぐだ……」
「破傷風は怖いんだよ?最悪死だよ!!」
飲酒や喫煙、薬物と違い、人様に迷惑かけるわけじゃなし個人の自由と開き直られたらそれまでだが、兄としてはやはり断りを入れてほしかった。
もう何度目かキレてそっぽを向いたピジョンだが、先立つ好奇心に負けておそるおそる覗きこむ。
「……なんで燕にしたの?」
おっかなびっくり燕のタトゥーをつっつく。噛みつかれるとでも思ってやがるんだろうか、びくつく兄にスワローが答える。
「トレードマークだからな」
「それはわかるけど……」
チラリと左腕を一瞥、複雑な面持ちで鳩の刺青を見つめる。
シュッとした燕と比べて、なんだかとぼけた顔をしている。フォルムがまるっこいせいだろうか、だれかさんとよく似たマヌケ面だ。
「鳩はどうしてさ」
「一匹だけじゃ締まらねーだろ。バランスだよバランス」
「そんなもんかな……」
そんな漠然としたニュアンスで、痛いのを我慢して左腕にも彫ったのか?
鳩はピジョンの名前の由来になった鳥だ。ピジョンの一番好きな鳥で彼のトレードマークでもある。
スワローが燕を入れるのはわかるが、どうして……
「鳩、好きなの?」
「はァ?嫌いだよ、あんな人のあとひょこひょこ付いて回ってエサねだるっきゃ能のねぇ鈍くせェ生き物。おこぼれ期待してはらぺこで媚び諂って、見てっとイライラして蹴っ飛ばしたくなる」
「可哀想なこと言うなよ、鳩はかわいいじゃないか……」
「とりえは肉がうまいことだけ。食っちまえばもう用済みでおしまい」
自分のことを言われてるようで胸が痛む。
「ん?あれ?」
違和感を感じて目を凝らす。何かが変だ、おかしい。
両腕の刺青を見比べて検証し、目を見張る。
「コイツら片翼じゃないか」
スワローの右腕の燕と左腕の鳩。
斜めに舞い上がるポーズに騙されて気付くのが遅れたが、二羽ともがそろって片翼だ。
ひょっとしてとピジョンは思い、弟の腕を手のひらを上にした状態でくっつける。
燕と鳩がひとつにあわさり、黒と白の翼が大きく広がる。
腕を揃えてはじめて独立した意匠ではなく、真ん中で繋がって完成する、左右が対の構図だと判明する。
ああそうか、片方しか羽がないから一緒じゃないと飛べないんだ。
本で見かけた比翼連理という言葉を思い出す。片翼の鳥がつがいとなって空を飛ぶ中国の逸話からきてるそうだ。
一羽じゃ満足に空も飛べない未完成の生き物、二羽そろってようやく一人前になれる不具のコンビ……にもかかわらず黒白の翼を広げて舞う燕と鳩は、世界を敵に回して空の高みに駆け上がるが如く、なんとも誇らしげで幸せそうに見えた。
互いに身を捧げる事に何の屈託もなく。
互いの欠落を補い合って。
片時も離れず寄り添い合って飛ぶ姿は、これから蜜月の旅に出発しようとでもいうふうだ。
「どうせ痛ぇだの怖ぇだのぐずって死ぬまで入れねーんだ、テメェの分まで前借りしてやったんだから感謝しろ」
ピジョンの手を振り払って袖を下ろすスワロー。あっというまに刺青は隠れてしまった。
スワローは袖越しに左腕を弾き、軽薄な調子で付け足す。
「引き立て役だよ。なあ?」
『ピジョンとスワロー。二人一緒ならなんにも怖くない、どこまでも飛んでいけるわ』
いつだったか、川の字の真ん中になった母はそう言い聞かせた。
スワローがどういう気持ちで刺青を入れたのかピジョンにはよくわからない。
でもひとつだけわかることがある。
コイツは俺の事を嫌ってるはずで、とことん蔑んでるはずで、でもきっと離れては生きていけない。
一人では軌道が狂って墜落するしかない。
ひょっとして母さんは、俺達が死ぬまでずっと仲良しでいることを祈って優しい呪いをかけたんだろうか。
なにがあっても兄弟力を合わせて生きていけるように、俺達をそう名付けたんだろうか。
「…………」
「何?文句あんの?」
ピジョンはスワローの手首を優しくとり、シャツの袖越しに緩やかに遡っていく。
てのひらから手首へ、手首の筋から肘へと指を滑らし、まだ疼くであろう真新しいタトゥーを包む。
「ううん。カッコイイよ」
お世辞ではなく心からの本音だ。
刺青の燕と鳩は、最初からそこにいたように彼の皮膚にしっくり馴染んでいる。
対のつがいとなるのを最初から運命づけられていたように。
共に生きる宿命のように。
褒められるのは予想外だったのか、スワローが鼻を鳴らしてそっぽを向く。
スワローが刺青の意匠に燕と鳩を選んだ理由がわかる日は永遠にこないかもしれない。
あえて問いただす必要もない。
大事なのは今ふたりが一緒にいて、これからも一緒にいたいということだけだ。
片翼でも絶望には及ばない、コイツが一緒ならどこまでも飛べるのだ。
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