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Snapshot

「スワローこっち向いて。はいチ―」 「なにそれ」 「見てわかんない?ポラロイドカメラだよ、この頃よく通ってくるロバートさんにもらったんだ」 「母さんにお熱のエセ写真家か」 「エセっていうなよ、失礼じゃないか」 「はッ、どうだか……カメラなんて持ち込んで、下心あるに決まってる。どーせ母さんにヌード写真撮らせろって申し込む魂胆だろ」 「そうやってすぐ人を疑うのよくない、ロバートさんは俺達にもよくしてくれるじゃないか」 「コロッとモノに釣られやがって……で?ちゃんと撮れんの」 「もちろん!中古だって言ってたけど、フツーに使えるよ」 「そんでさっきからパシャパシャしてやがったのか?なに撮ってんだ、見せろよ」 「わっ!?待てよ返せよ!」 「石ころ、草、ドラム缶。ボール、ラジオ、鳥、鼻ちょうちん膨らませて昼寝する犬、ブレまくりの猫……ひっかく決定的瞬間?はは、顔のキズはコイツが原因か。笑える。ずぶの素人のお手並みだな」 「う、うるさい……わかってるよそんなこと。これから練習して上手くなるんだ」 「ハイハイっと。新しいオモチャもらえてよかったでちゅねーピジョンちゃん、落としてぶっ壊さねえようせいぜい大事にしな」 「そんなヘマするもんか、お前は兄さんをなんだと思ってるんだ」 「死ぬほどドジでマヌケなお人好し。とことんツイてねーてめぇのこった、うっかり手ェ滑らせて大参事になんねーともかぎらねーだろ」 「しっかり持ってるから大丈夫だって、もう……意地悪ばっかいうと撮ってあげないよ?」 「そりゃ結構、近くでパシャパシャされちゃうざいだけだ。撮影代くれるってんなら話は別だが」 「兄弟を強請るなよ、最低だな……あ、でてきた」 「ブレてんじゃねーか!ンだこりゃ心霊写真か!」 「お前が動くからだろ!アグレッシブすぎるよ残像が」 「うるせえ、ストップとシャラップ聞き違えたんだよ」 「えぇ……無理矢理こじ付けるなぁ……」 「しっかしアンティークだな、マニアの市場じゃ高値で出回ってんじゃねーか」 「知ってる?ポラロイドは撮影のあと自動的に現像してくれるフィルムを使ってるんだ、だからその場ですぐ写真を見れるのが最大のメリットなんだ。現像は手間がかかるし……コレならアマチュアでも気軽に撮れる。コンパクトで持ち運びに向いてるし」 「まーたてめぇの壁コレクション略して壁コレが増えるのか。写真はアルバムに挟めよ、壁に貼るんじゃねーよ。一日中見張られてるみてェで落ち着かねーんだよ」 「いいじゃないか、減るもんじゃなし。思い出は増えても困らないだろ?もし……万一自分の部屋がもらえたら、その時は壁一面に写真を貼るのが夢なんだ」 「うへェ」 「なんだよその顔」 「壮大なんだかささやかなんだかよくわかんねェ夢だな」 「トレーラーハウスは殺風景だし……賑やかしにはちょうどいいだろ?」 「よくやるよ……」 「よーし、これからは腕に磨きをかけて撮って撮って撮りまくるぞ!前は人に頼むしかなかったもんね、母さんのお客の大半は気持ちよく引き受けてくれたけど……」 「ガキに媚売って本命落とそうってハラだろ」 「どうしてお前はそう……もういい」 「むくれんなよ」 「むくれてない。がっかりしてるんだ。もう少し人を信用したり信頼したり、感謝の心を覚えたらどうなの」 「ポラロイドであっさり売収されたくせに何ぬかす」 「好意だって」 「今頃トレーラーハウスん中でなにしてんだかな。ナニしてんのか。ほら見ろ、噂をすれば……ガタガタ揺れてる。てめぇにオモチャをくれて追っ払ったのは、まぁそーゆーこったな。オトナは汚い」 「……大人が汚いのは知ってるよ……でも全部が全部そうとは限らないじゃないか」 「いーや、限る」 「限らない」 「絶対そうだ」 「なんでわかるんだよ?」 「娼婦の息子を十年ちょいやってりゃいやでもわかる」 「ぐう……」 「貸せよ」 「やだ」 「いいから」 「乱暴して壊しそうだからいやだ」 「力ずくが好み?」 「……ちょっとだけだぞ。すぐ返せよ」 「ケチケチすんな、どーせ貰い物だろ。どれ……」 「はい時間」 「秒かよ!?せめて分でカウントしろよ!!」 「お前のさわり方危なっかしくて見てられないよ、心臓が愉快なブギでタップダンスしてるよ……うわあぁナンデお手玉ナンデ!?」 「へー意外と軽い。見た目よか軽量だな。これがスイッチで……ボタンを押すと下から出てくんのか。うまくできてんなァ、先人の知恵だ」 「落っことすなよ」 「ヘイヘイっと。はいチーズ」 「え」 「笑えよ」 「えぇ……」 「ンだよそのシケた反応と情けねェ半笑いは、顔引き攣ってんぞ」 「だって……なんか、恥ずかしい……」 「さっき俺撮ろうとしただろ?なんでテメェの番だと渋んだよ、意味わかんねー」 「みんなと一緒ならともかく、一人で撮ってもらうのってあんまないから緊張しちゃって……お前や母さんが一緒なら自然に笑えるんだけどな。ちゃんと笑おうって思うと変な汗がでてきて、上手くできなくて」 「笑顔なんか上手くなくていいだろ別に」 「お前はいいさ、カメラ向けられて緊張なんてしたことないだろ。俺とお前はちがうんだ、お前のようにはできないんだ」 「あっそ」 「うわっ!!?~ッ、ずるい、反則だぞ、目ェ瞑っちゃったじゃないか!!」 「さてっと、できあがりは……」 「…………」 「ご感想は?」 「よく言えば生き生きしてる」 「悪く言えば?」 「すごいブサイク……」 「他にも撮ってみっか。あの廃車とか……」 「……でも、構図にセンスが光る」 「あん?」 「俺が撮ったのと見比べて……どう?」 「どうって」 「平凡だろ」 「凡庸だな」 「やっぱり……」 「落ち込むなよ、絶望的に下手くそってワケじゃねェ、十人並にゃ上手いぜ。まぁなんで草ばっか撮ってんの?とか、逆光で潰れてるのとか、ボヤけまくって犬だかホットドッグだか見分け付かねーのとかあるけどよ。てかコレ……ロバートも撮ったのか。あの野郎、母さんの腰になれなれしく手ェまわしやがって」 「センスないよね、俺。ただボタン押すだけなのに……プロが使うホンモノと違って、難しい技術は全然いらないのに、それでこんなに差がでるなんて詐欺だ」 「シンプルなものほど酷にセンスを暴く」 「茶化すなよ……最初の一枚でコレとか、へこむ」 「そんなにいいか、コレ」 「造詣が浅いからよくわからないけど、上の青空が占める割合とか、あえて真正面じゃなく角度を付けてるのとか……凄い。いや、偶然の一枚かもしれない。きっとそうだうん、たまたまツイてたんだ。俺はがんばればできる奴だ、ピンボケなんてよくあることさ、へこたれないへこたれない」 「じゃ、俺を撮れよ」 「え、いいの?さっきはいやがってたじゃないか」 「兄貴の腕前をテストしてやる」 「いくよ……ハイチ―」 「だからそのだせーかけ声やめろ」 「……ズバーガ―」 「叩き潰してパテにすんぞ。撮れたか、見せろ」 「あ、こらひったくるな、俺だってまだ見てないのに心の準備が!」 「……ボケてんじゃん。ちょっとどころじゃなくピンボケじゃん」 「お、お前が撮れっていうから撮ったのに!?」 「まあ……味があるといえなくもねーか」 「……ムリに褒めなくていいよ、なおさら惨めになる」 「早くもオモチャに飽きたか?」 「……コイツはお前に使ってもらった方が喜ぶ」 「いじけんなよ、面倒くせェな」 「いじけてない。へこんでるんだ」 「ったく……俺様がベッドの中でも外でもテクニシャンなのは周知の事実だろーが」 「実の兄にとっては羞恥でしかない事実だよ」 「俺に負けたからやめんのか?へたくそだから投げ出して諦めんのか?ベッド横の壁を写真でいっぱいにすんじゃなかったのかよ」 「もういい……やめる……金輪際写真は撮らない、お前がカメラ係やってよ。そのほうが美人に撮ってもらえて母さんも喜ぶ」 「お前はどうなんだよ?」 「俺は……母さんが喜ぶなら、それでいい」 「―そうやってぐだぐだうだうだうじうじ。テメェの意見はねーのかよ!?」 「お、怒るなよ……っていうかなんで怒ってるのさ?壁の写真が目障りだって言ったのに、見張られてるようで落ち着かないんだろ、だったら全部ひっぺがしてゴミ箱に捨てろよ!俺が撮った写真なんかどうせ気に入らないだろ、わかってるよそれ位、俺はお前と違っててんでセンスないんだ、なにやらせたって劣るんだ、だめなんだ、かなわないんだ、母さんだって口に出さなくてもホントはそう思ってるんだ、ロバートさんだって言ってた、こないだお前にカメラ貸したとき、アイツは筋がいい、弟子にスカウトするかって……」 「ンなのカラダめあてに決まってんだろ!!」 「どうしてそうなるんだ!?」 「ポーズ調整だってべたべたさわってきたり上脱げ下脱げきわどいかっこさせられりゃいやでもわかる!」 「もう済みかよ!!?」 「口止め料たんまりふんだくってやった」 「転んでもただでは起き上がらない」 「脱いでもただじゃあしゃぶらねェ」 「しゃぶったの?!」 「言葉の綾だ。なあピジョン、正味どうなの?わあ上手すごいねピジョンってだれかに褒められたくてパシャパシャやってたのかよ。この汚ッねェ犬っころやとち狂ってバンザイしてる野良猫撮ってるとき、ちいっっっとも楽しくなかったの?ただ褒められるのだけがめあてでひたすらシャッター切ってたの」 「それは……新しいカメラもらって、浮かれてたのは認めるけど……」 「ほらな。楽しんでたんだろ?心の底から」 「……うん」 「じゃあそれでいいじゃん。俺よか上手いとか下手とかどうでもいいじゃん」 「……俺はよくない」 「兄貴だから?弟の手本になりたくて?日頃馬鹿にされてる仕返しに、俺のこと見返したくて?ほら見ろスワロー傑作だ、なんと鳩がフンする瞬間だ!ケツからでっかいのがでたぞ、大スクープだ!」 「おれ、は」 「泣きゃあいいと思ってやがる」 「……泣いてないし、泣かない。泣くもんか」 「オナニーと一緒だ」 「は?」 「写真、歌、踊り。物書き絵描きモノ作り、クリエイティブなことぜーんぶひっくるめてぶっちゃけオナニーだろ」 「おな……おま??」 「オナニーで一番大事なこたァなんだ?自分が気持ちよくなるこった。他人なんざ知るか、こちとら他人サマのためにオナってんじゃねェ。ゲイジツもソウサクもありゃ全部大大大好きな自分サマの満足のため、自己満足のためだ。んで上手いか下手か、面白いかそうじゃねェかってのは、他人が見て楽しいオナニーか楽しくないオナニーかだけの違いだ。てめぇのお楽しみはそっちのけで他人を愉しませんのにシコシコマスかくとかどんだけマゾだよ、逆に不健全、倒錯の極みだ。究極自分が楽しめねぇなら人様に褒められようが意味ねーよ」 「極端すぎるよ!」 「じゃ何か、セックスならいざ知らずテメェはオナる時にボクのペニスは誰々と比べて1インチ短い人生オワタと気にすんのか?ペニスのデカさなんざどうでもいい、大事なのは最中が気持ちいいか、楽しくできっかだけだ」 「……言いたいことはなんとなくわかるけど、とてもその境地まで辿り着けない。あと下品。ものすごく下劣。レベルでたとえると最低の低」 「オナニーはスコったもん勝ち、イッたもん勝ち。兄貴は写真を撮るのが好き、俺にゃ何がいいんだかさっぱりわかんねー草っきれや石ころや薄汚ねェ犬猫をパシャパシャやんのが大好き、それでいいじゃん。それ以上要るか?」 「じゃあプロの人は……」 「ありゃオナニーで金とってんだ。オナニーを極めてアートやエンタメに昇華した最強のオナニスト、アクロバティックオナニーの達人。コングラッチュレイション」 「……ライフイズマスターベーション。深い」 「いや、人生はセックス」 「その心は」 「独りでも|逝《イ》けるが、どーせなら相性の合うヤツと一緒がいい」 「……ぐぅ」 「ちなみに体の」 「補足がなければいい話だったのに……まあそこそこ説得力あるのは認めとく」 「どんなもんだ」 「たとえは最低だけど」 「育ちが悪いからだ」 「育ててくれたひとは悪くないから、くれぐれも勘違いしないようにね」 「コレとか割と好きだぜ、俺」 「どれ……って、それか」 「俺の後ろ姿、いつのまに撮ったんだ」 「ごめん、お前の背中見てたら撮りたくなって。太陽に透けた髪……瓶入りジンジャエールみたいでキラキラして綺麗だなって、勝手にシャッター押してた。正面からじゃ絶対素直に撮らせてくれないから、今思えば正解だった」 「盗み撮りの腕は悪くねェ」 「褒められてる気しないよ」 「この写真、くれ」 「燃やす?破る?それともダーツの的?」 「処分一択かよ。ちげーよばぁか」 「トイレに流す?詰まるから反対」 「捨てる前提かよ。いやマジで欲しいんだよマジで」 「こんな取り柄のない写真が?」 「被写体にゃ値打ちがある」 「自分で言うかな……」 「そっちのネコの欠伸はどうでもいいが。あーネコちゃんおヒゲぴくぴくして超かわいいでちゅねーいいこでちゅねーとかねこかわいがりねこなで声が聞こえてきそう」 「赤ちゃん言葉じゃ話しかけてない。断じて」 「せめて心の中だけにしろ」 「……プロが撮ったんじゃないし、ブレてるし、その……お前が欲しがる価値ないよきっと。ロバートさんに頼めばもっといいのをいくらでも撮ってくれ」 「ドスケベは願い下げ。コイツがいいんだ」 「そんなに言うなら……いいよ」 「一言付け加えっと、ダーツの的にすんならお前の写真だ」 「やっぱり……」 「兄貴の|処女作《ヴァージンブロマイド》、有り難くもらってやる……どうでもいいけど処女作って響き興奮しねェ?」 「しない。全然しない」 「穴兄弟もエロい」 「穴兄弟のエロさは認めるにやぶさかじゃないけど、実兄弟はエロくないし、エロいことできないし、しちゃいけない」 「やれやれ、お固くてまいるぜ」 「ごく世間一般的な常識人だけど??兄弟同士で興奮するお前がおかしい、発情期の駄犬並みの節度だな」 「本物のヴァージンも予約済み。忘れんなよ?」 「忘れるまでは覚えてるさ」 「とりあえずロバートのヤツはシメる」 「え」 「唄えよピジョン、カメラもらう代わりになに要求された?オトナがタダで子どもにモノくれるとかねェぞ、世の中ギブアンドテイク、セックスアンドピストルズだ」 「ピストル突き付けられちゃ勃たないよ」 「ごまかすな」 「別に何も……しばらく外で遊んでろって。あ、でも基礎は教えてもらったよ。カメラの構え方手取り腰取り直してくれた」 「腰……?そこは足だろ」 「揚げ足取りの天才だね。俺の場合は腰であってる。腋はこうキュッと絞めて、被写体と水平になるよう重心を落として、両腕でしっかり支えて……ロバートさんは親切なんだ、俺の腰に手をやって同じ目線で正しい立ち方を……スワロー?おーいスワロー?」 「わかった。秒で殺す」 「ちょっ……たんま今はまずいって、取り込み中だよ!?」 「早漏なら第一ラウンド終わった頃だろ、殴り込みにゃちょうどいいタイミングだ。それとも窓越しにハメ撮りすっか、ばらまくって脅しゃたんまり強請れる」 「俺のポラロイドを悪用するんじゃない、絶対貸さないぞ!ハメ撮りなんてしたらレンズが汚れるだろ、しっしっ!!あ~~~~もー言わんこっちゃない……そうだこっち向いてスワロー、ハイチ―」 「るっせェだまってろ駄バト、そのポンコツぶん投げておしゃかにすんぞ!!!!」 「―ズ―ムアップ」 いいスナップショットが撮れた。

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