40 / 61

Natural Born Lovers

「お勉強熱心だな」 「あ、こら、盗るな!まったくお前ってヤツはデリカシーがないな、かまってほしけりゃそう言えよ」 「へー、今月のバウチは20世紀のシリアルキラー特集号か」 「……月刊バウンティハンターをバウチって略すの流行ってるの?」 「長いじゃん。ふーん……大戦前の資料がよく残ってたな。兄貴の好きなのどれ?」 「芸能人や歌手を聞く調子でいうなよ……好きなシリアルキラーなんていないよ」 「俺はいるぜ」 「だれさ」 「ジェフリー・ダーマ―。生きてる人間の頭にドリルで穴開けてセックスゾンビ作ろうとしたんだろ?ロックじゃん」 「想像しただけで気持ち悪くなった……」 「あ、やっぱ取り消し、今のナシ。生きてるヤツにぶちこむほうが断然いいや、屍姦なんざ不感症のダッチワイフ抱くのと一緒だ」 「基本的にダッチワイフは不感症だよ。というか、人形だよ?」 「付け加えるとダッチワイフの殆どはオランダ産じゃねえ、コレ豆知識な。スプラッタ苦手なくせしてなんでこんなの読んでんの?」 「どう頑張っても腕っぷしじゃお前に劣る、だからそのぶん予備知識を詰めこんでおく。賞金稼ぎが追うのは大陸を股にかけて精力的に活動する殺人者たち、敵を知っておけばいざって時効果的な対策がとれる」 「後手に回らないための予習か。頭の固い兄貴らしいな」 「ほっとけ。邪魔するならあっちいけ」 「なんか面白え話あった?」 「20世紀の研究者の調査では、この大陸では常に30人のシリアルキラーが活動してるって言われてたけど、今はその10倍に跳ね上がったって」 「てことは300人?体感だともっと多そうなもんだが」 「それか俺達がよっぽど殺人者と縁あるかだね」 「この数年足らずで二人も遭遇してる。シリアルキラーに好かれやすい体質なのかもな」 「そんな体質やだよ……女の子に好かれやすい体質とチェンジしたい」 「そりゃ体質じゃねえ。ルックスとテクだ」 「……現実は非情だ。でも不思議だね、常に300人が大陸中で殺しまわってるとして……人、いなくならない?」 「避妊の失敗でぽんぽん供給されてっから大丈夫だろ」 「大丈夫の使い方間違ってる。あと……シリアルキラーの多くは小さい頃に頭を強打した経験があるとか、家族から性的・心理的・身体的な虐待を受けていたとか……共通項として、子供の頃に親のセックスを目撃したとか」 「ハッ、したら俺とお前も立派にシリアルキラー予備軍だな」 「賞金稼ぎにならなかったら賞金首になってた人は実際多い」 「追う側か追われる側なら追っかける方が性に合ってる。まあ女にゃ追っかけられるの専門だけど」 「ハイハイ。……でもさ、不思議だよね」 「何が」 「シリアルキラーは貧富や人種問わず社会のあらゆる階層出身だけど、一説にはIQは平均以上って言われてるんだ。平均以下の知能の者や知的障害者、精神病質者もいるけどね。これって幼少時の家庭環境と因果関係あるのかな?統計が結構偏ってるように感じる……いや、気のせいや偶然って言われたら否めないけど」 「そりゃアレだ。原因と結果が逆だろ」 「どういうこと?」 「平均と同じ程度かそれ以下の馬鹿は、とっぱじめの犯行ですぐ捕まるからそれ以上殺せねェ。頭のいいヤツは毎回上手く逃げ延びるから比例して犠牲者が増える。しちめんどくせェ下調べとか隠蔽工作とか手の込んだことしてんだろうが……オツムが良けりゃ長く殺せる。で、シリアルキラーにゃ頭のいいヤツが目立って感じるワケ」 「……お前頭いいね。なるほど、そういう考え方もあるのか」 「ちょっと見方を変えりゃすぐわかる。まあ秩序型と無秩序型の区分もあるし、一概にゃ言えねーがな」 「……スワロー、詳しいね?」 「白痴扱いすんな、賞金稼ぎになるなら基本のキだ。加えていうとテメエがさっき得意満面で演説してたシリアルキラー天才説だが、別段そんなこたァねえ。IQテストの点数は正常値のボーダーラインと平均よかちょい上、知能指数の分布範囲は一般人をテストしたときと同じだぞ?シリアルキラーがやたらオツムの出来よく見えンのは、報道や読み物でそう仕立て上げられてっからだ。連中は普通のヤツらよか頭はよくねェ、普通のヤツらが異常のレッテル貼ってビビる殺人行為にハマってるだけだ」 「……シリアルキラーの知り合いでもいるの?」 「正確には『いた』。過去形だ。レイヴンと運命の出会いをしてから、いろいろ調べたんだよ。シリアルキラーは20~30代の野郎が多いって事、獲物になりやすいのは若い男や女、娼婦や男娼、ヤク中や旅行者、独り身の自由人ってのも知ってる」 「女の人はシリアルキラーになりにくいのかな」 「どうしたって腕力で劣るからな。殺人ってなァ力仕事だ、意識を失った人間を運んだりバラしたり埋めたり……細腕にゃキツイ。女がシリアルキラーになるのはもっぱら男を手伝うときだ、殺人者の夫婦は古今東西枚挙に暇がねェ。近親相姦やりまくって、テメェの娘を含む何十人もの女を下宿の地下に埋めた夫婦がいたろ?女房を|相棒《バディ》にして仕事に励んだのさ。まあ物事にゃ例外が付き物だ、歴史上単独犯もなくはねェ。でも男みてェな無軌道な力押しは稀だ。大抵は計画的な保険金殺人とか子殺し嬰児殺しだ」 「金欲しさに殺すのか……」 「理解できねェってカオだな。小鳩ちゃんにゃ刺激が強すぎるか。ああそうだ、クイズ出していい?」 「なんだよいきなり」 「正解しちゃいけねークイズ。興味ねェ?」 「……どんなの?」 「ある女の夫が死んで葬式を出した。そこへ旦那のダチがお悔やみにきた。未亡人はダチに一目惚れした。葬式が終わり、男は帰っていった。次の日、女は自分のガキを殺した。さあなんで?」 「えっ……なんで??殺しちゃったの??マジで??えーっと……夫が死んだショックと哀しみで頭がおかしくなって、子供を殺して後を追おうと……わかった、無理心中だ!」 「5点」 「辛口だな!?」 「かすってもいねーよ」 「えーとえーと……友達が関係してる?」 「イエス」 「ヒントは?」 「女は正常、正気。いや、ある意味狂ってるかもな」 「ショックでどうかしたんじゃないとしたら……なんで?自分の子どもだろ……うーん……旦那が死んで、ひとりじゃ育てられなくなった?」 「経済的な理由は関係ねェ」 「うーん……だめだわかんない、降参」 「はええな、もうちょい根性出して粘れよ」 「いくら考えてもわかんないよ……」 「まあ、てめえにゃそうだろうな。一生かかってもわかんねーよ」 「?」 「"I miss you."」 「え?」 「『会いたくて』。未亡人は旦那のダチに一目惚れしたが、男は葬式が終わるとさっさと退散。そこで女は考えた、どうしたらまた彼と会えるかしら?そうだ、またお葬式をすればいいのよ!都合のいいことに、そばには腹を痛めて産んだ我が子がいる。女はガキの首に手をかけた。ジ・エンド」 「……はァ??なんだよそれ、旦那の友達を葬式に呼びたいから自分の子どもを殺したってこと?イカレてる、子どもが可哀想だ……!!ていうか、破綻してない?普通に連絡先聞いて電話するとか手紙出すとか会いに行けばいいじゃないか、もう一度葬式やるとか手間かかりすぎるぞ」 「そーゆークイズなんだよ。あたった人はサイコパスです、おめでとうってな」 「こんな馬鹿げたクイズでサイコパスかどうかなんてわかるわけないじゃないか!」 「一理あるな。俺だったらンなまどろっこしいマネせず、棺の前で押し倒すわ」 「お前の方が本物のサイコパスらしく聞こえるよ」 「実際のサイコパスは少ないぜ。ソシオパスのが多そうだ」 「反社会性パーソナリティ障害、だっけ」 「簡単にゆーと後天性サイコパスだな。虐待、いじめ、欲求不満、洗脳ほか諸々が原因でサイコパスと同じ性格傾向になる。連中が犯罪を犯す時は、リスクや成り行き度外視で衝動的に実行するんだ」 「環境が作ったサイコパスって認識で合ってる?」 「概ねな。お前も読んで気付いたろ?シリアルキラーの生い立ちはどれも似たりよったりの劣悪さと悲惨さだ。ヘンリー・リー・ルーカスのお袋に至ってはとびきりのキチガイときた」 「ひどすぎる……」 「まっとうな反応」 「お前はひどいって思わないの?」 「知ってるかピジョン。世の中かわいそうなかわいい子どもにゃ大勢の暇人が同情してくれるが、かわいそうな子どもを大量に作ったくそったれ殺人者は、地獄に落ちろって唾吐かれるんだ。で、それは正しいこった。クズに同情するのは間違いだ。悲惨な生い立ち?不幸な家庭環境?ろくでもねえ親と意地悪なガキどもと不公平な社会?へえそりゃ可哀想に、でも同情すんなら子ども時代の無垢なるそいつだけにしとけ、じゃねェとトラウマの埋め合わせにされた罪のねェ犠牲者が浮かばれねェ」 「お前の言ってることはわかるよ。でも……子供の頃にもし手をさしのべて正しい方向に導いてくれるひとがいたら、こうはならなかったかもしれないじゃないか」 「もしもの話はやめとけ、意味がねェ。てめえの言ってることは殺人現場に花束を添えて泣く野次馬と一緒だ。断言するぜ、その偽善野郎は薄い壁挟んだ隣の部屋でガキの悲鳴が聞こえようが殴り付ける音聞こえようがシカトをきめこむ。全部手遅れになった時だけ安心して泣けるんだ、自分にはどうしようもなかった、何もできなかったってな。で、実際何かできるうちは絶対行動起こさねーときた。なんで?面倒くせーから。厄介事にかかずりあいたくねーから。他のだれかがやると思ってたから。自分は何も知らなかった、知ってたら手をさしのべたのにって、隣のドアをノックもしなかったそのおキレイな手で、おキレイな花束を手向けるんだ」 「わからないじゃないか、隣の部屋で子どもが殴られてたら助けにいったかもしれない」 「そうかもな。けれど俺にゃ親に見放されたガキが腐り果てた部屋の隣でポップコーン食ってた人間も、そのドアの前に花束おいて、なんかいいことした気になってるヤツもおんなじに見えるぜ」 「助けられる時に助けなかったら、意味がない……」 「そうだろ?ガキの頃から虐げられまくって、大人ンなって突然だれかを愛せるかよ。俺に言わせりゃシリアルキラーってのはツケを取り立てる相手を間違えた阿呆どもだ。復讐なら直接本人にすりゃあいい。ろくでもねえ虐待親、いじめっ子、こっぴどくフラれた女……本人に仕返さないのはなんで?答えは単純、こえーからだ。連中は今でもブルって小便もらしちまうくらいビビッてんのさ、てめえをこんなふうにした過去の亡霊によ。だからてめえよか弱ェヤツをいたぶって憂さを晴らすんだ、昔されたようにな」 「シリアルキラーだって、人を愛せる」 「自分の分身として愛してるだけだろ」 「改心するかもしれない」 「真実の愛に気付いて悔い改める?ハッ、ご都合主義な展開だな!」 「環境が人を作る。でも、それだけが全てじゃない。環境以上に人を作るのは、人の心だ」 「反吐が出るほど甘ちゃんだなピジョン。そんなんで賞金首狩れんのか?」 「……必ず殺す必要はないだろ。ヴィクテムを取り上げれば……捕まえれば済むことだ」 「自分が殺される瞬間もそう言うのか?俺が殺される瞬間も」 「お前は死なない」 「どうして言いきれるよ?」 「俺が死なせないように行動するからだ」 「…………」 「ねえスワロー。俺達ガキの頃からまわりの大人に結構ひどいことされてきたし、町の子どもたちにもこっぴどくいじめられたけど、その憎しみをこじらせて罪のないだれかに植え付けるまえに、俺にはお前がいて、お前には俺がいたろ?」 「…………最後まで聞いてやる。続けろ」 「だから……うまく言えないけど。俺がいじめられてたらお前がまっしぐらにとんできてやりかえしてくれたし、お前が泣いてたら……いや、違うな。お前がヤバい時は、結構な確率で俺が助けにいったろ」 「屁の突っ張りにもならなかったけどな」 「……20世紀のシリアルキラーの生い立ちと俺達が育った環境はぶっちゃけ大差ない、それは認める。でも大きな違いがあって……俺には母さんがいて、お前がいる」 「俺にはお前がいて、母さんがいる」 「俺が泣いてたらお前がとんできて、悪さするヤツを追っ払ってくれた。母さんはハグしてなぐさめてくれた。シリアルキラーは怪物かもしれない。自分の心にできた地獄に食われて、怪物になっちゃった元人間。でもさスワロー、俺はこの世界を地獄よりちょっとだけマシなところだと信じたい。お前っていうサイコーのおまけを俺に付けてくれた世界を、それほど悪いところだと決め付けたくない」 「…………」 「人間は極め付けの下劣にもとんでもない高潔にもなれる。手遅れの花束だって……その花束を捧げたひとは、隣の部屋をノックしにいったかもしれないじゃないか。ヒロイックな偽善に酔うだけじゃない。本当に、心の底から犠牲者の冥福を祈って……自分の無力を悔やんで、遅すぎたことを悔やんでるかもしれないって、俺はそう信じたい。そう信じなかったら、この世界に価値なんてない」 「キレイごとだな」 「知ってる。俺はでも、信じたいんだ。虐待された子どものすべてがシリアルキラーになるわけじゃないし、いじめられっ子のすべてが人を信じられなくなるわけじゃない。レイプされた女の子のすべてが男を嫌いになるわけじゃないし、悪党のすべてが一生悪党のままともかぎらない。人の心は『されたこと』だけじゃなくて『してもらった』ことでもできてるから……」 「されたことの割合が多いとシリアルキラーのできあがりか」 「茶化すなよ」 「別に。お前らしいと思っただけ」 「俺らしい……?」 「キレイごとはムカツクが、キレイごとをぬかすヤツは世の中に必要だ。叩かれようが憎まれようが、だれかが言わなきゃいけねーこった。じゃねーと身内を殺されたヤツしか殺人者を許せなくなる。ま、無理して許す道理もねーが……」 「言ってることが矛盾してない?許したいのか許したくないのか、どっちさ」 「許す許さねェはオセロだ。だれかを許すってのは、そうする自分を許すこった。結局自分が一番ラクになりたいのさ、だれかを憎み続けるってなァすげえ体力使うしぶっちゃけしんどいかんな。でも無理して許さなくていい、憎みたきゃ好きなだけ憎みゃいい。人間が出来てる出来てねェは関係ねえ、許せねえのは悪じゃねェ」 「俺もそう思う。だれかに言われて無理に許そうとしたり、それがだめで落ち込んだり……許したいと思った時だけ許せばいいんだ。俺は心が強くないから……自分でもそれをわかってるから、すぐ他人を許そうとする。お前のいうとおりそっちのほうがラクだから」 「同情に値しないクズに同情して、対等に扱う価値のないヤツを対等に扱おうとする」 「世間の価値なんて知らない。値するかどうかは俺が決める。|生まれつきの《ナチュラルボーン》|人殺し《キラーズ》なんていないよ」 「俺がそうでも?」 「え?」 「もしてめえか母さんにだれかがちょっかいかけたら、俺はそいつを半殺しか全殺しにする。実際今までもそうしてきた。ナイフの刃先で歯ァ抉り抜いて、耳朶を寸刻みに削いできた。そんでもってちいっとも良心とやらは痛まねェ、かえってスッキリ眠れるくらいだ。なあピジョン、俺はシリアルキラー予備軍じゃねえの?生い立ちも合致するぞ、母さんと客の乳繰り合いを見て育ったんだ、|娼婦《ビッチ》の息子が|娼夫《ビッチ》ってのが正しいなら―……」 「お前がそうなら、付き合うよ」 「は?」 「ひとりじゃ可哀想だから、一緒に地獄に落ちてやる」 「…………あきれた」 「お前がいない天国とお前がいる地獄どっちがいいか選べって言われたら、地獄を選ぶ」 「…………なんで?」 「兄さんだから」 「愛してるから、じゃねーのか」 「お前はシリアルキラーなんかじゃないって否定するのが正しいかもしれないけど、正直よくわからない。お前はひどく短気で凶暴で、人を傷付けることをなんとも思ってないところがある。キレたら何をしでかすか……賞金稼ぎにならなかったら、賞金首として指名手配されるかもしれない。でも、俺だって条件は同じだ。お前が見てきたのと同じものを見て、同じ痛みを分かち合った。完璧に同じじゃないかもしれない、感じ方も違う、でも根っこは確かに繋がってるんだ。俺はお前に人を殺してほしくないし、できれば生き物だって殺してほしくない。それだってホントはお前を心配してるんじゃない、お前と繋がる根っこを損なうのを嫌う自己満足だ。お前が人を傷付けると、俺の胸が痛いんだ。俺の……口にだすのも恥ずかしいけど……たとえば魂とか、そんな名前で呼ばれる根っこがごっそり損なわれるんだ」 「…………」 「お前に人を傷付けてほしくないのは、なるべく地獄に落ちたくない俺のわがままだよ」 「ナチュラルボーンキラーズ改めナチュラルボーンラバーズだな」 「兄弟ってそんなもんだろ?お互いほっとけない。これからもお前がだれかを殺そうとしたり、人の道に外れたことしたら全力で止めるよ。ひっぱたいても蹴り飛ばしても、襟首ひきずって元の道に連れ戻す。いよいよ止めきれなくなったら一緒に地獄に落ちてやる。怒り狂ってがなりまくっても知るもんか、足首手首を手錠で繋いでゴートゥーヘルだ。お前が殺してきたひとたちに、兄貴のよしみで一緒に殺されにいってやる」 「……はァ。ほんッッッッと馬鹿だな」 「なるべく長生きしたいから、やんちゃはほどほどにしろよ。太く短く生きるより、長く細く生きるのがモットーなんだ」

ともだちにシェアしよう!