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by night
突然だが、俺は仮性包茎だ。
このことは絶対秘密だ。
一番身近な家族の母さん、ましてや暇が高じて俺へのいやがらせを生き甲斐にしてるスワローには断じて言えない。
思春期に入ってからはシャワーも別にしてるし、仮に入れ違っても股間をさりげなく片手で隠しさっさと出ていくからまだバレてないはずだ。そう信じたい、じゃなきゃ困る。
十代に入ってからこっち、俺は人知れず体の悩みを持て余している。
早熟にならざるえない環境で育った自覚はある。
好む好まざるにかかわらず母さんとお客の情事をしばしば目撃して育ち、大人と子どものペニスの違いに衝撃を受けた。
アレなに?
どうなってるの?
ほっとけば自然にああなるの??
前に一度だけ、客の中で比較的話せそうな大人に相談したことがある。よくお菓子をくれる、面白い人だった。
お客は豪快に笑って「大人になりゃ自然に剥けるさ」と請け合い、心底ホッとしたものだ。当時の俺はまだ九歳かそこらのいたいけなチビで、通いの男のてきとーな気休めを真に受けた。
ペニスの皮を摘まんで引っ張り、どっちが長く伸びるかスワローと無邪気に競争してた頃の話だ。
病気じゃない、気にすることないさ、もう名前も忘れたあの人だって言ってたじゃないか。
自分を慰めるのは比喩的な意味でも直接的な意味でも得意でなれっこだ。
俺は同年代の友達がいないから、比較対象が母さんのお客しか存在しない。
というか、いたところで「アレを見せて」と気安く頼めるもんか。変態か?いや、連れションする時さりげなく盗み見れば……変態か??
まだ皮も剥けてない子供の性器と、母さんに打ち込まれる赤黒い肉棒とはまるで違う生き物に見えた。
いっそ自分で剥いてみようか?
怖くない、痛いのは一瞬だって。いやだめだ自然に反する行いだ、大人になれば脱皮するんだから急いて無理強いはよくないぞピジョン、物事にはふさわしいタイミングってのがあるんだ。
この頃は焦燥とコンプレックスでやきもきしている。
俺のアレが他と比べて太さや長さで特別劣るとは思わないし、思いたくない。
あくまで平均サイズだと信じたいが、比べる対象がないと判断しにくい。
童貞には過ぎた悩みと鼻で嗤われるかもしれないが、童貞だからこそ大いに気にする。男心は複雑なのだ。
初恋もまだだけど、本当に好きな子ができた時。
その子をちゃんと喜ばせられるか、きちんと満足させられるか不安でたまらない。
好きな子ができたらちゃんと愛し合いたい。その子を幸せにしたい。
愛する人を気持ちよくできないなんて、男失格だ。
だけども股間にぶらさがった不格好なたるみを見ると、いかがわしい妄想を駆逐する勢いで被害妄想が膨らんで、相手がいるいない以前に、永遠にできないんじゃないか自信をなくす。
母さんに打ち明けるのは抵抗を感じる。
徹頭徹尾ズレまくった母さんのことだ、相談したらあっけらかんと「なんだそうだったの、もっと早く言ってくれたら上手く剥くコツ教えてあげたのに。大丈夫、ちーっとも痛くないのよ」と言い出しそうだし、最悪実演されて一生のトラウマだ。
ダメ絶対、却下。というか、母親に仮性包茎を相談するってマザコンが過ぎるぞ。発想にドン引きだ。ただちに「ないない」と打ち消すも、可能性として思い付いてしまったショックはでかい。
「どこまで末期なんだ……」
いい加減母親離れしろ、気色悪い。
相談するならもっと適任なのが隣に……。
それこそダメ絶対だ。弟に相談するなど狂気の沙汰、身をもって知ってるじゃないか。
隣で気持ち良さそうに大鼾をかく弟を盗み見る。
スワローはとっくに童貞を卒業している(うらやましいことに)。ペニスもまるっと剥けている、本人が自慢してたから間違いない。
そんなスワローに「痛くない皮の剥き方教えてくれ」なんて泣き付いた日には未来永劫馬鹿にされて俺の人生真っ暗闇だ。ビークービークール、俺の股間もビークール。よし、頭と下半身が冷えた。仮性包茎の誓いは絶対死守。
「スワロー、寝たの?」
今日はもう集中できない、明日にするか。隣で眠りこける弟に声をかける……返事なし。
万一起きてたら確認をとらないと厄介だ。
弟のご機嫌伺いにいちいちビクビクして、自分でも情けないけど。
コイツは異常に寝付きがよい、子供の頃からそうだった。鼾のでかさと寝相の悪さに辟易する俺をよそに、でかでか大の字でベッドを占領し、朝までぐっすりコースだった。
蹴落とされて泣きを見たことも一度や二度じゃない。床で額を擦り剥いた時は痛かった。
そこまで考え、ふと寂しさに駆られる。
壁の一画、家族写真を貼った下方に、歴代ペットの絵と写真がピン留めしてある。
口さがないスワローにペットセメタリ―だの気味悪ぃから剥がせだの言われる、うちで飼ってきた犬や猫の画廊だ。カメラを貰う前は、画用紙にクレヨンや色鉛筆で描いていた。
飼った順に並んだ手描きの遺影は、ポラロイドカメラを手に入れた節目で写真に切り替わる。
その中の一枚、くたびれたモップのようなボサボサの犬に目が行く。
オールドモップは俺と床で寝てくれた。スワローに蹴られベッドを追放されても、オールドモップが寄り添ってくれた間はぬくぬく眠っていられた。
一個前には痩せてみすぼらしい黒猫のジャンピングジョージ……毎日ご飯を分けてやったら、死ぬ前にちょっと太った。ジョージが死んだのはスワローが出会い頭に脅かしまくって寿命が縮んだからじゃないかと俺はいまでも疑っている。
壁の下端にペットの肖像を貼っているのは、俺の女々しい感傷だ。
だれかが覚えていてあげなきゃ可哀想だから。
―いや、俺が覚えていたいから。それだけだ。
もう随分前の事だけど、先立たれるのはやっぱり辛い。
看取ってやれなかった後悔の念が、膿んだキズみたいにじくじく疼く。
犬の死体をベッドの下に隠そうとしたのは、そうしないとスワローが泣くと思ったから。
俺は兄さんだから、俺の哀しみより、スワローの哀しみを考えてやんなきゃいけない。
俺だって辛いんだから、俺より小さいスワローは何倍も辛いはずだ。
アイツのちっちゃいカラダにこんな大きな悲しみは耐え難い、真実を知ればバラバラに砕け散ってしまうんじゃないか、大好きな犬を亡くした直後に可愛い弟までなくしたらいやだと、それだけで頭が一杯で、自分が何をしてるかさえわかっていなかった。
馬鹿だな、俺。あの頃からなんにも変わってない、自分を蔑ろにしてまずスワローを優先する癖がついてしまってる。
これからも都合の悪いことはひた隠して、弟のご機嫌をとって生きていくんだ。
「電気消すよ」
ペーパーバックに栞紐を挟み、スタンドをオフにする。
寝る前の読書は俺の日課だ。昼間はコイツがうるさいから、寝てるときだけ読書がはかどる。行く先々でちまちま買い集めた本はもう数十冊たまっている。
「…………?」
ひたり、妙な感触。背中を人肌の熱が包む。スワローがぴったり密着している。
寝ぼけてるのか?うざったげに体を揺すって振り払うも、性懲りなく纏わり付いてくる。
「抱き枕じゃないぞ……」
弟の手が胸や腰をまさぐりだす。
スワローはしょっちゅうイタズラしてくる、いやがる俺を見て愉しんでるんだ、性悪め。ああ、専用のベッドが欲しい。思春期の男兄弟がおなじベッドを使ってるってどうなんだ、さすがに無理ない?サイズ的にもギリギリだ。でもトレーラーハウスは手狭で、もう一個ベッドをおけるか心許ない。床で寝る選択肢は謹んで遠慮したい。
決めた。
大人になったら家を出て一人暮らしをする、ベッドで悠々手足を伸ばして眠るんだ。
スワローに悩まされず快適に安眠できる夜……
想像しただけで天国にのぼる心地だ。
「…………ぅ」
黙ってるのをいいことに、スワローはどんどん悪ノリする。
うなじにかかる生温かく湿った吐息、強く押し付けられる腰、キツく絡む下肢。
いい加減にしろと怒鳴りたいのを自制心を総動員して堪える。暴れたら母さんが起きる。
シーツをざざなみだてる衣擦れの音が背徳感をかきたてて、極力低めた声をだす。
「……よせよ悪ふざけは……へんなとこさわるな、もう寝ろ」
脅しというには迫力が足りない。叱責というには威厳がない。スワローは相変わらず返事がなく、後ろを振り向く勇気がない。そのぶん濃密な存在感が無言のプレッシャーとなって、背中に貼り付いてる。
耳の後ろ、高く澄んだ子供の声が嘲笑する。
「うるせーから起きちまった。責任とれよ」
「本読んでただけじゃないか……勝手に目を覚ましたくせによく言うよ」
ひた、ひた。スワローの手がシャツの上から探検する。
俺の身体が地図で、あるいは迷路で、ひっきりなくさまよってゴールをさがしてるみたいに。
くすぐったさとこそばゆさが入り混じる変な感覚が、俺の中の何かを目覚めさせようとする。
「んっ……ぅう」
もぞつき、ぐずる。
スワローのさわり方は執拗で容赦ない。
子どもじみて残酷な好奇心が先行し、必死に無視を装う俺の裏表に性急に手を這わせる。
肉を揉み掴む、乱暴な手付きが痛みをもたらす。その奥で熾火が燃える。
「やめろって言ってるだろ、いい加減にしないと……」
「へえ、どうするの?」
「こうだ!」
スワローの顔は見えない。声だけが面白そうに、一段弾んで問いかける。だしぬけに足を蹴り上げるも体重をかけ即座に押さえこまれる。
俺の側面に乗り上げて、スワローが囁く。
「バレるのがいやならじっとしてろ」
「…………ッ、」
「すぐそこで寝てるんだ、もう気付いちまったかもな、なら手遅れだ。どうする?弟に体中さわられて、はしたなく喘いでるの見せ付けるか?こんなド淫乱ド変態が息子で、母さん絶望するぜ。ショックで寝込んじまうかもな。そしたら代わりに客とるか?」
耳元に吹き込まれた脅しの効果は絶大だ。
いやだ、母さんにだけは知られたくない。母さんは俺とスワローのコレを、たんなる兄弟喧嘩の延長のじゃれあいだって微笑ましく見過ごしてる。
実際は違う、スワローは俺に……確信犯で、いやらしいことをする。
ズボン越しに膨らみをこね、酷い時は服の中にまで手を突っこんでくる。俺自身の意志じゃどうにもならない体の変化や反応をご丁寧に指摘してはさんざん笑いのめし、恥をかかせる。
「……母さんをネタにするのは反則だ……人の心がないのか」
「兄貴がいい子で大人しくしてりゃ言わねーよ。共犯になってやる」
コイツ……。
「ちょ、待て」
スワローの手が大胆さを増す。服の上からの愛撫は布が擦れてもどかしい。
せり上がる喘ぎを噛み殺し、片手で口を塞ぐ。スワローが後ろで動く。
うなじをかぷりと甘噛みされ、痺れに「ふぁあ」と吐息が震える。バレちゃいけない、絶対だめだ、声なんて聞かせたら付け上がらせるだけだ。抗う理性と裏腹にさっきからぞくぞくが止まらない。
弟に好き勝手されてるのに、どうして反応するんだ?
「兄貴の汗……ここが一番いい匂いだ」
スワローがくんくん鼻を動かして、俺のうなじを嗅ぐ。ケダモノか。細い指がおくれ毛と戯れる。
「しょっぺえ」
「噛むなよ……お前のせいであちこち歯型だらけだ。興奮するとすぐにガブッだ、噛み癖矯正しろよ」
「いいじゃん別に、お前が痛てえのガマンすりゃすむこったろ?マーキングだよ」
「なんで俺が我慢する前提なのさ、おかしいよ、理不尽だ……」
「優しく噛みゃ気持ちいいって」
「ッく、ふうぅあッ、ァくんッ」
悔しくて涙が出る。
情けなくて喉が窄む。
スワローは俺をべたべたさわりまくる。
足に割り込んで締め上げる足、腰の後ろに当たる膨らみが次第に固くなっていく……勃起してる。子どもだと侮っていた弟の身体の変化がおぞましい。
「ナニ固くしてんの……こんな状況でイカレてる……」
「コレが興奮すんだろ?」
「しない……も、やめろ……頼むから寝かせてくれ……いまならまだ引き返せる。相手がお前でも、人に言えないトコべたべたさわられると……さすがにおかしな気分になってくる……」
耳障りな衣擦れの音と荒っぽい息遣い、汗ばんだ手が裾を捲って忍んでくる。
「おかしな気分ってどんな?」
「え?」
「言え。早く」
「……ぞくぞくして……むずむずして……皮膚を別のだれかのと交換されたみたいな……なん、か、とにかくへんなんだよ」
全身に性感帯を移植されたみたいだ、なんて口が裂けても言えない。
「感じてんだろ?」
図星を突かれてたじろぐ。
スワローがニヤリと笑い、ズボンの上から俺の竿を掴む。
「兄貴のここ、相変わらず皮被りか」
「!なんで知って……見たのか?いつ?」
「トイレやシャワーでこそこそ隠してりゃいやでもわかるぜ」
しまった、逆効果だったか。スワローと入れ違ったことは何度もあるけど、どうにか上手くやり過ごせたと思ってたのに……ていうか、人が入ってるのにノックもしないで蹴り開けるってどういうことさ?俺のプライバシーを認めてほしい。
スワローの手が重点的に股間をこねまくる。
「ふぁ、あ」
ねっとりと円を描く猥らがましい手付きに、疼くような快感が広がっていく。
「弟に先越されてぶっちゃけ死ぬほど悔しいだろ」
「……ぐ……遅い早いの問題じゃない、俺だってそのうち自然に……」
「待ってても剥けねーよ。ほっといて一生包茎だったらどうする、惚れた女もゲンメツだ」
「お、俺のは仮性だから……一人でヤるのは問題ない。上の皮は剥けるし、ちゃんと出るし……」
羞恥心に負けてどんどん声が萎んでいく。スワローが愉快げに含み笑い、指を器用に波打たせる。
「へえ、一人でオナってんだ。トイレにこもってシコシコと?てこたァ、精通は済み?」
「あ、あたりまえだろ……」
「どれどれ」
聞くなよそんなこと。いや、俺を辱めるためにわざと聞いてるのか。まったくいい性格だ。
性悪な弟の手が、無抵抗に味をしめてパンツの中へもぐりこむ。
「……スワロー、ホントに怒るぞ……!そんなきたな、あっ」
嘘。いやだ。気持ち悪い。自分の身に進行してる出来事が正しい理解を拒む。スワローが俺のペニスを直接掴み、ゆるゆるとしごきあげる。嘘だ。はねのける?突き飛ばす?母さんは……思考が混乱、空転する。
ベッドは狭すぎて、動きたくても動けない。
スワローは壁を背にし、俺は瀬戸際で部屋側を向いてるから、ここで暴れたらスワローもろとも床に落ちる。
俺がクッションになればスワローは無事だろうが、どのみち母さんにバレておしまいだ。
「どんな夢見てたんだ?」
「忘れた……」
「嘘こけ」
「ホントだってば!ボンヤリして……モヤモヤって……気持ちよかったのはなんとなく覚えてる、けど」
言わなくていいことを小声で付け足す。
朝起きたらパンツが濡れてたのにビックリしたけど、幸か不幸か夢の内容まではさっぱりだ。でもスワローは知らぬ存ぜぬじゃ許してくれない、とぼけてると疑われたら酷い仕打ちが待ってる。
「理想の女の子と……その、エッチなことしてたのかもしれない。胸さわったり」
「乳揉みがテメェの限界かよ?」
「夢に文句付けられても困るよ……!」
恥ずかしくて死にそうだ。なんで弟にこんなこと話してるんだ?答える方もどうかしてる。俺だってヤりたい盛りだ、女の子の夢を見るのは健全な証拠だ。スワローが小馬鹿にして鼻を鳴らし、股間を弄るのとは逆の手で、へその窪みをほじりだす。
「あッああッひぅあッ」
「へそに突っ込まれてよがってんじゃねーよド変態。テメェの穴は全部性器かよ」
窪みをギュッと指圧され、ぐりぐりと人さし指をねじこまれ息が詰まる。
爪先の指がキュッと窄まり、狂おしくシーツを蹴る。いやだ、気持ち悪い……
「兄貴さァ、女の子みてえ」
嘲笑を塗した揶揄が、心抉る。
「自分じゃわかんねェ?そんな濡れ濡れのやらしー声で、よがってるようにしか見えねェよ。へそ感じんの?もっとほじってやろうか?俺の、当たってンのわかる?ゴリゴリッて……兄貴のケツの割れ目を擦ってる。ぷっくり腫れたエロエロのクリ乳首、シャツに擦れて痛いんじゃねーか?上脱いでもいいぜ」
「だれが…………」
「フニャッてたの勃ってきたじゃん、いじめられて興奮した?言葉責め大好きか」
「好きじゃない……いやだ……気が済んだろ手を放せ、これ以上は我慢の限界だ……」
スワローはひと時も手を休めず、俺を責め続ける。
片手で素肌をまさぐって乳首を揉み絞り、片手でペニスをいじりまくり、ほんの僅か皮が剥けて亀頭が露出したてっぺんをくりかえしなぞる。
「ほっとくと皮に垢がたまって掃除が大変だ、女は臭ェの嫌がるぜ?」
「シャワーでキレイにしてるから……余計なお世話だ……」
「へえ、ノズルを股ぐらに突っ込んでキレイキレイしてんの?笑える光景」
弟が怖い。
十年以上ともに暮らした、生まれた時から一緒だったスワローがもはや怪物にしか思えない。
何を考えてるんだ?
こんなの絶対まちがってる、神様がお許しにならない。今夜の悪ふざけは度を越してる。助けてだれか。パニくって車内に視線を巡らす。お願いだれか、俺を助けて!心の中、本能的な恐怖に駆り立てられ半狂乱で叫ぶ。
声は出ない。過呼吸に陥ったみたいにヒューヒューと掠れた息をしぼりだすだけだ。
頭を冷やせピジョン、誰に助けを求めるんだ?母さんはあっちで熟睡してる。ほかにはだれもいない。助けはこない。
寝ぼけた母さんが現場を目の当たりにするのと、弟に手籠めにされる屈辱を耐え忍ぶと……
後者のほうが、まだマシだ。
少なくとも、俺しか傷付かないですむ。
軽蔑されたくない。幻滅されたくない。がっかりされたくない。
兄さんの俺がしっかりしなきゃ……弟が生まれてから何万遍もくりかえしてきた呪いが体と心を縛る。
スワローはふざけてるだけだ、俺に起こされたから腹を立ててるんだ。コイツは熱しやすく冷めやすい、そのうちきっと飽きてやめる。
俺は必死に寝たふりをする。反応がなきゃじきに飽きるに違いないと、どうかそうあってくれと一縷の望みに縋る。
スワローの手……熱く火照った手が、俺のペニスを揉みくちゃにする。
鈴口で玉を結んだカウパーがしとどに滴り、下着を不快に蒸らす。
「ふッぐゥ、うゥ゛ッ」
死んでも声なんてたてるもんか。
手の甲をキツく噛んで喘ぎを殺す。
尻の割れ目に怒張を感じる。後ろと前を同時に圧迫されて苦しい。スワローがリズミカルに腰を揺すり立て、前後の刺激が一段と高まる。
本来は出口である場所を異物が擦り立て、入口として開発される。
「ぅう……ゆす、るな、そこぉ、やッ」
「女の子みてーによがるじゃん」
服を着たままの疑似的なセックス。
ままごとのようなペッティング。
尻たぶをこじ開けて、怒張の先っぽが肛門を突付く。前に回った手は皮に覆われたペニスをいじめぬく。スワローがぐっと竿を立て、カウパーでぬめる亀頭を親指の腹でなでまわす。
「兄貴のコレ、兄貴そっくり」
「なん……?」
「きっちり服着て、カオ隠してる恥ずかしがり屋さん。てめえのお気にのモッズコートと一緒、すっぽり包むと守られてるみてェで安心すんだろ?ウブちんでかわいい。コンニチハした先っぽは綺麗なサーモンピンク……照れてんの?だすもんだしたらまァーた引っ込んじまうの?」
透明な糸引く先端を悪戯っぽく突付く。
じらしにじらされ、俺はもう限界だ。射精を塞き止められて苦しい。
スワローは意地悪で、わざと根元をキツく持って、簡単にイけないよう調整している。
「………ッううッぐ」
無視。耳を貸すな、心を無にしろ。内股で膝を擦り、イきたくてもイけない切なさを辛うじてごまかす。
ちょっと手を伸ばせば届きそうな距離に母さんがいる、カーテンの向こうでぐっすり寝ている。
声、漏らすな。
息、吸うな。
辛くてたまらない。引き続きの生殺しで頭が変になりそうだ。
スワローの息がじれったく耳朶にあたる。
「俺が大人にしてやる」
「…………え?」
どういう意味?
手淫が再開、すると見せかけ、ペニスの先っぽを輪に括るよう人さし指と親指にひっかける。
「ちょっと痛てェがガマンしろよ」
スワローが何をする気か、わかった。衝撃で頭が真っ白になる。俺は激しく首を振り、口パクで叫ぶ。
スワローは完全無視で舌なめずり、亀頭に親指をひっかけ、捲った皮ごと手際よく一気にずりおろす。
「~~~~~~~~~~~~~~ッ!!?」
激痛に背筋が撓り、仰け反る喉から透明な絶叫が迸る。
両手で口を塞ぎ、さらにそれをシーツに押し付け悶絶。何が起きた?無理矢理剥かれた。激痛と惨めさで生理的な涙が滲み、視界が潤む。俺のペニスは今や完全に露出した状態で、外気に曝された陰茎がヒリヒリと痛い。傷口にマスタードを塗られたみたいだ。
「な?一瞬だろ」
がんばったご褒美だというふうに、スワローがぽんぽんと頭をなでる。
そんなの欲しくない。シーツに突っ伏し、くぐもった声で嗚咽する。
弟に包まれたままのペニスはすっかり萎えてしまった。
どうしてこんな目に……俺がなにしたってんだ。
「たのん、でない……かってに、やったくせに」
渦巻く羞恥に怒りが芽生える。頼んでもないのに恩を着せられ、理不尽さに拳が戦慄く。
肩で息をし、潤んだ目でスワローを睨む。
弟が嗜虐的に眸を眇め、俺の頬をぺちぺち叩く。
「もっといじめてほしそうな顔だな」
「してな……ふあッ、や、ぅあッや、また!?」
「知ってる?剥いた直後は感度が何十倍もはねあがるんだ」
その為に剥いたのかと疑いたくなる大乗り気で、スワローが再び動きだす。
亀頭から根元にかけてくりかえししごきたてられ、前とは比較にならない、粘膜を直接やすりがけるような刺激が送り込まれる。
「ンあっ、ンァあッ、やッ、ふぁああッ」
神経まで剥き出しにされたみたいで、瞼の裏で火花が炸裂する。
興奮に粘度を増した唾液がたれ、シーツにシミを広げる。
根元に寄った皮、滴るカウパーに塗れて赤黒くテカる肉、無理矢理大人にされた陰茎をいじくり倒す子どもの手……目に映るなにもかもがあまりに背徳的でうちのめされる。
「兄貴の皮、脱がしてやった」
ぐちゅ、ぐちゅ。聞きたくない音が鳴る。
俺の体液が股間とスワローの手に絡んで立てる、悪夢のような音。
「俺の手でひん剥いてホンモノの男にしてやったんだ、感謝しろ。これでもう女に馬鹿にされずにすむ、抱くことあるか知らねーけどよ、はは。すっげェ痛そうだったな……汗びっしょりだ。こっちもヒクヒクしてら……ボタボタよだれたらして悦んでやがる、欲張りさんだな」
「うぅ゛――ッ゛」
声、だすな。だめだ、いけない。イッちゃだめだ、悦ばせちゃだめだ、こんなの異常だ、絶対間違ってる。嗚咽と喘ぎが混ざって喉の奥で泡立ち、濁った呻きが生じる。
もう完全にイタズラの程度をこえてる。スワローの怒張が俺の尻をノックする、中に入ってこようとしている。ズボンの布が突っ張り食い込む熱量を感じる。
できるかぎり背中を丸め、身を守ろうと無駄な努力をする。
シーツを掻き毟り蹴飛ばし、ベッドから落ちても構わない、もう何インチかでも弟から離れようともがく。
だめだ、血を分けた兄弟同士で、男同士で、そんな……同じ空間に母さんもいるのに、先へ進んだら戻れなくなる。俺は寝てる。寝てるから痛くない、何も感じない、これは全部悪い夢だ、起きたらみんな元通りだ。おきまりの現実逃避、お粗末な自己欺瞞。
「シカトすんな。音、聞こえてんだろ」
ぐちゅぐちゅ、ぬちゃ、くちゅり。スワローが先走りをすくいとり、丹念に鈴口に塗りこめる。
「やらしー音……ガマンしてる顔、かえってそそる。尻たぶもヒクってる。包茎チンポ、剥かれた感想はどうだ」
「あぐッ、ぅうう゛、ひぅッぐ」
聞こえない。悪い夢だ。早く覚めろ。スワローは意地悪く陰湿に、俺を弄ぶ。剥かれたてで感度が一際増したペニスを捧げ持ち、わざと音を聞かせるよう手荒く上下させる。もうちょっとお手柔らかにしてくれてもバチは当たらないはずだが、コイツは遠慮というものを知らない。キツく閉じた瞼の向こう、あとからあとから涙がしみだしてくる。昔はよかった、小さい頃はかわいかった。何をするにも俺のあと付いて回って……あの頃に戻りたい。今のスワローは怖いだけでちっともかわいくない。
スワローは俺の身体を使ってオナニーしてる。
俺の身体をオモチャにして、性欲を発散してる。
俺の小さい弟は、もういない。
俺が守ってやらなきゃいけない弟は、もう俺が守ってやる必要なんてこれっぽっちもない、なんだかよくわからないバケモノに変わってしまった。実の兄貴に欲情して、皮を剥いて悦に入る強姦魔になりさがった。
そのことが、とても哀しい。今自分がされていること以上に心をうちのめす。
「―し、て」
「あ?」
「俺のスワロー……かえして……」
瞼の裏に過去の記憶が過ぎる。
トレーラーハウスの入口の段差に並んで腰かけ、靴紐の結び方を教えてやった。スワローは最初上手くできず癇癪を起こしたけど、俺の手付きをまねして、真剣に紐と取っ組み合っていた。結んで、ほどいて、こんがらがって……手を出したいのを我慢して、アイツのやりかたを見守ったっけ。
あの時より大きく骨ばった手が、俺のペニスを掴んでしごきたてる現実に耐えきれず、うわごとを口走る。
コイツに俺が教えられることなんてもう何もない。俺はこのさきずっと、スワローの捌け口として生きてくんだ。靴紐と向き合う真剣な横顔が急激に薄れ、憎たらしい今のスワローに取って代わる。
意固地に背中を向けたまま、シーツを噛んでしゃくりあげる。股間から手が抜かれ、低い声がぼそりと呟く。
「…………萎えた」
俺のシャツの背中でぞんざいに手を拭い、毛布を被って不貞寝。しばらくして寝息が聞こえてくる。
はじまりは唐突で、終わりはあっさりだった。
信じられない。途中でやめてくれた。恐怖の名残りに震える手でズボンを引き上げ、できる限りベッドの端に寄って丸まる。
「……う……」
ほったらかしは苦しい。イく寸前でお預けされ、あとは自分でなんとかするしかない。また起こして最後までしてもらうわけにいかないし、これ以上恥をかくのはお断りだ。
「うッ、うぁ、うくッ……あぁッ」
泣きながらソレを包んで手の中に出す。射精の快感はすぐに冷め、脱力の余韻に浸るまもなく、圧倒的な虚しさがやってくる。
指に絡んだ白濁を呆けて見詰め、呟く。
「スワロー……なんで……」
母さんにも弟にも聞こえない声で。
また少しだけ、泣いた。
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