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barber bird

ピジョンがじいっとスワローを見詰める。 「お前さ。髪伸びてきたね」 スワローは無精者だ。 髪を切るのを横着してサボるせいで、しばしば伸び放題になる。肩に付くかどうか程度に伸びた頃合いにようやく手入れにかかる始末だ。 「見てわかること言うなよ」 後ろ髪に伸びる兄の手をうざったげに払い、読みかけの雑誌に顔を戻すスワロー。 今日はいい天気だ。 そこは砂漠を貫くコンクリ敷きの一本道の傍ら、セルフ式ガソリンスタンドの敷地内。 この国のガソリンスタンドは八割がたコンビニを併設しており、従業員は中で働いてる。そのため運転手が自分で給油することになる。 自動車がまだ多く走っていた時代はこの手のガソリンスタンドを至る所で見かけたが、戦争を経て文明が後退した今では、殆どが裏寂れた廃墟と化している。 そもそも自動車を所有する人間が希少なのだ。運よく入手できたとしてもガソリンを確保できなければ場所を取るだけのデカブツ、宝の持ち腐れだ。 現在、母は不在だ。兄弟に留守を任せて車を転がし燃料の補充にいってる。ガソリンスタンドに停泊しながらよそに給油にいくなど本末転倒だが、この国ではよくあることだ。 現存する自動車の台数が減った今、中古車が出回る市場を仕切るディーラーがいて、そのディーラーが石油の卸売りを代行している。仲介業者を通さなければ石油なんてレアもの手に入らない、足元を見られて吹っかけられるのもしばしばだ。 ガキの頃は街で車を見かけるたびしめしめとガソリン盗んじゃ、うちのデカブツに注入してたっけ。 幸いスワローは逃げ足が速い。バレても間一髪逃げきってきた。 頭上には乾いた青空が広がっている。砂漠のど真ん中、コンクリで固めた吹きさらしのガソリンスタンドはバスケットコート程度の面積しかない。 「母さんまだ帰ってこねーの?」 「食料品も買ってくるって。量が多いから車で直接行った方が早い」 「もう缶詰は飽きた。毎日スパムとコーンビーフばっかじゃん」 「わがままいうな、缶詰は日持ちするしいざって時に腹が膨らむ」 「ちゃんと石油手に入ンのかよ、若ェ女だからなめられてんじゃねーか。一緒にいきゃよかったぜ」 「大丈夫だよ、アレで案外しっかりしてる。母さんだって女だてらにトレーラーハウス転がしてないさ、そのへんの駆け引きの呼吸はばっちりだ。男をまるめこむのは得意だもん」 ピジョンが何故か誇らしげに言いきる。 だてにスワローより長く母と生活してない。 まだスワローがおんぶされていた頃から、それじゃ高すぎよもうちょいまけてちょうだいねっねっお願い、安くしてくれたらあっちの方もうんとサービスするわよと、ディーラーにしぶとく交渉する姿を見てきたのだ。 赤ん坊のスワローを背負い、小さいピジョンの手を引いた母は、まだ娘といえる年頃にもかかわらず欲しいものを値切る天才だった。 正直いうとほんのちょっぴり心配だ。でもそれを顔には出さぬよう努める。ピジョンももう13歳、大人ではないが子供でもない多感な時期。最近はことあるごと親離れできてないだのマザコンだのスワローに馬鹿にされ、精神面だけでも自立しようと頑張ってる。 大丈夫、母さんは見かけによらずタフだ。 それに…… 「色仕掛けで値切るなら俺達かえってじゃまだろ」 「言えてる」 ピジョンの達観を笑い、顔を傾けた拍子に不揃いの毛先がばらける。 根っから高い所が好きなスワローは、赤茶の錆びに浸蝕されたアナログメーターに腰かけている。 ピジョンはその隣に座り宙に足をたらす。時折空を過ぎるツバメと雲以外、地面に動く影もない。 ピジョンは平静を装って弟の横顔と、太陽光を受けて燦々と輝くイエローゴールドの髪とを見比べる。 「なあ」 「なんだよ」 「髪じゃまじゃない?」 「ほっとけ」 「目に入ってちくちくするだろ。うなじもほら、寝るとき擦れて気持ち悪い。料理中いちいち結わえるのもめんどうだしさ」 「~~~さっきから何、喧嘩売ってんの?」 「切ってやろうか」 ピジョンが距離を詰めて提案。スワローが雑誌を放って目をしばたたく。 これまでずっとお互いに髪を切ってきた。 小さい頃は母がしてくれたが、思春期に突入した頃から手をわずらわせる気恥ずかしさと申し訳なさが先立って自分で切るか弟に頼んできた。 スワローの髪を切り整えるのはピジョンの役目だ。スワローは母にべたべたされるのをとてもいやがる。女親に対して照れを覚えるのはピジョンよりずっと早かった。 そんな早熟な弟のために、彼が五歳か六歳の頃からずっと髪を切ってやってきたがここ暫くはご無沙汰だ。 スワローはある程度髪が伸びると自分で捕まえて勝手に切ってしまうため、バーバーピジョンの出番がなく密かに寂しい思いをしていたのだ。 されどスワローの返答はにべもない。 「いらねえ」 「え」 プイとそっぽをむく弟にショックを受け、メーターの上を尻で這いずって食い下がる。 「なんでだよ、せっかく人が親切で言ってやってんのに……後ろとか自分じゃ上手く切れないだろ?」 「変にいじられたかねェ」 「失礼な、変になんてしないよ。うんとかっこよくしてやるよ」 「今のままで間に合ってる」 「昔はよくしてやったじゃないか……」 「前髪パッツンにされたりガタガタにされたり後ろ切りすぎて地肌がのぞいたりな」 恨みがましく言い捨て、メーターの上に胡坐をかく。 「てめえの腕は信用できねェ、床屋としちゃ落第だ」 「う……」 「俺がやったほうがはるかにマシで格好付く。バーバーピジョンは店じまいだ、どうしてもってんならそのへんの犬猫刈ってこい」 「そんなことしたら犬や猫が可哀想じゃないか」 「俺は可哀想じゃねえのかよ。髪はまた伸びっから何度失敗してもいいってか?ふざけんなカス、ねこが吐いた毛玉のどに詰めておっ死ね」 「うぅ……」 強くなじられて弱りきったピジョンが、ちんまりと膝を抱えて遠ざかる。もう既に涙目だ。散髪したあとのスワローがきまって手鏡を見詰めて微妙な顔をしてるのには気付いていたがこうも嫌がられていたとは…… 「そういや手鏡投げて踏ん付けてたっけ」 「全力でいやがってんだろ気付けよ」 もう二度とコイツの髪の毛にさわらせてもらえないのか。 スワローの髪。太陽に透かしたジンジャエールのようにきらきら光るイエローゴールド。 ピジョンがこのろくでなしの世界で何番目かに好きな色…… 「……ごめんな」 唐突な謝罪にスワローが振り向く。 ピジョンは膝を抱え込んだまま、今にも泣きそうに瞳を潤ませる。 「……やっぱいやだよな。俺センスないし、別にそんなすごい器用ってわけじゃないし、まっすぐ切ってるのになんでかガタガタになるし。前髪ガタガタになる呪いがかかってるんだ、きっと。そんなシュッと格好よくできないし……でもさ、寝るときとかさ、うなじが近くに来ると絶妙に半端な長さがすごい気になっちゃって。明日切ってやろう明日こそ切ってやろうと思ってるうちにどんどん過ぎてどんどん伸びて……」 弟に役立たずと宣告されたショックはでかい。 同じベッドで寝てるとどうしても後ろ髪の半端な長さが気になる。近いうちに切ってやらなきゃとずっと心にかかっていた。弟の世話を焼くのがピジョンの趣味だ。コイツにとってはどうでもいいことかもしれないが、ピジョンにとっては一大事だ。なんたって物心ついたころから兄さんをやってるのだ、ピジョンおねがいねとスワローの世話を頼まれてきたのだ。 頼りにされたかった。役に立ちたかった。でももうピジョンは必要ない、床屋の看板をおろさなければいけない。いずれそんな時がくるだろうと覚悟はしていたが、ずっと先だとのんびり構えていた。 そうだ、なんでも一人で上手くこなすコイツに俺の手伝いなんて最初からいらなかったんだ。 「へたくそだもんな、俺」 弟の自立は喜ばしいが、素直に喜べない自分が情けなく恥ずかしい。 わかりやすく落ち込んでため息に暮れる兄に、スワローが根負けする。 「……切らせてやってもいいぜ」 膝を抱いていじけていたピジョンが豆鉄砲をくらったように顔を上げ、スワローが「何?」と不機嫌な三白眼で凄む。 「切りてェんだろ、好きにすりゃいいじゃん。それで満足なんだろお前は」 「いいよ別に、気を遣ってくれなくて……変にされたくないんだろ?」 「変にしたらキレる。まずまずの仕上がりをめざせ」 「むずかしい注文だな……」 「気に入らなかったら蹴落とすかんな」 「バイオレンスだな」 「お客様は神様だ」 「王様にまけてよ」 スワローが後ろを向いてうなじをさらす。ピジョンはぼやいてポケットからはさみをとりだす。どうして急に気が変わったのか不思議だが、下手に追及してまた機嫌を損ねたくない。 スワローは唇をへの字に曲げて兄に散髪を任せる。 髪なんてどうでもいい、わざわざ床屋にかかるのがもったいないから自分で切ってるだけだ。他人にべたべたさわられるのは気色悪ィ、だったら身内に放り投げたほうがいくぶんマシだ。 母さんのさわり方はくすぐったくて、ピジョンのさわり方はうっとうしい。 でも実の所、一本一本縒り分けて黄金の藁をさがすようなそのさわり方も嫌いじゃないのだ。 本人にゃ絶対教えねえけど。 「いくぞ」 やや緊張気味にはさみを持ち直し、思い出したようにラジオのスイッチを入れる。 ラジオから陽気な音楽が流れだす。ピジョンは音楽にのせてはさみを使いだす。スワローの後ろ髪を左手で引っ張り、そうっと刃を入れる。じょきんと金属音を立て、一直線に断ち落とす。 スワローの体を離れた髪の一部が風に吹き散らされ、自然と安堵の息をこぼす。 ピジョンは散髪に集中する。まずは全体をざっと整える。スワローの髪はモップのようにハネ癖が付き、手を通すと引っかかる。ごわつきは石鹸で洗ってるせいだ。 ジョキンジョキンと軽快な音が連続、はさみの刃が一房ごと髪を挟み、ある時は慎重に、次第に大胆に切り落としていく。 「どんな髪型にする?」 「ハゲなきゃなんでも。っていうかリクエストしたところでできんのかよ?」 「善処します」 「じゃあ最高にカッコよくて女にモテるヤツ」 「わかった、とびっきりハンサムにしてやるよ。鏡を見たら惚れ直すぞ自分に」 「ナルシストかよ。くっちゃべってねーで手ェ動かせ、間違えて変なトコちょんぎったら殺すぞ」 「あ」 「ちょっと待て、今の『あ』はなんだ」 「なんでもない……ちょっとね」 「ちょっとなんだよオイなにした、手え滑ってやらかしたんじゃねーだろな」 「はさみ持ってる時に暴れるな!大丈夫、取り返しはきく。あとで揃えれば問題ないって」 「~~こんの行き当たりばったり早漏野郎が」 「そ、早漏は関係ないだろ?!」 「いーやあるね、早漏はなにかってーと先っぽから先走りがちだ。ろくにイメージも描けてねェのに思い付き任せでジョキジョキやっから迷走すんだよ」 「臨機応変とか柔軟なスタイルって言ってくれ」 「散髪にアヴァンギャルドな芸風は求めてねェ」 はさみの軌道を微修正、鼻から息を吸い込んでひとりごちる。 「お前の首、石鹸と汗の匂いがする」 スワローのうなじからただよう日なたの匂いに、かすかに甘ったるい残り香がまじる。 スワローが遊んだ女の匂いだと直感、はさみを操る手が一瞬止まる。 邪念を払って作業再開、後ろをスッキリ刈ってシルエットをスマートにする。 ガソリンスタンドに面した道路はどこまでも延々伸びている。地平線のはては霞んで見えない。 抜けるような青空の下、給油メーターに腰かけて弟の髪を切り、その感触とリズムを楽しむ。首元に散った髪の毛を吐息で吹けば、スワローが顔だけ振り向いて怒鳴る。 「きしょいまねすんじゃねーよ!」 「ご、ごめん」 「てめえのさわり方まどろっこしいんだよ、じれったくなぞられて肌の表面がむずむずする」 「だって慎重にいかないと……」 「慎重すぎる男は嫌われんぞ」 「切り過ぎたら怒るくせに」 ピジョンはしゅんとし、はさみを斜めにして梳き、最後の仕上げにとりかかる。スワローは大人しく後ろを向いてる。首元や肩に落ちた髪の毛を丁寧にはたきおとし、全体を見直して満足げに告げる。 「できあがりだ」 「どうなった?」 「かっこよくなった」 「マジかよ信用できねェ……見えねーからってテキトーほざいてんじゃねえのか」 「疑うなら見てこい、車に鏡あるだろ」 「車いまねえ」 「忘れてた……」 「〜んっとにだいじょーぶかよ!?」 スワローは落ち着かない素振りで軽くなった髪をしきりとかきまわす。まあまあ無難な仕上がりだ。髪を切る前はどうかすると少女に見えたが、今度はショートにしたので間違えない。うなじのしっぽもばっさりいった。 「どんなもんだ」と自らの仕事ぶりに酔いしれるピジョンの手からはさみをひったくり、スワローが口の端を釣り上げる。 「今度は俺の番な」 「え?」 「髪が伸びてきたろ?毛先が目に入って本読み辛そうにしてんじゃん」 コイツ、細かいところまでよく見てる。 弟にかまけて自分の事は後回しにしがちなピジョンに指摘し、悪企みの笑顔をいっぱいに広げてじりじり詰め寄る。 「お役御免でさあ交代、シザータッチだ」 「い、いいって、自分でやる」 「遠慮すんな、かっこよくしてやっから。オンナにモテてーだろ?」 「モテなくていいモテなくてそっちはもう諦めたから刃物もってじりじり寄ってくるなって!」 狭いメーターの上じゃ逃げ場がない。飛び下りて逃げればすむことだが、スワローが追ってきたら意味がない。運動音痴のピジョンはすぐ捕まって逃げ出し損だ。 顔の前で忙しく片手を振り、もう片方の手で後頭部を庇ってあとじされば、スワローが不吉にはさみを鳴らして言い張る。 「俺だけってなあフェアじゃねえ、こーゆーのはかわりばんこでやるもんだ。兄弟仲よく何事も助け合わなくちゃな?」 「都合いい時ばっか兄弟ぶって……」 「俺の腕が信用できねーってのか?」 「そうじゃないけど……絶対変なことするだろ、わざと切り過ぎたり。前だってほら、ちょっとよそ見したすきにざっくりいって母さんにまで爆笑された。前髪がもう見事に斜め右上がりになってさ」 「斜め右下がりよか景気いいだろ」 「景気関係ないだろ!」 「わかんねーだろ、金運上がるかもしんねーじゃん」 「バランスよく切り揃うまでジッとガマンしたんだぞ、また伸ばすの大変だったんだ。悪ふざけに付き合いきれない」 前髪と後ろ髪を死守して駄々をこねるピジョンの鼻先にはさみを突き付け、スワローが眼光鋭く脅す。 「させんの?させねえの?どっち?」 「ぐ…………、」 「人の大事な髪をチョキチョキしといて自分は知らぬ存ぜぬじゃ筋が通らねー。なあピジョン、俺は親切で言ってやってんだ。血の繋がったたった一人の兄貴がむさっ苦しいボサ髪じゃ人前でんの恥ずかしい、並んで歩くこっちの身になれ。ねこが吐いた毛玉のがまだマシだ」 「並んで歩かなきゃいいじゃん」 「は?んじゃ何か、てめえの後ろを歩けってのか?」 「三歩さがって影を踏まないようにするから……」 「ヤマトナデシコかよ。奥ゆかしさが美徳かよ」 「ヤマトナデシコって何?」 「日本のゲイシャガールだよ、あっちじゃ影踏んだらハラキリ決闘の合図だ」 「え、怖……」 「いいからとっとと後ろ向け、最ッ高にクールなヘア―にしてやんよ」 「超ご無体だ……!」 ぐずぐず渋るピジョンを小突いて後ろを向かせ、無造作に髪を掴んで鋭利な刃を添える。 ジョキン、冷たく硬質な金属音が容赦なく耳に刺さる。 もう何を言っても無駄と観念したピジョンはキツく目を瞑り、弟のされるがままになる。 スワローはやることなすこと荒っぽい。すぐ耳元でジョキジョキはさみを使われて怖い。 固く身を強張らせ、拳をぎゅっと握りこんでひたすた耐えるピジョンに出来心をおこしたか、頭皮と首の境目に刃を寝かせて当てる。 「処女っぽいうなじ」 「うなじが処女っぽいってなんだよ……!」 こんな状況でも突っ込まずにいられない体質を呪うピジョンをよそに、スワローは喉の奥で意地悪く笑い、綺麗なうなじに吸い付く。 「こーゆーことだよ」 「!い゛ッ、」 「おっと、落ちねえよう気を付けろよ」 露出してる部位では耳朶に次いで一際敏感な箇所にくちびるを擦り付け、下から上へ、上から下へと辿っていく。 どうせこうなるだろうと警戒して拒んだのに、首を遡る口付けの気持ちよさに抗いきれず、消え入りそうに弱弱しい声をしぼりだす。 「やだ……って」 「動くとあぶねーぞ。ざっくりいっちまう」 「へんなとこいじるな、フツーに切るだけにしろよ……」 「フツーに切ってんじゃねえか、てめえが感じやすすぎんだ」 本当にそうか、スワローの言うことが正しいのか、俺が特別感じやすくできてるのか? 普通の人はただの散髪で感じたりしないのか、いや違うだまされるな、コイツがわざといやらしいさわり方してくるのが悪い。 ぐっと奥歯に力を込めて噛み縛り、こそばゆく首をなぞる意地悪い指遣いに耐え抜く。 探検好きな指が耳の裏へ回り、耳朶を摘まんで引っ張り、括れに潜り込んでおくれ毛をしごく。 「は……、」 耳も敏感だ。ピジョンの顔が赤らみ、ぞくりと快感が駆け抜ける。 落ちたら一大事、バランスをとらなきゃいけない。兄が動けないのをいいことにスワローは悪ノリし、時折思い出したようにハサミを動かして髪を切っては、それ以外の大半をセクシャルないたずらに費やす。 「兄貴の首、汗と石鹸の匂いだ。おそろいだな」 「お前はそれ以外も……」 「やきもち焼いてんの?」 「もう離れろよ、あぶない……落ちたらけがするぞ」 無防備な首を心ゆくまでくちびるで愛撫し、シャツの上から肩甲骨に吸い付き、耳朶で唾液を捏ねる音を聞かせてやる。 髪を摘まんで光に透かす。 ピンクゴールドの髪をひねくりまわし伏し目がちに接吻、大胆に匂いを嗅ぐ。 さらさらとこしのない猫っ毛が指を通る感触が癖になり、持ち上げては落としをくりかえす。 「兄貴の髪、俺とも母さんとも全っ然似てねェの」 「悪いかよ……」 指の股を滑る髪の毛に唇をあて、いちいちびくりとするウブさにほくそえむ。 「悪いなんて言ってねえじゃん」 うっすら汗をかいて上気した肌を吸い立て、さすがに身もがきする脇腹をすかさず片手で支え、もう片方に持ったはさみを髪に噛ませる。 「んッ……んんッ、ぅく」 スワローは兄とじゃれあい、ピジョンは弟に翻弄され、湿った吐息を手のひらに逃がし、散髪の体裁を借りたぬるい前戯を耐え忍ぶ。 ねばっこい唾液を飲み干し、首の根元から頭皮にかけてくりかえされるキスのむずがゆさにじれて、ともすると傾いで落ちそうになる体を必死に支える。 「おしまい」 「ふぁっ!?」 うなじを吹き上げる吐息が髪を散らし、不意打ちに素っ頓狂な声がでる。 「どうしたんだよ、顔真っ赤だぜ」 スワローが満足げにはさみをおき、息を荒げるピジョンをにやけてのぞきこむ。ピジョンは憎しみに燃え上がる目で弟を睨んで怒鳴る。 「~~~~~お前は本ッ当に!!」 「さっぱりしたろ」 あっけらかんと宣言するスワローに怒る気力も失せ、首を庇う手をおろしてそっぽをむく。 「…………ありがとう」 一応、礼を言っとく。 「どういたしまして」 スワローはあっさり応じ、心の中でしてやったりと開き直る。 兄貴の髪を切るのは俺の特権。役得に預かって何が悪い、と。

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