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俺と牧野の夏休み 2
「馨! 牧野君が迎えに来たわよ」
母さんの声が階段の下から聞こえて来た。俺は慌てて荷物を持って、部屋を飛び出した。
「それじゃ、行って来る!」
サンダルを履きながら玄関から叫ぶと、台所から顔を出した母さんが「ハイハイ。行ってらっしゃい」って、ちょっと呆れたような声で言った。
「はしゃぎすぎて、怪我をしないようにね」
姉貴の声が階段の上の方から聞こえてきた。
「はーい!」
「マキちゃん、おはよ」
今日も朝から日本晴れ。大好きな牧野と、やっとプールに行けるんだ! ウキウキしないわけがない。
「おう、おはよ。さあ、乗れよ」
牧野が少し照れくさそうに後ろを指さしながら言った。バイクだとカッコいいけど、俺たちにはまだ早い。青春真っ只中の俺たちに良く似合うのは、そう、自転車!
「うん」
俺は自分でもわかるぐらい、顔が緩んでいる。嬉しくて仕方がないんだ。
「行くぞ?」
牧野が言った。その声、大好きなんだよなー。
「オッケー」
牧野の肩をポンポンと叩いてから、俺は牧野の自転車の後ろに乗った。、
「落ちるなよ」
俺は牧野に自転車に「乗せていって」と頼んでみたんだ。だって、そうしたら、牧野の背中に抱きつくチャンスがあるだろ?
「大丈夫だってば」
まさか、ギューッと腰に抱きつく事は出来ないけど、揺れた時とかに『おっと!』って感じで牧野の身体に掴まったりしようかなー。なんて、自転車の後ろで牧野の背中を見つめながら、ニヤケていた。
「やっと晴れたよなー。俺、すっげー楽しみだったから、嬉しいよ」
牧野の背中に限りなく顔を近づけ、牧野の匂いを嗅ぎながら俺はそう言った。
「そっか。良かったなぁ」
牧野が他人事のように答えた。おい、牧野、そこは一緒に喜ぶところだろ?
「何だよ? マキちゃんは楽しみじゃなかったのかよ!」
あまりにもクールに答えてくる牧野にちょっと腹が立つ。もう少し嬉しいなら嬉しいって言ってみろよ。
「楽しみじゃないわけ……ないだろ?」
牧野が小さい声で呟いた。なんだよ、やっぱりマキちゃん、照れ屋さんだよね――。
聞こえなかったわけじゃないけれど、もう一度聞きたくて俺は、「聞こえない!」って大きな声で言った。
「ホントかよ……」
牧野が呟いた。
「ホントー」って言ってから俺は、牧野の背中に耳を当てて「もう一度言ってよ」とせがんでみた。
すると咳払いが聞こえた後、「俺だって、楽しみだったよ」って言ってくれた。
小さな声だったけど、今度はハッキリ聞こえたよ。牧野の身体を通して、牧野の声が、俺の心に流れ込んできた。
「あー、良かった」
牧野の背中に口を付けてそう言った。そしたら、急に自転車がぐらりと揺れた。
「あっぶねーなー! くすぐったいだろが!」
文句を言う時の声は、すごく大きいんだけどなぁ……。
「ごめん、ごめん」
俺が謝ると、「しかたねーな―」って声が聞こえた。
まぁ、良いか。牧野、ちゃんと気持ちを言葉にしてくれてありがとな。
2人のこんな些細な出来事が、幸せに思える、夏の日の俺なのでありました。
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