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甘いキス 9(藤田)

「あ、あのさ」 「何? マキちゃん」 「えっと、俺」 「なーに? あ、分かった、エッチしたくなちゃった?」 「違うっつーの」  牧野が眉を潜めながら、もう一度カバンの中をゴソゴソやっていた。 「これ」  カバンの中から、クシャクシャになった茶色い紙袋を取り出した。学食のパンの袋みたいだけど? 「ほれ、受け取れよ、馨」 「え? パン残したの?」 「違うって」  牧野から紙袋を受け取り、中を覗いてみた。 「あれ? マキちゃん、これ……」  中には色とりどりの紙に包まれた、四角い小さなチョコレートがいっぱい入っていた。 「バ、バレンタインだし」  再び真っ赤になった牧野が、俺の事を見つめていた。 「もう! マキちゃん最高」  俺は牧野の体をベッドに押し倒し、キスの雨を降らせてやった。  あの牧野が、どうやって店でチョコを買ったんだろう? とか、ラッピングをどうするか悩んだ末、母親に出してもらった紙袋に渋々詰めている姿とか、色んな牧野を想像して、俺は嬉しくなった。 「あーあ、やりたいなぁ」 「ば、バカ言え、ダメだよ。お袋さん居るだろ?」 「マキちゃんが声を我慢すれば――」  そう言ったら、牧野が視線を泳がせながら小さな声で抗議してきた。 「そ、それは、絶対無理」 「チェッ」  ベッドでそのままキスしてると、ドアを叩く音が聞こえた。 牧野が慌てて襟元を整えて、ベッドから降りた。 「馨?」 「なーに母さん」  俺が返事をすると、遠慮がちに部屋のドアが開いた。母さんは、俺と牧野が恋人同士だってしってるから、突然開けるとマズイって思ってくれてるらしい。 「あのね、ちょっとおじいちゃんがおばあちゃんと喧嘩しちゃってね、夜ご飯作ってもらえないんだって。母さん、様子見に行ってくるから」  自転車で5分位の所にすんでる母親の両親は、しょっちゅう喧嘩しては母さんを呼び出す。いつもすぐに喧嘩が収まるんだけど――。娘に甘えてるってところなんだろうか。 「行ってらっしゃい」 「そうそう、夕食の用意してあるから、良かったら牧野くんも一緒に食べて行ってよ」 「え・・・っと」 「いいじゃん、牧野。母さんの料理美味いよ」 「ん・・・じゃあ」 「母さんしばらく戻れないと思うから、馨、宜しくね」 「うん」 「じゃあね、牧野君。ゆっくりしていってね」  母さんが牧野を見てニコッと微笑んでから、ドアを閉めて行ってしまった。 「なんか、悪いなぁ」 「良いんだよ。な、家に連絡しときなよ。食べて帰るって」 「あぁ、そうする」 「俺、お腹空いてるんだよねー」  携帯で家に連絡してる牧野の向かい側に座り、俺は満面の笑みを浮かべながら、牧野のくれたチョコレートを口に運んだ。  母さんが出かけた事だ、声出しても平気だし、ちゃんとゴムもローションも隠してあるし。 夕食の前に、チョコレートよりも大好きなマキちゃんを食べちゃおうかな?  今日のキスは、いつもよりもずーっとずーっと甘いよ。 終わり。

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