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第2話

性癖大開拓 高校に上がってから、ピアスを開けてみた。 なんとなく開けてみたかったのだ。別にイキりたいわけじゃない。周りに対する威嚇のような、そんな気持ちで開けた。 「稲やん、かっこよくなったね」同じ高校に進学した三上が言う。「そんな事無いし…」 「似合ってるよ、ピアス。大丈夫大丈夫」 ピアスを開けた俺を見て、お父さんは少しだけ驚いて、でもすぐに微笑んで「似合うよ」と言った。 お父さんは相変わらずパンを作り続けた。 持病の腱鞘炎が少しずつ悪化し、腰痛も出てきて前ほど動けないはずだった。 パン生地を叩きつける音が年々弱々しくなってることにも気付いている。 なのに、以前よりも懸命に働いている。 俺が原因だろうなと思う。高校の学費やら修学旅行の旅費、進学するためのお金。 そういうものを稼ぐために、馬車馬のように働いているように感じてならない。 俺がいなければ、お父さんはこんなに痛む体を引きずってまで働かなくていいんじゃないのか、と思ったこともある。 俺が三上にそう打ち明けたとき、「お父さんに直接言っちゃ駄目だよ、自分がそう思ってるってこと。きっと悲しむから。悲しいときは俺にメールでも何でもしてよ」と言ってくれた。 三上の家も結構複雑で、お兄さんが引きこもりらしく、それが原因で家庭にヒビが入ったらしい。 お兄さんは受験に失敗してから外に出なくなり、三上の親は兄と対照的に頭のいい弟を猫可愛がりしたのだ。 お兄さんから、「お前がいなければ俺が愛してもらえたのに」と呪いのように言われ続けてきた三上は、家を出て親戚の家で暮らしている。 今の俺は、精神が無駄に強くなったというか、 前ほど繊細じゃなくなった。 オタクと思われようがどうだっていい。ゲームの世界はいつだって変わらず俺を迎えてくれる。 現実世界の嫌なことなんてキャラクターの喘ぎ声にかき消されてしまう。 でも、校則違反の化粧をしたりスカートを短くしたり、着飾る女子を見るとどうしても胸の奥がざわざわする。 俺の目線は自然と男子に向く。あいつに似てるやつがめちゃくちゃにされるゲームあったな、とか、 ああいうイキってるやつが奴隷にされてるやつありそうとか、次々にいやらしい妄想をしていた。 高校生の男子って、大人と子供のちょうど真ん中にいる気がする。 下半身だってきっと大したことない。 そういう未発達さがあるくせに、妙に大人びたことを口走ったりするやつとか、たまらなかった。 俺と同い年のくせに、いかにも女というものを知っていますと、彼女とのあれそれを話すやつ。 それがかっこいいと思ってるようなやつがめちゃくちゃにされるゲームが俺は大好きだった。 あまあまな物も悪くはないが、歪んだ俺の性癖はそれでは満足できない。 着衣のままとか、拘束監禁、犬扱い。 知恵の輪よりも複雑になっていく俺の性癖は、どこへ向かっているのだろう。 「今回のテスト、全体的に出来が悪すぎ!90点台取ったやつは一人だけだぞ!」 数学の先生は眉間に深いシワを寄せ怒っている。 返ってきた答案を見ると、92点だった。 勉強は嫌いじゃない。むしろ好きだった。一つのことを机に向かって黙々とこなすことも好きだったし、チャットで皆と相談し合うのも楽しかった。 中学時代の友達の中には、もっと頭のいい高校に行ったやつもいる。そいつらのほうが、学校の先生よりよっぽど教えるのがうまかった。 「すげー、瀬波って頭いいんだ」 不意に声をかけられ驚いていた。そこにいたのは、確か名前は、城本柚希《しろもとゆずき》だったはず。 「俺数学全然出来なくてさー、凄いなぁ」 えへへ、と恥ずかしそうに笑う 城本が握りしめる答案には51点と書いてあった。 そんなに話したこともないし、素性もよく知らない。なのに、仲のいい友達に話しかけるように接してくるから戸惑ってしまう。 「柚希俺より低いじゃん」と他の奴に話しかけられ、城本はそちらに向き直る。色んな人たちに囲まれて談笑する、その背中をなぜかじっと見てしまった。 それから城本の事を観察してみた。 人懐こい笑顔は、どんな人の心も簡単にほどいてしまうようだった。 身長は180近い。俺は169センチしかないのに。 すらっと長い手足と、綺麗な坊主頭。鼻の頭に貼ってある、絆創膏のような白いテープが焼けた肌によく映える。笑うと思いのほか鋭い八重歯が覗いて、柴犬みたいなやつだと思った。 「柚希ハグして~」と城本にくっつくやつがいた。「いーよ」と返事をして城本はそいつを抱きしめる。「うわ~」と言いながらも、抱きしめられてる方は嬉しそうだった。「柚希の癒しパワー凄いよな」「俺もハグして~」夏の盛りだというのにみんなでぺたぺたくっついていた。 日直を代わってと頼まれたら快く引き受け、ノート貸して、と言われたらいやな顔一つせず貸してやる。 男子だろうが女子だろうが、分け隔てなく優しくしていた。 凄いな、と素直に思った。 俺には絶対できないことだ。基本周りの人間の事を敵だと思っているから。 多分、優しい親の元で、沢山の愛情を受けて育ったんだろう。 それが透けて見えるのが、ちょっと羨ましくて、直視できなかった。 真夏の日差しは殺人光線だ。 この炎天下の中外で運動させる教師は頭がどうかしている。 ただでさえ運動が嫌いな俺はイライラしながら立ち尽くしていた。 一歩踏み出した瞬間、視界がぐにゃりとゆがむ。 地に足ついてるはずなのに、飛んでいるような感覚がする。 やばい、と思った時には体が前に倒れ始めていた。 瞬間、誰かが俺の体を支えてくれた。 「瀬波、熱中症なんじゃないの?顔真っ赤だよ」城本だった。 心配そうな顔で覗き込んでくる。「せんせー、瀬波の事保健室に連れていきます」俺の返事を待たずに、城本は俺の体を抱えて保健室に向かう。 保健室の中は程よく冷房が効いていて気持ちがいい。清潔なベッドの上で、俺は氷嚢をおでこに乗せて横になっていた。 薄っすら漂う薬のにおいを嗅いでいると、夜間救急で診察を待っていた時のことを思い出しそうになる。 「授業終わるまでここにいていいって」城本が水の入ったコップを持ってきてくれた。 「ども…」受け取った水は少しぬるかったけど、飲みやすい温度でするするとのど元を通り過ぎていく。 「気持ち悪くない?」「まぁ、うん…」「俺さ、小さい頃友達が熱中症で運ばれちゃって、凄く怖かったんだよね。もう少し遅かったら後遺症残ったかもしれないって言われたんだって」 城本の顔は本当に心配そうで、俺みたいな奴が貰うにはもったいないくらいのまなざしだった。 「俺も休んじゃお」ベッド近くのサイドボードに頬づえをついて、城本はにこりと笑った。 近くで見ると、綺麗な顔をしている。まつ毛が長くて、瞳はくりっとしてて、頬にはニキビひとつない。こんな導入で始まるゲームを死ぬほどやって来た。 よくよく考えたら、保健室で二人きりってなかなかエロいシチュエーションだけど、俺と城本は別に付き合ってるわけじゃない。 こいつ、部活動入ってるんだっけ、とぼんやりと思った。 「あとどんくらいここにいられるかなぁ」 城本が時計の方を向く。 俺の目に飛び込んできたのは、城本のうなじだった。 燕尾服の裾を思わせる襟足は綺麗な弧を描き、その終わりは体操服の襟に隠れて見えない。 髪の毛が生えているところから地肌へと移り変わる境界線をじっと見た。 そこから汗のしずくが流れ落ちてくる。城本の指がうなじをなぞり、汗のしずくは分裂する。耳の形に添って反りこまれた生え際の曲線を指でなぞってみたい。 俺の手は、無意識に城本のうなじに向かっていく。 なんで鼓動がこんなに早いんだろう。はあ、と自分の口から洩れるため息に熱がこもっている。 あぁ、興奮してるのか、と思った。 人差し指にかたい髪の毛がちくっと刺さる。小さな蜂に刺されたような、 むずがゆい感覚だった。 城本が振り向く。はっと我に返り、自分がしたことにどんな言い訳をつけようとかなり焦った。 「いや、その、ごめ、」何を謝ったらいいんだろう。とどもっていると、 「触りたかったの?いいよ」と城本は言った。 「刈りたての時とかさー、皆触りたがるんだよなー。ざらざらして気持ちいいんだって」と城本はまた俺にうなじをむける。 俺の心臓は持久走の後みたいにバクバクしていた。手のひらをそっとうなじに付けて、ゆっくりと上に動かしていく。 ざりざりざり、と音を立て、俺の手のひらを刺激する。 頭の形に添って進む。手を刺激されるたびに、俺の背中の産毛が痛いくらいにぞくぞくした。 頭頂部にたどり着いた時には、俺の中の何かが完全に壊れていた。 「俺、頭撫でられるの好きなんだ」振り向きながら、城本はえへへ、と笑っていた。 「そ、そっすか…」俺はそれどころじゃなかった。 坊主萌えとかいうニッチにも程がある性癖の扉が勢いよく開け放たれてしまったからだ。未開拓の領域に、ほんの些細な事で飛び込んでしまった。 今まで味わったことのない高揚感に感動さえ覚える。 俺の右手はまだぞわぞわしている。 掛け布団があってよかった、と思った。 何故なら、俺の下半身がゆるく反応していたから。

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