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第1章 キトゥン・ブルー(4)

「よし。そうと決まったら、情報収集だ。プラチナ、この子の父親に該当する男を、片っ端からデータ照合してくれ」 「はい、ラドラム。第一候補のデータを表示しますか?」  その間隙のない返答に、ラドラムが座りかけたキャプテンシートから、危うく転げ落ちそうになった。 「もう分かったのか?」 「はい。先ほど読み上げた『手紙』に使われている紙ですが、非常に上質で、この惑星では政府要人にしか供給されていないものです。詳しくスキャンした所、メモ帳として使われていたようで、上の紙に書かれたサインと思われる人名の筆圧が一つ、見付かりました」 「メインスクリーンに、データを出してくれ」 「はい、ラドラム」  返事と同時に、一人の初老の男の顔とデータが表示された。  ロディが口寂しそうに、煙草のフィルターを奥歯で噛みながら、声音に焦燥を滲ませる。 「おい、ラド……。マジでやる気か? こいつ相手に」 「面白くなってきたじゃないか。しばらくは遊んで暮せるかもな」 「男って、ホンット最低!」  そこには、この惑星の大統領アーダム・レムズの、有権者受けしそうな朗らかな笑みが、大画面に映し出されているのだった。  データには、連続四期当選とある。地位にも名誉にも金にも、まだ未練があるだろう。  元より、未確認の生命体を連邦に報告せずに独り占めしたあげく殺害した事実は、捕まればゆうに懲役三百年は食らうだろう罪だった。 「プラチナ。第三者が、こいつの名前をたまたま書いた可能性はないのか?」 「考えましたが、キトゥンが教えてくれました。彼女の父親の名前は『アーダム』と」  言われてみれば、先ほどラドラムが問うた時、キトゥンが口にしたのは「アー」と「ダ」の音だった。 「まさか……まだ、生後二週間くらいヨ」  ひとつの可能性に行き当たって、ラドラムはプラチナに鋭く切り込む。 「エスパー?」 「地球人が言う所のエスパーとは少し違って、元々種族的に備わった能力のようです。キトゥンの母親とも心を通わせていて、事情は飲み込めています。ベティと、ラドラムにとても感謝しています。……それと……」  プラチナが言いよどむのは、修羅場の予感だった。 「……それと?」  ラドラムが促すと、プラチナは合成音声を絞り出した。 「貴方の事を好きになった、と。急いで大きくなるから、『お嫁さん』にして欲しい、と……」  不安に揺れるプラチナの声に、ラドラムは定位置、キャプテンシートに座ってタッチパネルに足を乗せて笑ってみせた。 「はは、尻尾の生えた花嫁か。俺にはロリコン趣味はない、安心しろプラチナ。俺が愛してるのはお前だけだ」 「私も愛しています、ラドラム。……浮気しないでくださいね?」  宇宙船のA.I.には『男性型(メールタイプ)』と『女性型(フィメールタイプ)』と『無性型(セクスレスタイプ)』があったが、沢山の船を乗り継いできたロディも、この言葉には驚いた。  一人でも船の航行を可能にする為のA.I.だったが、孤独を癒す為に、A.I.に性別が生まれた。  だがこんなに真剣に、不要な筈の願いまでかけて、豊かに愛情を注ぐ言葉は初めて聞くものだった。  キトゥンの存在が、プラチナの有り得ない筈の『(こころ)』を震わせているようだった。 「しない。お前だけを愛してる、プラチナ」 「私も愛しています、ラドラム」 「レトルトミルクを出しておくから、キトゥンが欲しがったら温めてやってくれ。世話はマリリンがするから、ベビーベッドの横に、予備のベッドを。船は港から出して、デデンの軌道上に乗せてくれ。今日の所は寝る。昨日、一睡もしてないんだ……おやすみ、プラチナ」  艦橋には船長の為のキングサイズのベッドも収納されていたが、ラドラムはキャプテンシートで眠る事の方を好んだ。 「おやすみなさい、ラドラム」  その声を聞くと、安心したようにすぐに寝息が上がり出す。  ロディとマリリンは顔を見合わせて、こうなったらてこでも動かないラドラムを諦めて、 「アタシも寝るワ。イエティが何時間おきにミルクを欲しがるか分からないけど、子育てって大変なのヨ」  ベビーベッドの横に、壁からセミダブルサイズのベッドがせり出してきて、マリリンはそこに座った。 「じゃあ、俺は部屋で寝かせて貰うぜ。育男(イクメン)じゃねぇんでな」 「シッシッ」  マリリンは、わざと邪険にロディを追い払って笑う。  ロディもしょげたフリを見せて、二人はそれをおやすみの言葉代わりに眠りについた。  ブラックレオパード号が、軌道上を周回し始め、クルー全員が夢の中に居る頃だった。  突然、最年少で新入りのクルー、キトゥンが奇声を発して泣き出した。  横で眠っていたマリリンが、目を覚まして寝ぼけ眼を擦る。 「お腹空いたの、キトゥン……お~よちよち、そんなに大声上げないで。ラドを起こしちゃう……。プラチナ、ミルク温めといて。ちょっとあやしてくるワァ」  欠伸交じりに言って、キトゥンを抱き上げて艦橋をフラリと出る。  一瞬後、プラチナが『叫んだ』。それは初めての事だった。 「ラドラム! 起きてください! 危険が……!!」  その言葉を遮るように、惑星デデンの一室から、命令が下された。 「撃て! 確実に艦橋を狙え!!」  軌道上に、無音の爆発が起こった。ブラックレオパード号の漆黒のボディは大破し、宇宙に無数の破片をばら撒いた。  それは中心部にある艦橋にもダメージを与え、メインスクリーンには亀裂が入り、何処かから急速に空気の漏れる音と、電子回路がショートする音が響き渡った。  ラドラムは、頭から大量の出血をして倒れていたが、かろうじて意識を保っていた。手首のウェアラブル端末に怒鳴る。 「総員退避! 自分の命を一番に考えろ!!」  それは緊急を告げる大音量のブザーと共に、艦内にそのまま放送された。  ベビーベッドの方を見ると、そこにマリリンとキトゥンは居なかった。  良かった。ラドラムは、急速な酸素不足に鈍る頭で考える。  やがて重力制御装置が壊れ始めたのか、瓦礫と共にふわりとその身体が浮かび上がった。  ラドラムの赤い血液とキトゥンの為に温められた白いミルクが、珠たまになって空中で混ざり合う。 「クソ……駄目か……。プラチナ……愛してるぜ……」  呟いて、ラドラムは意識を失った。  その三秒後、艦橋の壊れた自動扉を、バリバリと火花を飛び散らせて破る黒革手袋が覗いた。まるで紙のように強固な扉を裂いて現れたのは、漆黒の長い髪をなびかせた、黒ずくめの青年だった。ラドラムより頭ひとつ半以上高く、百九十を超えるだろう。  床をトンと軽く蹴って、天井の辺りに漂うラドラムの身体を捕まえると、肩に担いで今度は天井を蹴って素早く床におりた。 「私も愛しています、ラドラム。安心してください。死なせません」  青年らしい精悍な声色で呟いて、彼はラドラムを担いだまま脱出ポッドの方へと泳いでいった。

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