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第5章 人間狩り(6)
宇宙港に着いて、またロディに抱えられると、リィザは強請った。
「歩けないから……船まで送ってくれないかしら」
「だってよ。ラド、送ってくる」
「ああ、そうだな。先に夕飯にしてるぜ、ロディ」
「……そうだな。そうしてくれ」
男たちの目が、きらりと光って目配せした。それは、ラドラム流の気遣いだった。
リィザの目はすっかりロディに夢中だったし、ラドラムにそう言われて、ロディもそれに気付いたようだった。
マリリンだけが、眉をピクリと不機嫌の角度に上げる。
「じゃあな、グッドラック、ロディ」
「ああ。ありがとよ」
そうして、ロディは笑みをひとつ残して港の奥の方に消えていった。今夜は、帰らないかもしれない。
ブラックレオパード号に乗り込みながら、マリリンは唇を尖らせた。
「何処が良いのかしら、あんな年増。ロディの趣味、疑っちゃうワ」
「ロディは面食いだからな。たまには、いい思いさせてやらないと」
艦橋に入り、群がって甘えてくるペットたちの頭を順番に撫でてやりながら、プラチナが言った。
「ラドラム。ロディは、夕食を彼女の船で摂ってくるという事ですか?」
「ああ、たぶんな。他にも色々食ってくるだろうよ」
「色々、とは何ですか?」
「ラド、プラチナが混乱するからやめなさいヨ。プラチナ、デザートヨ」
「そうですか」
「ああ、ある意味、デザートだな」
くつくつと笑うと、マリリンが胡乱な横目で非難した。
「だから、やめなさいヨ。男って、ホント見境がないんだから」
ラドラムがキャプテンシートに座ってタッチパネルに足をかけると、プラチナがその傍らの定位置に立った。
「プラチナ。住民データのハッキングを頼む」
「はい、ラドラム」
「リィザ・ウェールという女について、噂レベルまで、細かく分析してくれ」
「はい、ラドラム。……リィザ・ウェール。宇宙歴三百四十九年一月十日生まれ。三十三歳。惑星オデッド出身」
「辺境だな」
「はい。六年前に両親を亡くし、資産を継いでからスペースコロニー、ペガサス・ウィングスに移住しています。その後、二年かけて広大な土地を買収し屋敷を立て、使用人を二百人以上雇って暮し、陰のニックネームは『女帝』です」
「女王様か。本来なら、あんまり関わりたくない人種だな」
ラドラムが顔を僅かに顰めた。
「ラド、それがクリスから聞いてた内緒の人ぉ?」
「そうだ。誰にも言うなよ」
「ええ」
「プラチナ、続けてくれ」
ラドラムが促した。
「屋敷と使用人を手に入れたリィザ・ウェールの行動は横暴で、『リィザのものは影でも踏むな』という教訓が、このコロニー内では流布しています」
「ますます関わりあいたくないな」
「五年前からは、ペットの収集に力を入れています。隕石衝突の前には、四百五十人ほどのペットを飼っていたようです」
「人間か?」
「はい」
「使用人より多いじゃないか」
「ペットにも、知能をインプットして、使用人の真似事をやらせていたようです。ここから、噂レベルまで検索します」
「ああ。些細な噂でも、何でもいい」
「……先ほど、ペットに知能をインプットしていると言いましたが、元より知能のあるペット……つまり、『人間狩り』で狩られた人間を、ペットにしているという噂があります。ただし、それを口にした人間は、全員このコロニーから転出し、今はその噂を聞く事は出来ません」
「そうか……だからクリスは、怯えてたんだな」
「ここからは、推測になります。強制的にコロニーから転出させられた人間の内の誰かが、反人間狩り団体 に密告した可能性があります。一年前から、A.H.H.O.の船が、頻繁にこの海域をパトロールしています。隕石衝突時も極めて近くにA.H.H.O.の大型船が停泊していて、衝突から僅か十時間でペットシェルターを展開し、ペットの保護を開始しています」
「ふぅん……」
ラドラムは顎に拳を当てて考える。ミハイルが姿を消したのも、ちょうど五年前だ。
だが、ブルジョアが、そんな大胆な人間狩りをするだろうか?
捕まれば懲役百年はくだらない、重罪だ。だから人間狩りは、辺境でのみ行われる。用意周到に、見目いい人間を狙って、一人、また一人と。
四百五十人も人間狩りのペットを飼っていたら流石にバレるだろうから、もし飼っていたとしても、せいぜい両手の指くらいだろう。
第一。
「親父は、狩られるようなタイプじゃないんだよな……」
ぼそりとした呟きを、だが聴力のいいプラチナは拾っていた。
「ミハイルの事ですか?」
「ああ」
ミハイルは、行方不明になった時、すでに四十三歳だった。
美しさとは無縁で、目尻に小皺、顎には無精髭を蓄えて、くたびれた古いコートを着て出かけたのを覚えている。
それに、ミハイルは便利屋をやるくらいだから、修羅場慣れして強かった。人間狩りのハンターごときに、遅れを取るようなレベルではない。
その時、プラチナがラドラムの思考を遮った。
「大変です。ラドラム」
「あ? どうした?」
「リィザ・ウェールは、頻繁に身体整形を繰り返しているので、最新の情報を集めるのに時間がかかりましたが、現在の彼女の画像データを出します」
メインスクリーンに、九十九・五十八・八十七のダイナマイトボディが映し出された。
その上に乗っている顔は。
「ロディ!」
マリリンが叫んだ。
「プラチナ、ロディの現在位置が分かるか!」
「ウェアラブル端末は衛星軌道上にありますが、生命反応がありません。腕から外されたものだと思われます」
「ヤバいぞ。そういう事か……! プラチナ、出発用意! ロディを救出しに行くぞ!」
* * *
リィザは、睡眠薬入りの酒を飲んで、正体をなくしてテーブルに突っ伏しているロディに、とりどりの宝石が散りばめられた首輪をつける。
「うふふ……いい子ね……気に入ったわ」
何でも金の力で屈服させてきたリィザは、愛情表現の仕方を、それしか知らなかった。
かしずかせ、意のままに操る事しか。
人間として、それは不幸であったかもしれない。
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