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第6章 恋の季節(1)

「ラドラム。ロディの端末を回収しました」 「分析してくれ」 「はい、少し待ってください」  ロボットアームで回収した、宇宙に漂う小さな小さなウェアラブル端末を、艦橋まで移動させるのに、少しの時間がかかった。  だが、プラチナから手渡されたウェアラブル端末を見て、ラドラムは悔しそうに顔を歪ませる。 「追跡は不可能か」 「はい。中枢部まで、データを遡れないほど完全に破壊されています」  ラドラムの手の中のウェアラブル端末は、人為的に基盤部分が溶かされていた。これでは、ロディがリィザの船に行ったという証拠も取り出せない。  しかし、彼がリィザに連れ去られた事は明らかだった。  ペットといえば見目いい少年少女が常識だったが、大の男をたぶらかしてペットにするなんて、目から鱗だった。  あるいは、ミハイルも。ラドラムは考える。 「プラチナ。リィザ・ウェールの船を特定して、一応行き先のデータがあるかどうか、調べてくれ」 「はい、ラドラム。船のタイプが特定出来ました」  メインスクリーンに、四隻の船が映し出された。大型、中型、小型が二隻。どれも真っ白にカスタマイズされていた。 「この中のどの船が出た?」 「全てです」 「全部だと?」  ラドラムは歯噛みする。  追跡を逃れる為に、自動操縦で全ての船を出港させたのだろう。望みは薄かったが、念の為訊いてみた。 「何処に行ったかは……分からないだろうな」 「はい。ステルスシールドの可能性が考えられます」 「ロディ……! だから、ほいほい女に着いてくなって言ってたのに!」  マリリンが、涙声で言う。日頃から、美女に弱いロディに、マリリンは口うるさくそれを咎めていた。聞き流しては火遊びを繰り返すロディに、マリリンはいつかこんな日が来るんじゃないかと予感していたのだ。  自分が身体を張ってでも止めていれば。その思いが、マリリンの胸を重く押し潰していた。 「マリリン、お前のせいじゃない。リィザの元に送っちまった、俺の責任だ」  船長として、ラドラムはマリリンの心情をおもんぱかる。  だが何の手がかりもなく、広大な宇宙に探しに出ても、見付かる確率など限りなく零に近かった。かと言って、このコロニーの連邦警察に連絡しても、『女帝リィザ・ウェール』に関する捜査をまともにやって貰えるとは思えなかった。  一縷の望みをかけて、ラドラムはプラチナに説明する。 「プラチナ。ロディが、リィザに捕まった。コロニー内の行方不明者リストに、ロディの名前を書き込んでくれ」 「はい、ラドラム」 「ついでに、親父と、クリスの母親も書き込んでくれ」 「はい。行方不明者リストに、ロディ・マス、ミハイル・シャー、クララ・アーガの名前を書き込みました」  そうしておけば、このコロニーの被災者として、幾らか捜索して貰えるだろう。  雀の涙ほどの期待だったが、何もしないよりかはマシだった。 「それからついでに」  妙案が浮かんで、ラドラムは付け加えた。 「リィザ・ウェールの名前も書き込んでくれ」  連邦警察が、躍起になってリィザを探す可能性にかけて、ラドラムは僅かに口角を上げていた。     *    *    *  ――ヒュン、ピシッ。 「キャン」  電磁鞭が振り下ろされて、ロディの背中をしたたかに打つ。  首に巻かれた宝石付きの首輪が、声と力と気力を奪い、代わりに獣のような吠え声に変換する。  ロディは懸命に抗っていた。だが何を言っても犬のような無駄吠えになり、 「諦めて静かにおし!」  と、リィザに鞭で打たれるばかりだった。  女性と恋の駆け引きをするのは好ましかったが、こんな風に力ずくで屈服させられるのは、ご免だった。  しかし目の前でウェアラブル端末を破壊され、行き先も告げられないままステルスハイパードライヴに入った船を感じ取り、流石のロディも心が折れかけていた。吠えても鞭で打たれるだけで何も事態は好転しないと悟り、吠えるのはやめた。  するとリィザは、嬉しそうに笑って、ロディのグレーのオールバックを撫で付けた。 「よしよし。物分りのいい、いい子じゃないか。大人しくしてたら可愛がってあげるから、あたしの言う事をよく聞くんだよ」  リィザは、これ以外に愛情表現の仕方を知らない。 「ロディと呼ばれていたね。じゃあ、今日からあんたはロッキーだよ。返事おし、ロッキー」  だがロディはそっぽを向いて、応えない。    ――ピシッ。 「キャン!」  先ほどよりも出力の上げられた、短い電磁鞭が背にしなった。 「ロッキー」  猫撫で声が、ロディを呼ぶ。やむなく小さく返事を返すと、 「クゥン」  と甘えたような声が出て、ロディは吐き気を覚えた。 「やれば出来るじゃないか。ロッキー、被覆テープを巻き直すから、あっちの棚からレスキューキットを持っておいで」 「……」  電磁鞭が振り上げられた。 「キャン」  それがまだ下ろされる前に、口から苦痛を訴える声が出て、ロディは自分で驚いた。  パブロフの犬! 頭に浮かんだのは、大昔の地球でパブロフ・何某(なにがし)が行った、条件反射の実験だった。  もう三十回は電磁鞭の洗礼を受けて、背中は熱をもってジンジンと痛んでいる。  背中以外を打たないのは、おそらく外見からペット虐待の疑いを持たれないようにする為だろう。そう気が付いた時、一つの閃きがロディの頭に思い浮かんだ。  だけど、これは、取っておきの秘策にしよう。そう考えて、ロディは大人しくレスキューキットを取りに行った。     *    *    * 「リィザ・ウェールの捜索願いが出てる!?」  連邦警察内、隕石衝突事故対策本部で、本部長は思わず大声を上げていた。  だがすぐに咳払いをして、 「あー、いや。ミス・ウェールの捜索願いかね」  と言い直した。  呼び捨てにした事が本人に知られたら、連邦警察をクビにされかねない。例え行方不明と分かっていても、ペガサス・ウィングスの住民にとっては、それほど脅威の存在なのだった。 「はい。軽傷を負い、病院で治療を受けた所までは分かっているのですが、その後は消息がしれません」 「捜索願いを出しているのは、誰だ」 「ラドラム・シャーという男です。コロニー修復のボランティアに志願して、現在作業中です」 「そうか……どういう関係かは知らんが……。便利屋、か」  提出されたラドラムのボランティアデータを見て、本部長は顔を顰めていた。 「よりによって、ミス・ウェールとは……。いっそ……」  本部長は思わず本音が漏れそうになって、慌てて口を押さえていた。落ち着きなく銀縁の眼鏡を押し上げる。 「い、いや。何でもない。全力で、ミス・ウェールの捜索に当たってくれ」

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