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第6章 恋の季節(2)

    *    *    * 『プラチナ。聞こえるか?』 「はい、ラドラム。感度良好です」  ラドラムはスペーススーツを装着して、プラチナは黒髪のウィッグをつけて、宇宙空間で作業中だった。  隕石衝突事故の爪痕は大きく、周辺海域に大々的に報じられ、救援物資や募金、復興ボランティアなどが多数駆け付けていた。  その中にあって、ラドラムは宇宙でのコロニー修復ボランティアを選んだ。周波数を特殊なチャンネルに合わせれば、プラチナと『内緒話』をしながら作業が出来るからだ。  マリリンは自責して酷く落ち込んでいたし、万が一ロディが帰ってきた時の為に、船の留守番を頼んであった。  コロニーの穴を塞いでいる小型戦闘機の上から、空気が漏れないように特殊シートをプラチナと協力して貼りながら、ラドラムは話していた。 『リィザは、このコロニーに戻ってくると思うか?』 「はい、ラドラム。リィザ・ウェールの性格を加味して計算すると、71.2%の確率で戻ってくるでしょう」 『隠し財産でもあるのか?』 「その可能性もありますが、第一の標的は、我々クルーの命です」  恐ろしい事を、プラチナは冷静な声音で語る。 『そうか……噂をしただけで、追い出されるんだもんな。人間狩りの事実を知っている俺たちを、生かしておく訳がないか』  小さな穴は内側から修復するが、大きな穴はまずコロニーの外側から何枚もの特殊シートを貼って完全に穴を塞ぎ、それから小型戦闘機を内側へ格納して、重機を使って壁を再建する予定だった。  無重力空間で泳いでシートを繋げながら、ラドラムは考える。  そうなると、このコロニーを今出るのは、逆に危険ではないか? 狙い打ちしてくれと言っているようなものだ。  だが反面、こうしている間にも、宇宙の彼方へ逃走を図っている可能性もある。難しい判断を迫られていた。  考え事をしていたラドラムは、ウッカリ穴を塞いでいる小型戦闘機の翼に足を引っ掛け、くるりと縦に一回転した。 『うおっ』  命綱はつけているが、一瞬焦って声を上げるラドラムを、プラチナが捕まえる。  腰に腕を巻きつけ、ピッタリと抱き寄せてヘルメットの中の顔を覗き込んだ。 「大丈夫ですか、ラドラム」  中性的な美しい顔立ちがヘルメット越しに間近にあり、ラドラムは思わず顔を逸らしていた。 『だ、大丈夫だ。離せ』  プラチナは、まるで媚びるように、魅惑的に小首を傾げる。セクソイド故の動きなのだろう。 「ラドラム。やはり、心拍数が上昇しています。このボディが……好き、ですか?」 『……そのボディは、一時的なものだ。三日後には、元のメールタイプに戻るんだ』  身体を離そうとプラチナの肩に手をかけるが、びくともしない。それは可憐な見かけに反して、違和感を募らせた。 「では、今の内に……愛しています、ラドラム」  その、男女を問わず見る者全てを虜にするような形のいい唇が、赤い舌をちろちろと覗かせるようにしてセクシーに囁く。 『やめろ』 「このボディなら、オリジナルと違って、貴方とより自然な形で『愛し合う』事も出来ます」 『やめろ!』  逃げるラドラムの視線を、プラチナの人工眼球が追いかけた。 「三日後には、もう叶いません。一度、試してみませんか……」 『やめろ!! 命令だ!!』  ラドラムが大声で怒鳴った。  ラドラムがプラチナに『命令』したのは、初めてだった。  表情豊かに、プラチナが目を丸くする。そして、感情を押し殺すように無表情に戻って言った。 「……すみませんでした。ラドラム。作業に戻ります……」  プラチナが、A.I.の持つ科学的好奇心の範疇(はんちゅう)を超えて、ラドラムを誘惑しているのは明らかだった。  ラドラムは、そんなプラチナに恐れを感じて、『命令』したのだ。  オリジナルのボディに戻れば、こんな事はなくなるだろう。そう信じて、あとは黙々と作業をこなした。     *    *    *  マリリンは、通信士席に突っ伏して、さめざめと泣いていた。 「ロディの、馬鹿……。こんなに心配させて、帰ってきたら三時間は説教してやるんだから……」  きっと帰ってくると、願いを込めて自分に言い聞かせた言葉だった。  いつもなら、回るメリーゴーランドサークルに夢中なキトゥンが、ベビーベッドの柵に掴まり立ち上がって、マリリンに腕を伸ばしてくる。  綿毛がだいぶ抜けてサラサラとした艶やかな白い毛に覆われた手の甲で、マリリンの頬に触れては低い声で鳴く。 「アラ……ありがと、キトゥン。心配してくれてるのネ……?」  マリリンは顔を上げて、キトゥンを抱きしめた。 「大丈夫。ロディは、帰ってくるワ……」  するとキトゥンがふいとその腕の中から抜け出して、何を思ったかラドラムが床に脱ぎ散らかしていったジャケットの上まで走っていった。  マリリンは仰天する。 「キトゥン、アンタ……もう走れるの!?」  まだ、多く見積もっても生後一ヶ月半の筈だった。人間なら、歩くのに早くてもゆうに十ヶ月はかかる。  そして偶然か必然か、ジャケットで滑って遊ぶと、中からホログラム写真が滑り出た。ミハイルの写真だった。  何回か滑って遊び、キトゥンは転んで頭を軽く打つ。  マリリンが慌てて駆け寄った。 「キトゥン、駄目ヨ。危ないワ。……ラドったら、いつも脱ぎっ放しで……」  キトゥンを抱き上げ、ついでにラドラムのジャケットも拾い上げる。  すると、ポケットからカサリと音を立てて畳まれた紙が床に落ちた。ホログラム写真と紙を一緒に拾って、マリリンは思わず微笑んだ。 「ラドったら、お父さんがよっぽど恋しいのネ……」  写真とニュースのスクラップを見比べていたマリリンだが、やがて重要な事に気が付いた。  微笑みに眇められていた瞳が、零れ落ちそうなほど、見る見る内に真ん丸になる。 「これって……! 大変!」  マリリンは、手首のウェアラブル端末の回線を繋げると、大声で怒鳴っていた。 「ラド! 帰ってきて! 今すぐ!!」

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