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第30話
ピジョンは十分濡れている。
後ろ孔はいい感じにほぐれて、ピンクの粘膜を蠢かせ挿入を待っている。
我慢できねえ。いますぐぶちこみてェ。
下腹を熱くする凶暴な衝動を辛うじて制し、スワローは動く。
二人分のカウパーに塗れた手を見下ろす。
まだ足りない。初体験なら念を入れて損はねェ。サイドテーブルの瓶をひったくり、粘性の高い透明な液体を手のひらに伸ばして塗り広げる。
ローションだ。ピジョンは目をまるくする。
「……準備いいね」
「母さんのくすねてきた」
「お前のことだからてっきり……」
「ろくに慣らさず泣こうが喚こうがおかまいなしにぶちこむとでも思った?」
「…………」
図星だ。
気まずげに黙り込むピジョンを鼻で一蹴、ローションを塗った手を振る。
「そっちのがよけりゃそうするぜ」
「い、いい!気持ちいいほうがいい!でもお前、乱暴な方が好きじゃないか。しょっちゅう俺のこと殴る蹴るするし、なのに妙にやさしくてなんか……へんっていうか調子が狂うっていうか。何企んでるの?」
「随分な言いぐさだなオイ。まあサドっけはあンのは否定しねーが」
「そんな生易しいもんじゃないだろ。ドSだろ。過去の悪行を悔い改めろよ」
「痛め付けるほど興奮すんだからしょうがねー」
「発想がシリアルキラーだ」
「誰彼かまわずってわけじゃねーぞ、お前のよがり顔と啼き声がエロいのがワリィ」
「理不尽にはなれっこだけど、超理不尽だよね」
ピジョンは目を右へ左へそらし、機嫌を窺う声色で尋ねる。
「じゃあ何でその、今日に限って……使ってくれるんだよ?」
「大袈裟に痛がられちゃ興ざめだからな。ただでさえ処女はうるさくてめんどくせェ、途中で萎えたら最悪だ」
懐疑的なピジョンにスワローは飄々と嘯く。
「セックスは下品でなんぼ、気持ちよくてなんぼだ」
ローションと口にするのさえ憚る、ウブで恥ずかしがり屋な兄が面白い。
スワローの主張は事実だが、真実ではない。
ビーの悪趣味なイタズラのおかげでピジョンはもうすっかりできあがってる、飴玉を三個欲張っていた孔はスワローも手伝ったアナニーの直後で弛緩して淫らに口を開けている。
ローションなどなくてもアナルセックスは可能だ。
でもそのほうが気持ちいいなら使わない手はない。
兄の体に負担をかけるのを懸念したとか、日和った理由じゃない。これはスワローの自己満足だ。
「う゛」
ピジョンが気持ち悪そうに顔を顰めるのを無視、下肢に重点的にぬりこんでいく。
膝を立てて押し広げ、肛門の窄まりを入念に揉みほぐし、充血した襞に馴染ませていく。
やり方は知っている。使ったことも使われたこともある。
気に入った女にかけるのと同じ手間を尽くし、場を和ませる軽口を叩く。
「知ってっか?ローションの半分はやさしさでできている」
「もう半分は?」
「やらしさ」
「虚偽表示で訴えるぞ……お前の場合全部やらしさだろ、成分表直しとけよ」
ピジョンが往生際悪く呻き、シーツに顔を倒す。弟にローションを揉みこまれているのが恥ずかしいのか、赤らんだ顔を片手で隠し、唇をキツく噛み縛る。耳まで真っ赤だ。
その間も手は止めず、冷たくぬめる指を肛門の中へ進めれば「あっあっ!」と切なく反応する。
いやらしい体。
感度がいいのは知っていた、ほかならぬスワロー自身が数年がかりで仕込んだのだ。
潤滑剤に塗れた孔がいやらしくてかり、内腿にあふれた余りが糸を引く。たまらない眺め。スワローはぞくりとし、後ろ孔をほぐすのとは反対の手でピジョンの身体の傷を辿っていく。
新旧大小入り混じった傷痕。大半は取るに足らない擦り傷だが、一生消えないものもある。
兄はボロボロだ。
みすぼらしく傷だらけだ。
ガーゼを押し当てた下にはコヨーテの噛み傷がくっきり残っている。
ピジョンを傷付けていいのは俺だけだ。
他の誰にもコイツを傷付けさせねェ。
改めて母に誓うまでもない、独占欲が高じた執着が燃え上がり行為がエスカレート。
「んぐっ、んんん゛ッ」
「しらけるぜ、ンだよその声。やせ我慢はよせよ」
「も、もういい……とっとと挿れろ」
「下拵えは万端ってか。ローション塗ってるだけで感じちまったのかよ、汁でベトベトじゃん」
ピジョンが手の甲を噛み、必死に声を押し殺す。
苦痛と快楽の狭間で歪む顔が嗜虐心をそそる。
スワローはたっぷり時間をかけ、ピジョンの身体を慣らす。
巧みな指遣いで素肌をなぞり、ピジョンからは見えない粘膜に潤滑剤をすりこみ、粘着質な水音を立たせる。
「三年待たされた仕返しだ」
「……ッ、」
ピジョンが混乱する。
一瞬見開かれた瞳が潤み、愕然とした表情で弟を見据える。
こんなのズルい。いつもと違う。乱暴にされるのは慣れっこだ、哀しいかな張り倒される心構えはできていた。でもこれは……こんなふうに丁寧に扱われるのは……
「お前がやさしいと気持ち悪い」
大事にされていると、おめでたい勘違いをしそうになる。
日頃酷いコイツも心の底ではちょっとだけ俺を大事に思ってるんじゃないかとか、愛情を抱いてるんじゃないかとか思い上がりたくなる。
ちょろいな、俺。
まったく、涙がでるほどちょろい。
スワローに限ってそんなはずないのに、コイツに人の心なんてあるわけないのに、ちょっと優しくされただけで勘違いしてしまう自分の弱さが憎い。
酷くされた方がマシだ、変な勘違いしないでいられる。
なにをやらせても弟に遥かに劣る、自分の分をわきまえていられる。
俺はスワローの引き立て役で、足手まといで、お荷物で。
この関係性は、きっと一生変わらなくて。
「入れるぞ」
「あッああああああッあ!?」
本気で変えたいと思っているのか、その覚悟が自分にあるのかさえわからなくて。
羨望と嫉妬と劣等感が汚いパレットのようにごちゃ混ぜになって、愛憎が濃く煮詰まる。
弟と関係するなんて異常だ、近親相姦は神の教えに背く大罪だ。
兄弟で、男同士で、アナルセックスで。
何重にもタブーを犯して、それでもコイツと繋がりたいと思ってしまうのは何故だ?
一言断り、スワローが入ってくる。
赤黒く勃起したペニスが肛門にめりこみ、凄まじい圧迫感で内臓が押しやられる。いくらほぐされていてもキツいものはキツい、ローションの滑りに乗じリズミカルに滑走するペニス、へその裏ごしに前立腺を突いてピジョンを高みに上らせる。
「あッあッあふァ」
スワローが中にいる、入ってる。飴玉なんて比較にならない熱と質量が膨らんで体の内側から狂わされる、排泄器官が新品のヴァギナに作り替えられていく、ピジョンは赤ん坊みたいに口半開きで涎をたれながす、三年間待った瞬間が遂に訪れ感無量のスワローが目を閉じる、夢中で腰を使い兄を追い上げて汗をかく。
「っ……すっげ締まる……」
「すわ、ろ、もうちょ、ゆっくり、ぅあっ、ひあっ」
「ローションで中も外もヌルヌルだ。内腿てかってんのわかるだろ?うねって……絡み付いて……」
「いう、な、聞きたく、ない、ひっ」
羞恥心が爆発する。
スワローに指摘された身体の変化……ピジョン自身が一番痛感している。ビーの指や飴玉じゃ決して味わえない満足感と快感。目が回る。堕ちていく。一突きごとに理性が蒸発していく。
「童貞捨てる前に処女食われちまったな」
「ッは……」
「見せろよ」
両手を交差させ顔を隠す。
スワローが兄の手首を掴み、行為中の表情を暴く。
「ビッチの顔だ」
「知るかそんなこと……お前が俺を、こうしたんじゃないか」
スワローと繋がっている事実に髄から悦びを感じる。
スワローのペニスを粘膜が型取り、鋭い性感が全身の皮膚を駆け巡る。
三年間、心の底ではずっとこうしたかったのだろうか?
わからない。わかりたくない。
たとえ悪あがきにすぎなくとも、認めてしまえば全部おしまいだ。
この三年間の努力も忍耐もなにもかも水の泡だ。
弟に欲情しているなんて、
「お前の匂い……とか。俺にさわる感じとか……思い出すと、止まらなくて」
弟に欲情されてるなんて、
「一人でヤッてたの?かわいい」
「お互い様だろ……」
「プライバシーがねえから参るぜ。せいぜいトイレにこもるのが関の山だ」
「お前が帰ってこない夜……ベッドや荷台で……」
「パンツん中蒸らして、隠れてシコってたのか」
「母さんが寝たの確かめてから……」
何言ってるんだ?気持ちよさのあまり、熱に浮かされ口走る。
いいさ、この際だ、まるっと白状してしまえ。懺悔するチャンスは今しかない、マスの恥はかき捨てだ。
快楽とせめぎあう秘めたる罪悪感に駆られ、無我夢中で縋り付く。
「さみ、しくて。ベッドが広いと、寝れなくて。おかしいってわかってる……兄さんだからしっかりしなきゃいけないのに、お前のお手本でいなきゃいけないのに、そうなれないのが歯がゆくて。お前にさわられるの……いやだけど、いやじゃない……夜になると、疼いて。右手、ふぁ、止まんなくって……いけないことだってわかってる、でもお前にさわられるのが一番気持ちいいって知ってるんだ」
俺はもうすっかりおかしい、完全に骨抜きにされてる。
兄弟同士のセックスが一番気持ちいいってどう考えてもおかしいだろ?
理性が責め立てる。本能が堕落する。
三年間、放置プレイが苦しかったのは同じだ。
ピジョンとスワローは同じ苦しみを分け合っていた。とぼけて、強がって、虚勢を張って。心の底ではこの瞬間を渇望していた。
人としての相性は最悪だが、体の相性は最高だ。
「ぅあ、あ」
スワローの背中に腕を回し、強く強く抱きしめる。
広い背中に爪を立て、下半身を突き上げる衝撃に耐える。弟の胸でおそろいのタグが揺れる、はねる、ブレる。ペニスが出し入れされるごとローションがじゅぷじゅぷ激しく音をたてる、襞が巻き上げられ前立腺を弾く、肉が打ち合う音が甲高く響く。
コイツ、こんなカオでだれかを抱くのか。
初めて知った。
こみ上げる射精欲を堪え、くりかえし腰を叩き付けるスワローの顔には野卑な笑みが浮かんでいる。
剥き出しの腕。光輪を戴く鳩と荊の冠を被る燕の刺青が、肌の上気に伴って一際色彩の鮮やかさを増す。
刺青の残像が瞼の裏に焼き付き、様々な思い出が高速で駆け抜けていく。
よちよち歩きのスワローを手拍子で誘導した幼い日々、靴紐の結び方を教えてやったこと、蟻地獄を蹂躙する意固地な後ろ姿、ドラム缶に腰かけてスリングショットの練習を見ていた少年時代……
『お前をオトナにしてやったのだれか忘れてねえよな』
忘れてない。忘れられるもんか。
ピジョンを大人にしたのがスワローなら、ピジョンの穴を女にしたのもスワローだ。
コイツには責任をとる義務がある。
『じゃ怒れよ!キレろよ!馬鹿にしてんだよ、犯してんだよ、テメエのチンポいじくり倒して無理矢理イかせようとしてる相手に哀れっぽく媚売ってんじゃねえ、それとも何かテメェはべそべそべそかいてりゃ許してもらえると思ってんのか、股ぐら蹴り上げて一発やり返す位の根性見せろよ!?』
俺の為にキレるのは、母さんの他にお前だけだ。
『俺の兄貴に手を出すな』
レイヴンに啖呵を切ったスワロー。
助けに行って逆に助けられた、コイツがいたから死地を抜け出せた、あの人を追い詰められた。
コイツがいたから。コイツのせいで。コイツがいてくれたから。
『責任とれよ兄貴』
『デマだったら犯すぞ』
こっちのセリフだ。
本当にコイツは、ちびの頃からガマンがきかないヤツだった。
「どうした」
上の空のピジョンに声をかける。
無意識に手ををのばし、汗ばんだ顔を引き寄せる。
自分と同じ赤茶の瞳の奥を覗きこみ、ゆっくりと睫毛を伏せ唇を重ねる。
小鳩が啄むような、慈しみ深いキス。
「……いいのかよ」
「なにが」
「キスはホントに好きなヤツとするんだろ」
前に言ったの、覚えてたのか。
抽挿を一時中断、当惑顔で見下ろすスワロー。優美な睫毛が飾る赤茶の瞳に動揺の波紋が広がる。
顔を背けて諦めの瞬き一回、降参を認めるようごく小さく呟く。
「……だからだよ」
恋愛感情なのか肉親の情なのか、はたまたそれ以外のなにかすらわからない厄介な執着を持て余し、一途な瞳に一抹の悪戯心を添えて見返す。
「お前はしてくれないの?」
純粋な好意とよぶには余計な成分が混ざりすぎている。
俺はただ、コイツがほしいだけなのかもしれない。
コイツの体に溺れてるだけなのかもしれない。
ごく早い段階で気持ちいいことを覚え込まされ、すっかりその中毒になって、自分に手錠をかけているだけかもしれない。
それで、いい。
「……淫乱」
「遺伝だろ」
「そうだな」
「お前も負けてないよ。ド淫乱だ」
「言うじゃねェか」
「下品な方が気持ちよくなれるじゃないか」
コイツと一緒に、どこまでも堕ちたい。
スワローがピジョンに覆い被さって、頬を手挟んで唇を重ねる。
舌は突っ込まない。
柔く繊細な感触をはみ、舌で軽くなぞり、官能のさざなみを味わい尽くす。
下半身は繋がったまま、求めに応じて律義に反応を返す。
「……前にミルクタンクヘヴンの風俗嬢が言ってたこと思い出した」
「スイートたちが……?なんて」
未練たらしく唇をはなし、彼一流のとことん不敵な笑みで切り返す。
「兄貴のキスは売女を処女に変えて、俺のキスは処女を売女に変えるんだとさ」
さらに真意を問おうとし、そうはさせまいとスワローが指の股に指をかけ、グッと組み合わせる。
「……お前がヴァージンでもそうじゃなくても関係ない」
「俺も。兄貴がビッチだろうがそうじゃなかろうが関係ねェ、むしろ興奮する」
「最後のいらない……」
せっかくいい話になりかけたのに、とピジョンががっくりする。
処女でも非処女でも生娘でも売女でも関係ない。
大事なのはお互いがお互いであること、ピジョンがピジョンでスワローがスワローであることのみ、互いに所有格で語るのを許す関係である事実のみ。
「!ふァっ、やッうあ、あッあひっァうぅ」
「とんじまえよ兄貴。天国の扉をぶっ叩いてイエスさんに中指立ててこい」
抽送再開、前にも増した激しさで続けざま腰を抉り込めばピジョンがシーツを蹴ってよがりまくる。
互いの粘膜が濃密に絡んで立てる音、体液と潤滑剤を捏ね回す水音が興奮を加速させる。
「すわろっ、あッ、すわろ、ふァッああああッひァッ!?」
ピジョンの目にしめやかな水膜が張り、スワローが組み伏せた手の握力が強まる。もう気持ち良すぎて何もわからない、絶頂が近付いて我を忘れる。
体内のスワローが膨張、ピジョンの中を行き来する。正気を失ったピジョンがかわいくて、めちゃくちゃにしてやりたくて、加減を忘れてぶちこみ続ける。
「ふァっ、あふ、ふっァあ」
処女を売女に変えるキスがピジョンを淫らに乱し、売女を処女に変えるキスがスワローの|恥部《トラウマ》をすすぐ。
ぐっしょり湿って額に張り付くピンクゴールドの髪、目尻に滲んだ涙、わけもわからず弟の名を連呼して助けを求める、どちらからともなくキスを求めて唇を貪る、タグの鎖が絡んで玲瓏と旋律を奏でる、刺青の鳩と燕が震えてスワローの皮膚を染め上げる。
「イッちまえよ兄貴。いまなら飛べるだろ?」
「一緒が、いい」
一人でイくのは寂しい。独りは怖い。
スワローは約束を守ってくれた。死ぬほど気持ちよくしてくれた。今度は俺が応える番だ。膝を閉じてスワローの腰を締め付け、密着の度合いを極限まで高め、絶頂目前の弟の耳元で囁く。
「飛ぶなら、一緒だ」
片翼の鳩と燕も、番なら飛べる。
俺とコイツは一緒にいなきゃだめな運命なんだ。
「あッあッあッあッああッひァっふあッああああああッあ!!」
「うあっ……」
吐息に交えた囁きが刺激となりスワローが最奥を穿ち、最後の一滴まで容赦なく搾り尽くすよう中が収縮。
喉仰け反らせ絶叫するピジョンの上でスワローが果て、二人の真ん中に挟まれ、タグ同士がキスをする。
そして二人は結ばれた。
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