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第3話紫音
アルファとオメガは互いに求め合う。
それは本能的なものであり、抗うのは難しい。
確かに、発情したオメガの匂いは麻薬のように甘美なものだった。
けれど俺はオメガを番にすることはできず、今に至る。
同じアルファの、しかも八も年下の少年に片想いし続けている自分は本当に愚かだと思う。
三本目の煙草を吸い終わった時、スマホがメッセージの着信を告げる。
相手は紫音だった。
子供の頃からの友人……というよりも悪友に近いかもしれない。
オメガでありながら医師をめざし、今は病院で研修医をしている。
彼には、人の辛さや苦しみの記憶を消す、という能力がある。
その力でたくさんの人を苦しみから救ってきた。
欠点は、その記憶を紫音は見ることになってしまい、能力を使った後はしばらく体調を崩してしまう事だろう。
紫音は事件、事故、殺人などに関わった人たちの記憶を消してきた。
そして紫音はその記憶を覚えているわけじゃない。
しょせん他人の記憶であるため、すぐ忘れてしまうらしい。
昔、紫音はオミの記憶を何度か消している。
両親が死んだ爆発事件の後、誘拐されてレイプされた後。
なのにオミはその時のことを思い出してしまい、苦しむことがある。
紫音曰く、強すぎる記憶は完全に消すことが難しいらしい。
どうしても断片が残ってしまう、と言っていた。
『着いたぞ』
俺が紫音に連絡して、三十分も経っていない。
彼が働く病院のそばには総合科学研究所と言う施設がある。
アルファやオメガ、それに超能力について研究している施設だ。
素質あり、と認められた子供を集め、研究、実験を行っている。
俺は紫音やオミたちとそこで出会った。
そこには瞬間転移の能力者がいる。
彼に送ってもらったのだろう。
俺は椅子から立ち上がり、部屋を出る。
玄関に向かう前にリビングに寄ると、オミは寝息を立てて眠っていた。
苦しんでいるときにそばにいられないのは心苦しい。
落ち着いたのならいいけれど。
リビングを抜け、俺は玄関へと向かう。
玄関を開けると、むすっとした顔をした白衣姿の紫音が立っていた。
長めの黒髪に、不機嫌そうな一重の黒い瞳。
どうも俺の知るオメガは誰ひとりとしてそれっぽくない。
オメガはもっと可愛らしいものだと思っていたけれど、紫音には可愛らしさが微塵もない。
「で、何があったんだよ」
不機嫌な声で言いながら、紫音は中に入ってきた。
「オミがパニック起こして。薬は飲ませて今は寝てる」
「寝てるんなら、僕、いらなくね?」
「事は深刻なんだよ」
俺が言うと、紫音は靴を脱いだ後、不思議そうな顔で俺を見た。
「どういう意味だよ」
「あの子、アルと感覚が繋がることがあるって話、聞いたことある?」
「あぁ。聞いたことあるけど」
「別に、普段ならいいんだけどね。アル、今、番の所にいっていて」
そこで俺は口を閉ざす。
紫音は顔をしかめ、言った。
「あ、読めたぞ。セックスしてるときに繋がったとか? そんなのなったらパニくるに決まってるじゃねえか」
紫音の察しがよくてよかった。
「そんな状態で俺とふたりきりとか、拷問だからね」
「なんだよ、お前がオミ襲わねえように、僕に見張らせようって話? お前、番作ればいいじゃねえの。そうすれば欲情しなくなるんじゃね」
国に用意された番を奪われた俺に、なんて酷なことを言うんだろうか。
俺は苦笑し、紫音を見た。
「じゃあ、紫音が俺の番になる? 俺は構わないけど?」
すると、紫音はあからさまに嫌そうな顔をしてみせた。
「誰がお前みてえな貞操観念崩壊してるやつとヤるかよ。嫌だってーの。だいたいお前、僕に興味なんてひとかけらもないだろ」
「うん、ない」
そう答え、俺はリビングへと入った。
オミはまだソファーで眠っていた。
薬を飲んだし、そもそもオミは一度寝るとなかなか起きない。
あと一時間は起きないだろう。
それでいて、夜はちゃんと寝ているようだから一日何時間寝ているのか不思議に思う時がある。
「俺は部屋にいるからそばにいて欲しいんだ」
「別にいいけどさあ。お前、なんでオミに執着してんの? 八歳も年下の、しかもアルファにさ」
言いながら紫音はオミに近づき、聴診器を取り出す。
「アルファとかわかる前からだよ」
とだけ答え、俺はその場を離れようとする。
「とりあえず大丈夫そうだけど。しばらく様子見ててやるよ。でさ、オミがアルファってわかる前って結構前じゃね?」
その声に仕方なく俺は振り返り、ソファーの前に座り込む紫音に目を向ける。
「そうだね。もう、六年になるかな」
言いながら俺は腕を組んだ。
紫音は一瞬不審な顔をした後、オミの顔と俺の顔を交互に見て言った。
「……ちょっとその話はドン引きするな」
「自分でもおかしいと思ってるし、誰かに話すつもりなんてなかったんだけど」
「でもお前、高校の時にはけっこう遊んでたよな。何人も愛人いたし、ワンナイトも当たり前……」
「別に、好きでもない相手ならいくらでも抱けるしね」
「俺には理解できねえよ」
紫音はげんなりした顔で言い、床に座り込んだままソファーに背を預け、そこで眠るオミの顔を見る。
寝息の様子から、オミは熟睡しているようだ。
「つうか、髪切ったんだな。別人みてえ」
「本人が切りたいって言いだして。もう、オメガのふりをしている理由はないからって」
「俺には理解できねえよ、オメガのふりとかさ。そのせいでひどい目にあったのに」
「今日は自分の成長止めてた、とか言ってたけど」
「まじかよ、そんなことまでできんのかよ」
この町にはわからないことがたくさんある。
この町に住むとちょっとした超能力が使えるようになる。
けれど町を離れたらたちまちその力を失ってしまう。
その原因は未だにわかっていない。
国はアルファと、強い力を持つ超能力者を増やしたいらしく、その力が遺伝するものなのか研究しているらしい。
俺はよく知らないけれど、遺伝子操作やクローンなど、倫理的に問題のある事もしている、という噂が消えない。
実際、俺によく似た顔の稔、という存在がいて、オミ、という自分の成長を止めることまでできてしまう規格外の存在もいる。
彼らには何かしらの遺伝子操作が行われているのかもしれない、と思うことがある。
「本人が言っていたし、実際アルファにしては小柄すぎるしね。今、百六十五センチ位なはずだから」
「まあ、十七歳だし、これから伸びることはあり得るだろうけど。アルがあのでかさだしな」
オミの双子の弟であるアルの方は、オミよりも十センチ近く背が高い。しかも先祖に白人がいた影響で日本人離れした容姿をしている。
年々明るくなっていく茶色の髪に、エメラルドのような色の瞳。
まるでおとぎ話の王子様のような容姿であるため女子人気は高いし、学校ではアルファである、という噂が流れているらしい。
「成長止められる能力って、ばれたらやばくね? 身体の時間経過を止められるってことだろ?」
「俺は国に報告するつもりはないよ。そんなことしたら、俺から奪われてしまう」
強い力を持つ能力者は、この町から自由に出ることができない。
オミもそうだし、アルも。俺も、紫音も。
紫音の場合、少々特殊な能力であるから、と言うのがあるけれど。
もし、身体の成長を止める力の事が知られてしまったら、オミは閉じ込められて実験漬けにされてしまうだろう。
身も心も壊される。
そんなこと、許せるわけがない。
どうか誰にも知られませんように。
「お前さ、あんだけ愛人囲っておいて、オミには手を出してねーのが不思議だよ」
「今、愛人はひとりしかいないよ。それに無理やり抱いたら永遠に心を閉ざされてしまうじゃないか。俺は待ち続けるよ。トラウマから解放されて、俺を受け入れられるようになるまで」
卒業するまであと一年少々。
約束の日まで無事、過ぎますように。
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