「トラウマねえ。本人そこまで覚えてねえはずなんだけどなあ。僕が消せるものは消したはずなのに。余程ショックだったんだろうな」 　言いながら紫音は膝を抱える。 　 「紫音の力がなかったらオミもアルも、他の人たちももっと苦しんでるでしょ。羨ましいよ、人の役に立てるなんて」 　俺は雷を操る力を持っている。 　おかげで昔は家電製品を壊すことがあったため、母親との関係は険悪だ。 　物を壊し、傷つける力は大して役に立たない。 　紫音は恥ずかしそうに顔を紅くして、俯いて言った。 「そんなふうに言われたこと、殆どねぇぞ」 「そうなの？」 「だって、僕が記憶消した相手は、僕が何者か忘れてるから」　 　苦しみや辛さに関連する記憶を消す、ということは、その記憶を消すために現れた紫音の事もわからなくなる、ということか。 「そもそも力使ったあとは吸い上げた相手の記憶で僕もぐちゃぐちゃになって、すぐそこを離れて寝るから……感謝も何もねぇんだよ」 　紫音は力を吸い上げたあと相手の記憶がしばらく残るらしい。 　時間が経てば忘れるそうだが、その記憶の大半は悲惨なものでしばらくの間体調を崩すことが多かった。 「まあ、感謝されたいわけじゃねぇし。僕は僕のできることをしてるだけだからな。ところでさあ、お前、本気なのかよ」 　言いながら、紫音は顔を上げる。 「何が」 「アルファ同士なんて、どうかしてると思ってさ」 　そんなのは自分でもわかってる。だからといってアル以外のオメガがいるだろうか？ 　そんなもの、俺には必要ない。 　俺は、紫音に近づき彼の横にしゃがむと顔を近づけて言った。 「じゃあ、お前が相手してくれるの？　俺は構わないんだけど」 　そう笑いかけると、紫音は顔を真っ赤にして首を横に振った。 「だから嫌だっての。つぎンなこと言ったら絶交だからな！」 「絶交かぁ。それは嫌だな」 「だから、冗談言うんじゃねぇよ」 「俺としては子供を生むためだけなら紫音でもいいんだけど」 　すると、紫音は目を細めて、 「お前、さいてーだな」 　と、飽きれた様子で言った。 「だって、何で国がアルファとかオメガを管理してるかっていったら増やすためじゃない？　アルファがベータと結婚されてもこまるし、オメガがレイプの被害者になって相手のわからない子供を妊娠しても困るわけだよ。俺と紫音なら、べつに問題ないでしょ？　婚姻届を出さなくても子供は作れるんだし」 「……僕、ときどきなんでお前と友達関係続けているのか不思議に思うよ」 「紫音は優しいからね」 　と言い、俺は立ち上がる。 　紫音と話したおかげで俺の気持ちもだいぶ落ち着いた。 　早く明日が来ないだろうか。 　長期休みの間は本当にきつい。 　セフレに会えるのは週に一度が限界だし、あとはモデルの仕事のついでに会えるかどうか位だ。 　早く、オミが俺の相手をしてくれるようになったらいいのに。 　あと一年。 　早く時が過ぎないだろうか。 　午後五時過ぎ。 　何も知らないアルが帰宅した。 　彼は、ソファーで青白い顔をして寝転がるオミと、彼と会話する紫音を見て首を傾げて言った。 「何かあったの？」 　おおありだけど、アルに言ったところで意味はないので笑って誤魔化し、夕飯の用意を手伝うよう伝えた。 　どうせオミはろくに食べようとしないだろうから、スパゲティでスープを二種類用意した。 　それにレタスやキャベツ、ツナなどをのせたサラダを大きなガラスの器に盛り付ける。 　やっとソファーから起き上がったオミは、アルの姿に気が付くと顔を伏せ、黙って立ち上がり廊下へと出て行ってしまった。 　その後を、紫音が追いかけていく。 　普段は弟にべったりなのに、顔を見た瞬間離れていくと言う事は、昼間の事を思い出したんだろう。 　ということは、向かったのは自分の部屋かトイレだろうか。 　できればそばに行きたいけれど、紫音がいるし、俺の出る幕じゃない。 　アルが、扉を見つめて首を傾げる。 「オミ、様子おかしいけど……どうしたの？」 「さあ。俺にもわからないよ」 　言いながら俺は首を横に振る。 　アルに事実を伝える気などさらさらないし、というか知ったところで何かできるわけでもないだろう。 　オミにはアルが何をしているのか見えても、アルにはそれがわからないのだから。 　けれどちょっとだけ、意地悪したい気持ちが出てきてしまう。 　俺は不思議そうな顔をするアルの肩に触れ、耳元に唇を寄せて言った。 「彼の匂いがする」 「……！」 　アルはばっと俺から離れ、顔を真っ赤にして首を横に振る。 「な……なにするのさ？　リン、俺はだって……」 　と言い、そこで口を閉ざしてしまう。 　たぶん、番がいる、と言いたいのだろう。 　アルから、直接彼のことで報告を受けたことはない。 　そんなの匂いでわかるし、わざわざ聞くことでもないと思い聞いてもいない。 　俺は選ばれなかった。 　その事実が残るだけだ。 「紫音がいるんだし大丈夫だよ。ほら、お皿出して」 　言いながら俺は、食器棚の方を示した