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第2話

 あの個室での出来事を大和なりに整理するのは想像以上に難しい。大和は蒼に会うたびに、どうしてもあの時のキスを思い出してしまうからだ。今までどういう顔で、どういう話し方で蒼と接していたのか。それを思い出せないくらい戸惑っている自分が信じられない。  否が応でもほぼ毎日顔を合わせるのに、これでは、意思疎通が大事なグループ活動におかしな歪が生まれてしまうのではないかとさえ考えてしまう。  現にぎこちない大和の態度は、蒼以外のメンバーにも感づかれてしまっている。さっき、勘の良い田知花徹(たちばなとおる)に、早速「何かあったの?」と問われ、大和は少し不機嫌に「何でもない」と言い返してしまい後悔しているばかりだ。大和はどうしても徹に当たりが強くなってしまう。徹の逞しいメンタルに安心し、自分の感情を抑えずぶつけてしまう癖が抜けない。  そんな身勝手な自分が嫌で、大和は深い溜息を吐くと、ダンス練習の休憩中に飲んでいるスポーツドリンクを、握りつぶしながら一気に飲み干した。  もうすぐライブツアーが始まる。前回よりも、もっと優れた楽曲とダンスをファンに披露しようと大和たちは息まいている。大和たちは進化し続けることを求められている。そのプレッシャーは確かに大きい。でも、メンバー同士がアイディアを出し合い、練り合い、至極の作品を作る工程は、いつも大和に興奮と幸せを与えてくれる。だから大和は、メンバーがいればいつだって怖くないし、いつだって前を向いて生きて行ける。 「さあ、休憩終わり! 次行こう!」  今井瑞樹(いまいみずき)がメンバーに大きな声で声を掛けた。この天才肌の男のカリスマ性は半端ない。こと振付になると人格が変わるほど集中し、周りが見えなくなるのがたまに傷だが、それでもその情熱と揺るぎない自信は、周りを強く引っ張るだけの説得力があるから、皆、瑞樹を信頼し、迷うことなくついて行く。  瑞樹を羨ましいと思うことはある。大和にもその情熱と才能があったらと。でも、今はそんなことは気にしていない。大和はリーダーとしてメンバーの才能を信じ、時に励ましたり、煽ったりしながら、高みへと昇れるよう皆を見守っていけばいい。それが大和の役割だと思えば、誰を羨ましがるだのという幼稚な考えは消えてなくなる。 (はあ……俺、何格好つけたこと言ってんだろう……。)  大和は、蒼と莉子との一件での自分の愚かな行動を思い出してしまい、また深い溜息を吐いた。 (何がリーダーだ。何が「見守る」だ。自分のこと棚上げして、俺は何を熱く語ってんだ……。)  あの時、大和は蒼に頼らず、ちゃんと強い意志を持って彼女を説得すれば良かった。あんな嘘で誤魔化すような別れ方をするべきじゃなかった。それなのに、大和は蒼の策略にまんまと嵌り、そのせいで、否、そのおかげで別れることはできたが、それによって、この先彼女を騙し続けなければならないという大きな問題を生んでしまった。 (ああ、蒼の奴!)  あいつはおとなしそうに見えて、たまに突拍子もないこと考える怖い奴だ。そこが面白くて大和は大好きなのだが、流石に今回は度を超えている。  大和は、珍しく休憩後すぐに練習に取り掛かる蒼をこっそりと見つめた。普段なら誰よりものんびり練習を再開するのに。 (どうした風の吹き回しだよ。おい。) 「あ、大和さん!」  大和の視線に気づいたのか蒼が大和に手を振って来た。  大和はわざと気づかない振りをしながらストレッチ風な動きをしていたが、やはりそうはいかなかった。  蒼は背を向けた大和に背後から近づくと、大和の腕をしっかりと掴んできた。 「な、何? 俺に何の用?」  大和はひどくぎこちなくそう言うと、その不自然さに気づいたのか、近くにいた何人かのメンバーが大和たちを不思議そうに見つめた。  蒼は、大和の耳に素早く顔を近づけると、そっと耳打ちをした。大和はそれがくすぐったくて、耳打ちされた側の体半分がざわっと粟立った。 「今から元カノのグループがここを一緒に使うんだって。だからなるべく自然体でいようね」 「はあ?」  大和は思わず大きな声で反応してしまい、慌てて口を押えた。 「大丈夫だよね? 今まで通り。普通にね。変な小芝居はいらないからね」  蒼は何だか少しばかり楽しそうにそう言うと、大和の肩を軽く叩き、自分の立ち位置に戻った。 (なっ、何でこんなことに……。)  大和はしばらく項垂れると、まさかと思いスタジオの入り口に目をやった。でも、そこには予想通りの光景が広がっていて、大和はそれに愕然としてしまう。  わらわらと女性グループたちがスタジオの中に入ってくる。その中に莉子の姿を見つけると、大和は目が合ったような気がして慌てて視線を前に戻した。 (まさか、こんなにすぐに会うなんて……。)  大和はどうしても蒼の様子が気になってしまい、自分の後ろにいる蒼にわざわざ振り返って、つい存在を確認してしまう。蒼はそんな大和の視線に気づくと、また後ろから大和に近づき、そっと耳打ちをした。 「莉子さんいるね。俺たちのことさっきからちらちら見てるよ」 「ま、マジか……っておい、じゃあ、俺のこと無視しろよ! 何でわざわざ話しかけんだよっ」  大和は焦ってそう蒼に耳打ちをした。 「二人がまたよりを戻さないようにだよ。分かる? 彼女が俺たちを疑わないように強く印象付けないと」  蒼はとぼけたような顔でそう言うと、また大和に合図でも送るように肩を2回叩く。それはあの個室の時と同じだ。「俺の言うとおりにすれば大丈夫」と、まるで催眠術にでもかけるように、男のくせに変に色気のある妖艶な目で大和を見つめながら、大和の肩に合図を送った。大和はそれに誘われるように、あんな、キスを、蒼と、して、しま……。 「……大和さん!」  はっとして我に返ると、大和の目の前で瑞樹が手を振っていた。 「どうしたの? 練習始めるよ? 大丈夫?」  瑞樹は心配そうに大和を見つめると、メンバーの前に立ち、振付指導の続きを始めた。  大和は気を取り直して、瑞樹から支持されるダンスの動きを自分に叩き込む作業に集中しようとする。でも、莉子の存在と、フォーメーションが変わるたびに近づいたり離れたりする蒼の存在に心が脅かされてしまい、全く頭に叩き込むことができなかった。  大和たちは練習を終わりにすると、宿舎に戻る準備を始めた。大和は隣で練習をしている莉子たちが気になり、また懲りずにこっそり伺ってみた。歌番組出演が近いからか、彼女たちにはまだ練習を終わらせる気配はない。大和は一生懸命に踊る莉子を見ていると、急に罪悪感に苛まれた。 (私の兄がそうなの……。)  あの日以来、莉子のあの言葉が頭から離れなくて辛い。莉子の兄がそうであるなら、その振りをする大和たちは彼らを侮辱しているのと変わらないのではないか。そう思うと、はっきり莉子を振ることができなかった自分の不甲斐なさに、心底嫌気がさす。 「大和さん。後悔先に立たず、だよ」 「えっ?」  大和は驚いて声の聞こえた方に目を向けると、蒼が大和の隣で嫌みな笑みを浮かべながら立っていた。 「分かってるよ。それくらい……ただ、絶対このままじゃダメだろうが。いつか誤解をちゃんと解かないと」  大和は蒼から目を反らすと、床を見つめながらそう言った。 「何を今更……確かに彼女のお兄さんの話は予想外で驚いたけど、これも結果オーライだよ。誰にも言わないっていう彼女を信じて、俺たちは今まで通り接していけばいいじゃん。だって大和さん、この先彼女とまたどうこうなるとかないよね? わざわざ嘘でしたなんて言って謝っても彼女絶対許さないと思うよ? だったら俺たちは今まで通りでいいわけじゃん。なのに何でそんなに俺にぎこちないの?」 (こ、こいつは何を言ってるんだろう。)  大和は蒼が理解できず困惑とともに見つめ返した。何故蒼は自分とあんな小芝居をし、あんなキスを交わしておきながら、自分と普通に接することができるのだろう。そんな蒼の頭の中身がどうなっているのか、大和は今もの凄く気になる。 「あ、当たり前だろう? お前とあんなことしちゃって……何で蒼は平気なんだ?」 「え? どうして? あれは芝居だよ? フェイクだよ? 大和さんこそどうしてそれにそんなにこだわるの?」  蒼に言われてはたと気付いた。確かに、自分の方がそれを意識しているのは何故だろう。これはただのカモフラージュで何の意味もないとことだと一蹴すればいいだけのことなのに。それなのに、蒼に会うたび、蒼の唇と舌の感触が今でも蛇のようにしつこく大和の口腔に残っていて、大和を離そうとしないのだ。 (じゃあ、俺は蒼ともう一度キスがしたいのか?)  大和はそう自問自答してみたが、 「いやいやいや」  と、思わず声に出してしまい、ブンブンと首を横に振った。 「ねえ、大丈夫? 大和さん?」  その時、大和に声を掛けてきたのは蒼ではなく徹だった。徹は大和の肩を優しく抱くと「疲れてるの?」と心配そうに問いかけてきた。 「いや、違う。大丈夫だよ」  大和は徹の肩に手を置くと、そう優しく言った。  徹は大和の二つ下の陽気で人懐っこい男だ。不思議と相性が良いから、プライベートでも買い物や映画に言ったりもする。メンバーの中で一番体が大きくて顔面偏差値も高い。でも、どこか抜けていて憎めない男。 「駄目だよ。辛いときは我慢しないこと。それは相手に迷惑を掛けないことじゃないよ。むしろ、我慢してどうにかなっちゃう方が大迷惑なんだからね」  こんな風に周りをよく見ていて、一早くメンバーの変化に気づき、躊躇うことなく声をかけることができるスマートさは、本当に見習うべきところだ。でも、こいつは少し行動が雑で危なっかしいところがある。そんな部分も含めてこの男の魅力ではあるのだが。 「分かってるよ」  大和はそうぶっきらぼうに言い返した。 「それならいいけどね。あ、あのさ、今から飯食い行かない? 俺たちの宿舎から近い、いつものメキシカンレストランで」 「え? 二人で?」 「ううん。蒼さんも一緒」 「は? マジ?」 「何で? 俺と二人の方がいいの? 練習始まる前から俺が蒼さん誘っちゃってたからさ、今更断れないもん。蒼さんが大和さんも誘えばって言うからさ。まあ、大和さんがどうしても俺と二人がいいって言うなら、蒼さんに伝えるけどね」 「い、言わなくていい」 「え? どうしたの? 急に怖い顔して」  徹は眉根を寄せながら大和を見ると、不思議そうにそう言った。 「いや、言わなくていいよ。分かった。三人で行こう」  大和は急いで蒼を探したが、スタジオには既にいないのか姿が見つからない。 (あいつ、いつの間に消えやがった?)   大和は蒼に対する憤りを胸にしたまま荷物を掴むと、重い足取りでスタジオを後にした。  宿舎に着きシャワーを浴びて着替えると、大和は自分の顔に化粧水を付けながら両頬を思い切り叩いた。  落ち着いて物事を考える癖を付けないと。自分は困難に直面すると、すぐにそれを手放したくてつい浅はかな行動を取ってしまう。これを機に、自分はもっとリーダーとして成長する必要がある。 大和は気合を入れるために、もう一度強く自分の両頬を叩いた。  行きつけのメキシカンレストランは、この時間は想像通り混んでいた。でも、混雑のリスクとこの店のタコスを天秤にかけても、迷わずタコスを選ぶぐらいこの店のタコスは最高においしい。でも、流石に今日は今まで以上の激混みで、大和たちはダンスレッスンで疲れていたのもあり、諦めて別の店に行こうとしたら、店側の店長が丁度キャンセルになった個室を大和たちに与えてくれ、そこで食べられるようになった。  明るいピンクの壁と、白と赤のギンガムチェックのクロスがかかるテーブルが特徴的な部屋で、このメキシカンな色彩が少しだけ大和の心に元気を与えてくれる。  大和たちはテーブルに着くと、迷わず三人ともタコスを頼んだ。大和はそれにテキーラを追加すると、二人が呆れたように大和を見つめた。 「大丈夫? 飲み過ぎないでね」  徹がまるで大和の母親のようにそう言うから、大和はおかしくなって思わず吹いた。 「大丈夫だよ。一杯しか飲まないから」  そう言う大和を、蒼はただ黙って見ていた。  タコスとテキーラが届くと、大和たちは腹が減っていたから、ただ無言で黙々と食べ続けた。わざわざ三人で食事をする意味などないくらい、大和たちはひたすら黙って食べ続けた。 「ねえ、何か最近大和さんが元気なく見えるのは、もしかして元カノの莉子さんが関係したりする?」  徹は口の中をタコスでいっぱいにしながら、いきなりド直球なことを大和に投げ付けて来た。大和は焦ってしまい、まだ咀嚼の足りないタコスを、思わずごくりと喉を鳴らして飲み込んだ。 「な、何でそう思うんだ?」  胸につかえたタコスをテキーラで一気に流し込むと、大和はそう慌てて聞き返した。 「え? 俺莉子さんのグループの中に仲いい子がいてさ、あ、勿論男女の関係じゃないよ。女友達ね。その子が最近莉子さんの様子がおかしいから、大和さんと何かあったのかなぁって心配してたんだよね。だからそう思ったわけ」 「それっていつ頃の話?」  蒼がいきなり話に割って入って来たから、大和は蒼を縋るように見つめた。 「え? 三、四日前くらい」 「ふーん」  蒼はさほど興味がないというような態度でそう言うと、おもむろにタコスを頬張った。 「何? 何? やっぱり何かあったの? もしかして蒼さんも絡んでたりするの?」  徹はあからさまに前のめりになると、ワクワクしたように蒼に問いかけた。  蒼はさっさとタコスを食べ切ると、勿体ぶったように目の前の水を一口飲んだ。大和はテキーラを一気に飲んだせいと、徹の口から出た莉子の話がショックで、頭がかなりグラグラしてしまっている。 「まあ、関係してなくはないかな。ね、大和さん」  蒼は大和を意味深な目で見つめた。 「は? あ、蒼、何言ってんだよ……」  大和は、蒼がまさかここであの夜の出来事を話すのではないかと思い、必死に止めろと目で訴えた。 「え? 何? 二人何でそんな見つめ合ってんの?」  徹は不思議そうに大和たちを交互に見つめた。  しかし、今気づいたが、どうして今日大和たちは3人で夕飯を食べているのだろう。こうなるよう仕向けたのは蒼だ。大和は蒼が何を考えているのか分からず、不安が募り始める。 「大和さんが莉子さんと上手く別れられずにいたから、俺たち恋人同士なんだって嘘ついて諦めて貰ったんだよ。これが大成功でさ。どうやら莉子さんのお兄さんが同性愛者らしくて、彼女そういうのに理解があるから、俺たちのことは誰にも言わないって約束してくれたんだよ。つーかむしろ応援されてるくらいかな」 「はあ? マジ?! それ、やってること最低じゃない?」  徹は前のめりから逆に、今度は椅子を後ろに倒れんばかりに引いている。 「最低じゃないよ。彼女かなりしつこかったから。このまま放っておいたらストカーにもなり兼ねなかったし。俺たちグループを守るためだよ。スキャンダルだけは絶対NGだからね」  蒼は感情のない人間みたいに淡々とそう話す。大和はここでこの事実を徹に話す蒼の意図が読めず、テキーラのせいで頭が上手く働かないのも相まって、ただただ途方に暮れてしまう。 「蒼、お前何がしたいんだよ、徹にこんなことわざわざ話してさ。ああ、あれか? 女一人うまく扱えない俺を、メンバーみんなで笑い者にしたいのか?」  大和はもう自棄になりながら蒼に声を荒げてそう言った。大和の気持ちは蒼に対する怒りと不信感でごちゃ混ぜになっていて、ついでに大和の頭もテキーラのせいでごちゃまぜになっている。 「違うよ。そうじゃない。大和さんは莉子さんを騙したこと後悔してる?」 「そ、そんなの、してるに決まってんだろう」 「本当は嘘だよって伝えたい?」 「ああ、もちろん伝えたいよ」 「それでまたよりを戻したりしない?」 「まさかしないよ……ってちょいちょい、何だよ、この質問攻め」  大和は半分目を瞑りながら腕組をし、蒼の質問にただうんうんと頷きながら答えている。駄目だ。今日ばかりは完全無的な大和が完全にテキーラに負けている。 「分かったよ。じゃあ、俺が責任取るよ。俺のせいでもあるしね」  蒼が突然意表を突くことを言うから、大和は瞑っていた目を見開いた。 「え? 蒼さんどうするの?」  徹がまた好奇心丸出しの態度で、大きな体をテーブルの前に乗り出して来る。 「俺がちゃんと彼女に説明する。あれは嘘だったって。大丈夫。今度こそちゃんと説得するよ。だから安心して大和さん」  蒼は余裕ある笑みを浮かべながら、大和に優しくそう言った。 「待て、それは本来俺の役目だろう? 今度こそ俺が莉子とちゃんと別かれて来るから、蒼にはもう迷惑かけないから」  大和は焦ってそう言った。一度こうと決めたら意外と蒼は頑固な奴だから。 「はいはい。期待を裏切る男。その名は須田大和。無理だよ。俺に任せて」 「いや、蒼、それはやっぱり」 「あはは! いいんじゃない。大和さん。蒼さんに任せなよ。多分絶対蒼さんの方が適役だよ」  徹は楽しそうにテンションを上げながらそう言うから、大和はそれに堪らなくムカついて、徹の首に腕を回すと軽く締め上げた。 「うぐっ、やめて……」 「それでさ、徹、頼みがあるんだけど」  蒼はそう言うと、徹を射るように見つめた。 「え? 何?」 「莉子さんの友達に、俺が莉子さんに会って話がしたいって言ってたって伝えてくれるかな? 後で時間と場所教えるから。俺は自分から連絡は取りたくないんだ。携帯番号も知られたくないし」 「はーん。流石蒼さん。抜け目ないな……あれ? もしかして、俺にそれを頼むために今日3人で食事したの? でも、俺が莉子さんの友達と仲がいいって知ってったっけ?」  徹は蒼をしみじみと見つめながら感心したようにそう言った。 「ルームメイトだろう? 俺たち。お前この間、部屋でその女友達とでかい声で話してたじゃん。つーかお前の方がスキャンダル心配だぞ、マジで」  蒼は呆れたようにそう言うと、グラスの水を一気に飲み干した。 「あれ? 大和さん大丈夫?」    徹が、自分の肩に乗った大和の腕を優しく下すとそう言った。 「んん? ああ、だ、大丈夫だ……」  大和はもう頭が猛烈に重くて、テーブルに突っ伏したまま頭を持ち上げることができなくなっている。 「うわ~、こんな大和さん初めて見た!」  遠くで徹の驚くような声がした。 「そうだな、でも、しばらくこうしておけば、大和さんならその内復活するよ」  蒼が呑気にそう言うから、大和は何だか頭に来て、「俺をこんな状態にしたのはお前なんだよ!」と悪態をつきたかったが、今はそれがどうしても叶わない。 「うーん、何か、こんな無防備な大和さん、ちょっとドキドキするな。可愛くない?」  聞こえたくもない、徹の気持ち悪い会話が更に遠くで聞こえる。 「何言ってんだよ。そんなの俺は練習生の時から思ってるよ」 (え?……。)  大和は蒼の言葉に衝撃を受けるが、頭がぼーっとしてしまい、それが夢か現実かの判断が上手くできない。 「徹、先帰れよ。後は俺に任せろ」  蒼が年上らしくそう威圧的に言った。 「はっ、何それ。独り占めするつもりかよ。狡いな~」  徹は拗ねたようにそう言った。 「はあ? 文句あんのかよ。さっさと帰れよ」  蒼は少し苛立ちを滲ませた声でそう言った。 「はあ~、蒼さん。何か知らんけど、大和さんを苦しめたら俺が承知しないからね」  大和はもう意識を手放しそうだった。だから、最後の徹の言葉が何を意味しているのか、さっぱり理解できなかった……。

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