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第13話

 毎日が、霞が掛ったようにクリアじゃなくて、意識がぼんやりと何処か遠くへ行ってしまう瞬間が多くて、そんな自分はここに居ていいのかとすら思ってしまうほどに、心に力が入らない。  ちょっと前までの蒼は、生きる力に漲っていた。大和との関係は確かに先の見えない綱渡りのようなものだったけど、そんなリスクを忘れるほど、蒼は大和と恋をしていた日々の方が確実に輝いていた。でも、大和は違っていたのだ。蒼との関係を続けても、その先にあるのは幸せではないと判断したのだ。お互いに前を向いて歩いて行けるようそう決めたのなら、蒼は今確実に前を向いて歩けていない。どう頑張ろうとしても、心の中の空洞を埋める力が全く沸いてこない。時間が経てばその空洞は徐々に埋まっていくのかもしれない。でも蒼は蒼と大和とのあの大切な蜜月を時間でなど風化させたくない。今この瞬間も蒼は大和に何度だって触れたいし、キスがしたい。あの瞳を飽きるほど見つめていたいし、二人でもっと色んなことをしてみたい。そんなことを考えると、蒼は自然と涙が滲んできて、部屋の天井が段々と歪んで見えてくる。  宿舎で蒼と大和が二人きりになれる日が来たら、蒼たちはそこで終わりだ。蒼はあのカフェで大和が言った覚悟が心の底から嬉しかったのは事実だ。でも、それが蒼たちの終わりを迎える決定打となることに、蒼の心は喜びから一瞬で計り知れない悲しみへと変わった。  二人きりになれるチャンスなど二度と来なければいいと思うのに、蒼はやっぱり大和を抱きたいと強く思う。大和と溶け合うように一つになりたいと強く。でも、その欲望を蒼が持つということは、この先に待っている絶望的な終焉を受け入れることと同じなのだ。そのジレンマに蒼は頭がおかしくなりそうになる。こんな辛い提案をする大和を心から憎みたいほどに。でも、蒼はそれをしてはいけない。始めたのは蒼だから、蒼が大和を巻き込んだのだから。それだけは何も変わらない事実だということを、蒼は絶対に忘れてはいけない。 (ねえ、大和さんは平気なの? 俺もうこのまま死んじゃうかもしれない……心に力が入らないんだ……。)  そんな弱気な呟きを、危うく口に出しそうになってやめたのは、蒼の目の上に見慣れた顔がひょっこり現れたからだ。 「泣いてるの? まさか……」  「ん? ああ、泣いてるように見えるか?」 「見えるよ。やだな。もう。蒼さんが泣いてるの初めて見たよ。正直見たくなかったな」 「何でだよ。俺だって人の子だよ。泣くよ? ふつーに」 「偉そうに言わないでよ。は~、本当に困ったな。そんなんじゃもう引退するしかないじゃん。蒼さんのファンが泣くよ? 結構人気あるんだから」  徹は眉間に皺を寄せながら蒼のベッドに腰かけた。ぎしっとベッドがきしみ蒼の体が斜めに傾く。 「結構ってなんだよ。かなりだろ?」 「そこ食いつくとこじゃないよ。もう……そんな風じゃ大和さんも辛いじゃん。俺、大和さんの決断は正しいと思うけど、やっぱり別れることで苦しむ二人を見てるのは辛いんだよ。俺がどう慰めたって意味ないかもしれないけど、とにかく、前へ進むしかないよ」 「……分かってるよ。そんなの。嫌ってくらい……ただ、身体にも心にも力が入らないんだよ。喪失感がもう、とんでもなく半端なくて」   徹は苦しそうに溜息を漏らすと、蒼を上から見下ろした。  「別に、離れ離れになるわけじゃないじゃん。ずっと一緒に活動できるんだし。まあ、それが逆に辛いかもしれないけど、蒼さんはさ、大和さんに対する感情をもっと冷静になって見つめるべきだよ。これは一時的なバグなんだぐらいの気持ちでさ」 「バグなんて、徹、お前ひどいこと言うな」と蒼は心の中で思ったけど、本当にこの感情は蒼の脳の誤作動によるものなのだろうか? でも、蒼は自分にそう問いかけてもすぐに答えを出せる。違う。蒼はもうずっと前から大和が好きだった。ただはっきりと自覚するまでに時間がかかっただけで。   蒼はむくりと起き上がると、スマホを掴んだ。電源を入れるとすぐ、ファンとの交流サイトのコメント投稿のお知らせがずらっと画面に並んでいる。蒼はそこに大和の名前を見つけると、すかさずタップをした。そこには見慣れた公園の景色と、バスケットボールがバスケットコートに転がっている画像が二枚載せられている。その画像から、蒼は大和の居場所を素早く特定する。アップされた時間は二分前。まだ間に合う。蒼はベッドから飛び降りると、クローゼットからジャンパーを取り出しそれは素早く着込んだ。 「え? どこ行くの? あ、まさかっ」  徹はスマホの画面を見つめると、慌ててタップする。 「ねえ、もう遅いよ。やめなよ。気持ちは分かるけど、終わりにしたんだよね?」   徹は困ったようにそう言うと、蒼を縋るように見つめた。 「そうだよ。でもまだ時間はある」 「え? どういう意味?」  蒼はもちろん徹に、大和と蒼が宿舎で繋がる時が本当の別れだということは話していない。そこまで言う必要などないし、それは蒼たち二人のセンシティブな問題だからだ。 「大丈夫だよ。俺を信じろ」   蒼は自分でもかなり適当なことを言っているなと呆れながら、部屋のドアを開け、真っ直ぐ公園に向かった。  3月の上旬の風はまだまだ冷たく、ましてや深夜だと余計身に染みる。早く春が来れば良いとは思うが、時の流れの速さを願うということは、蒼と大和の終わりを早めるのと同じだ。   蒼は自分の中で生まれるジレンマに大声で叫びたい気持ちと戦いながら、大和がいる場所まで自転車を走らせた。  距離にするとだいたい三キロ弱。蒼は勢いのままいきなり飛び出してきたが、まさか大和が誰かと一緒にいるかもしれないという可能性など全く考えずにここまで来てしまった。でもきっと一人だ。大和はたまに、こんな風に特に理由もなく夜の街へ飛び出すことが良くあるから。  はあはあと息を切らしながら、公園内にあるバスケットコートまで自転車を漕いだ。ここは湖のほとりにある公園で、都会のオアシスのような憩いの場所だ。  バスケットコートは夜でも遊べるようにライトが一か所だけ灯されている。流石に夜中の十二時を過ぎているから薄暗いが、遊べない明るさではない。コートが近づいて来ると、遠くからボールを付く音が聞こえてくる。蒼はその音を聞いた時、それが大和だと何故か自信を持って確信した。  蒼はコート脇に自転車を止めると、バスケットゴールに向かい、一人レイアップシュートをしている人物をしばらく見つめた。あまり上手とは言えないが、まあまあ様になっている。蒼は上から目線でシュートをする人物にこっそり駆け寄ると、ゴールする直前で邪魔するようにジャンプをし、ボールを手でカットした。 「うわっ! 何?」   ビビりの大和は、蒼のいきなりの出現に、床に腰を抜かすほど驚いている。 「あはは、カット成功」 「蒼……」 「何してんの? こんな真夜中に。ファンへの何アピールなの?」  大和は口を開けたまましばらく床に座っていたが、我に返ったようにゆっくりと立ち上がった。 「脅かすなよ。マジでビビった」  コロコロと転がるボールを目で追いながら大和はそう言うと、ボールまで歩きそれを拾い上げた。  「……少し付き合え」  大和はそう言うと、少し強めに蒼にボールを投げて寄こした。 「いいよ。手加減しないから」  蒼はボールを掴むと、ドリブルをしながらゴールに向う。それに大和はすかさず反応すると、蒼のボールをカットしようとした。  結局どっちが勝ったかなんて分からないくらい、息が上がるほどバスケを楽しむと、蒼たちは休憩がしたくて、どちらかでもなく湖の畔にある夜景が見渡せるベンチまで歩いた。 「汗が冷えて、風邪ひきそ」  蒼はぼそっとそう言うと、先にベンチに腰掛けた。大和も蒼の隣に腰かけたが、距離が微妙に遠くて、蒼はそれにすごく傷付いた。 「気を付けろよ。蒼は風邪ひくと長引くから」  大和は優しくそう言うと、湖に移る夜景を、目を細めながら見つめた。 「そんな言葉いらないよ。ねえ、なんでそんな遠いの。もっとこっち来てよ」  蒼はイライラしながらそう言うと、大和の方に手を伸ばす。  「……蒼。何で来た? 俺は一人になりたかったのに」 「はあ? じゃあ、何でサイトにアップしたの? そういうことするから俺に見つかるんだろう?」 「……蒼はもう寝てると思ったんだよ」  「寝るかよ。日付変わったばっかじゃん」  大和は蒼の言葉を無視すると、脇に置いてあるペットボトルを一口飲んだ。 「時間まだあるよね?」 「時間?」   大和が怪訝な顔をして蒼を見た。 「俺たちが付き合ってる時間だよ。約束の日まで」 「蒼……」  蒼は大和との距離を詰めるように座り直すと、たまらず大和の手を握った。  「蒼、やめろ」  大和は手を引こうとするから、蒼はそれを力を入れて拒んだ。 「誰もいない。俺たちだけだよ。大丈夫」  嘘ではない。本当にこの広い公園には、運良く今蒼たち二人しかいない。まるで最後のお情けと言わんばかりにこの時間を与えられているみたいで、全然嬉しくない。 「マジでやめろ。ここ外だぞ。誰が見てるか分からない……」 「そうだね。でも、もうそんなこと言ってらんない。俺は大和さんの申し出を受け入れたんだ。だったら少しぐらい俺の我儘聞いてくれてもいいよね?」  蒼はそう言うと、大和の肩を抱いて引き寄せた。大和は蒼の言葉を聞き入れてくれたのか、蒼を引き剥がそうとはしなかった。 「夜の湖は綺麗だね。でも、寂しいよ。ああ、きっと、俺の心が空っぽだからだな」 蒼は大和の手をぎゅっと握りながらそう言った。 「……辛いのはお前だけじゃないよ。今晩だって、ひとりで部屋にいるのが嫌でここに来たんだから……ああ、俺、格好わる……」   そう正直に打ち明けてくれることはとても嬉しいのに、だったらあんな選択をしないでくれと、蒼はここでそれをもう一度大和に強く訴えたい。でも、それをすることは多分、きっぱりと自分の中で答えを出した大和を苦しめるだけだ。 「格好悪くない。大和さんが平気だったら、俺は凄く傷つくよ。もし俺だけが辛かったら、俺は今すぐ走って湖に飛び込む」 「蒼……」  大和はまだ首の座らない幼児になってしまったみたいに蒼の肩に頭を載せた。今まで何度そうされたかしれない。でも蒼は何度されても嬉しい。この人がいつまでも蒼を必要とし、蒼に甘えようとしている証拠だから。 「そんなことしたら俺もそうする……ああ、駄目だ。やめよう。そんなこと考えるの」   大和はそう言うと、グリグリと蒼の肩に自分のおでこを擦り付ける。 「ごめん。蒼。本当にごめん。俺はお前が好きだよ。その気持ちはずっと変わらない」  頭を上げて蒼を必死に見つめる大和の目には、キラキラと夜景が映り込んでいて本当に綺麗だ。 「だったら何で……」  蒼は震える声でそう言った。でも、その先の言葉を胸が潰れるような思いで飲み込む。 「来月のスケージュールをこの間チェックしたんだ。そしたら、一晩だけ俺と蒼だけになれるチャンスがあったんだ。最近人気のバラエティー番組の収録だよ。地方に旅行に行くやつ。あれ、またランダムにメンバーを選ぶやつでさ、俺たちの宿舎では蒼と俺だけがオフだった……」 「……え? マジで?」 「ああ。そうなんだ。不思議だな。そんなことあるんだな」 「……何だよ、それ。自分で言っといて、無いと思ってたの?」  蒼は驚いて聞き返した。 「あの時は勢いで言っちゃったから。でも、あった。確かに。これはもう、これが正しい運命なんだってことなんだよ。蒼……」  蒼は今、泣きたい気持ちを我慢するように思い切り下唇を噛んでいる。大和の言葉が胸に突き刺さり立ち直れる自信がない。 「追い打ちをかけないでよ……」  蒼は大和の肩を引き寄せると、構わず自分の顔を傾けキスをした。久しぶりの大和の唇の感触に、蒼の体は一瞬で熱くなる。 「んっ、蒼……やめろ」  大和は蒼を優しく引き剥がそうとしたが、蒼はそれを拒んだ。  「今だけ、お願い……もう少しだけ、キスしてたい。しないから。その日まで、俺……もう絶対」  大和はもう抵抗をしなかった。ただ、黙って蒼のキスを受け入れてくれた。  4月の上旬は東京の桜が満開の時期だ。今年も例年通り都内を儚く彩ってくれている。満開の時期は本当にあっという間だ。既にはらはらと花びらを散らす桜の木にカメラを向けていると、それがまるで蒼と大和の関係みたいに思えてきて、蒼はさっさと被写体にシャッターを切ると、桜の木から素早く目を反らした。  今日は朝から蒼と大和以外のメンバーは宿舎にいない。出がけに徹だけが蒼と大和を交互に見つめ、何とも複雑な表情をしていたが、前もって「もう俺たちは大丈夫」と念を押しておいたから、多分もう変な心配はしていないと思う。  カメラ片手に朝から散歩をし、部屋に戻ると、蒼は時計に目を移した。時刻は十一時を指している。大和は蒼が散歩に行く前に副社長に呼ばれ事務所に行ってしまった。戻ってくるのは多分お昼過ぎのはずだ。蒼は適当に朝飯と昼飯を兼ねた食事をコンビニで済ませながら、大和を待つことに決めた。  どうすればいいのだろう。いざこの日が来ると、蒼は変に怖気づいてしまう。別荘の時は、蒼は瑞樹とのこともあり焦っていた。でも今は違う。自分が本当に大和を抱いていいのかという気持ちと、これで本当に最後だという気持ちが綯交ぜとなり、蒼の心を強く乱す。でも、蒼は今日大和の肌に触れたら最後、多分もう情動のまま抱き尽くしてしまうだろう。それこそ何度でも。嫌というほど喘がせ、大和の身体を壊すほど抱いてしまうかもしれない。そんな自分が怖いけど、一度だけのこの日を蒼の胸に焼き付けるために、蒼は多分、非情な欲望のままの人間になってしまうことを静かに大和に請う。 (ごめん。大和さん、こんな俺を許してほしい……。)  蒼はそう心の中で呟くと、食べ終えた食事をゴミ箱に捨てた。  その時、蒼のスマホが鳴った。慌ててスマホ掴み取ると、大和からだった。 「もしもし」  蒼はドキドキする胸を押さえながら、画面をすかさずタップして電話に出た。 「ああ、蒼……準備できたらもう一度電話する……それまで待ってて」  大和はそう落ち着いた声で言った。 「わ、分かった……」  蒼はそう言うと、まだドキドキする胸のままで電話を切った。  大和からもう一度電話が来たのは、蒼が部屋でシャワーを浴び浴室から出た時だった。蒼は大和に返事をすると、パーカーとジーパンに着替え、大きく一回深呼吸をし、意を決して部屋を出た。   大和の部屋に行くまで蒼は、どんな顔をして大和に会えばいいか分からず、おかしなくらい顔を強張らせた。  ノックを三回すると、ドアがすぐに開いた。大和もシャワーを浴びたばかりなのか、濡れ髪の状態で蒼を見上げた。大和のその雰囲気が息を呑むほど艶っぽくて、蒼は自分がどんな顔で大和に会えばいいのかなど一瞬で忘れた。  素肌にざっくりとした白のブイネックのセーターと、細めのチノパンを穿いた大和は本当に魅力的で、どうして蒼をここまで強く誘惑してくるのか、それが大和の意図なら、本当にこの人は最後の最後まで蒼の心を乱す罪な人だと、心の底から憎らしくて堪らなくなる。  「何で濡れ髪なの?」 「……お前が興奮すると思って」 (ああ、やっぱり。意図的にやってる……。)  蒼はこの確信犯な男を泣きたいほど好きだと思うと、本当に辛くて、悔しくて、蒼は既に熱くなっている目頭を何度も瞬かせた。  「蒼……好きだ」  大和はいきなりそう言うと、蒼の首に腕を回した。 「うん……俺も、大好きだよ」  「でも、これで最後な」 「……分かってるよ。もう言わないで」  蒼はまだ大和から「愛してる」の言葉を聞いていない。別に「好き」と「愛してる」に明確な違いなどないし、それにそんなこだわりはないけれど、やっぱり一度でいいから、最後に大和の口からその言葉を聞きたい。でも、この照れ屋な男は、多分一生それを口にしないだろう。  蒼は大和の腰に腕を回すと、そっと引き寄せ強く抱きしめた。大和のセクシーで男らしい香水の香りが蒼の鼻孔を擽る。  癖なのだろう。半開きの口元がいつものように色っぽい。蒼はそれに引き寄せられるようにキスをする。あの公園でしたキス以来、約一か月ぶりのキスに、蒼の全身が興奮で震え、蒼はこの人とのキスを一生忘れないとそう強く心に誓う。  「んっ、ふう、蒼」  舌と舌がいやらしく絡まり合う粘着質な音が耳を掠めると、蒼の興奮は急速に高まり、呼吸が徐々に荒くなっていく。大和の口から漏れ出る、熱を帯びた吐息が蒼の頬を掠めるだけで、大和への愛おしさが増していき、それが逆に蒼の中の悔しさを倍増させる。 (泣くな。まだ早い。大和さんのためにも泣くな!)   蒼はまた何度も瞼を瞬かせると、そう強く自分に言い聞かせた。  「蒼……早く来い」  大和は蒼から唇を離すと、自分から仰向けにベッドに寝そべり、蒼を誘うように両手を伸ばした。 「ああ、待って」  蒼はそう言うと、着ているパーカーの裾を掴み、下から勢いよく捲り上げて、乱暴に脱ぎ捨てた。ジーパンも下げると脱げずに足首でまとわりつくのをイライラしながら蹴散らす。 「やっぱ、蒼の腹筋超格好いいな」  大和は体を起こすと、蒼の腹筋に手を伸ばし、いやらしくなぞった。  「ふっ、くすぐったいよ」  蒼は腹に力を入れると、前屈みになる。  「こっち来い、蒼」  大和は蒼に男らしくそう言うと、蒼の手を取りベッドの上で膝立ちにさせた。 「待ってろ」  「え?」  蒼は大和にいきなり下着に手を掛けられ、それをズリ下された。 「え? ちょっ!」 「今、気持ちよくさせてやるよ」  大和はそう言うと、蒼の中心を掴みそれを躊躇わず口に含んだ。 「ああっ、ちょ、ま、まっ」   蒼はいきなりのことに驚き目を瞑りながら天を仰いだ。大和の舌先で刺激される快感に自分でも恥ずかしいくらい気持ちが良くて、声を抑えることができない。 「はあ、ああっ、ちょ、ご、ごめんっ、こんなっ うっ」  腰を力強く支ええられているから蒼は何とか体制を維持している。そうでなければ蒼はこの快感に腰が砕けベッドへ崩れてしまう。 「ああっ、ねえ……もおっ、いい、よっ」  蒼は大和の柔らかな髪を弄ると、そっと自分の中心を大和の口から抜いた。 「イケよ。構わないから」  大和は蒼を見上げながらそう言うけど、蒼はまだイキたくない。蒼は口をポカンと開けたままの大和の顔を両手で挟むと、今まで蒼の中心を愛撫していた、その艶やかないやらしい唇を親指でなぞる。 「大和さんの中でイキたんだよ……察してよ」 「……何度だってイケばいいじゃん。お前が持てばだけど」  「はっ、そんなこと言って後悔しないでよね……」  蒼は大和の顔を見下ろしながら、ベッドへ乱暴に押し倒した。 「脱いで」  蒼はそう言うと、大和の着ている白いセーターの裾を撮んだ。 「やだ……脱がせろよ」 「……ふーん。今日は随分と俺を煽るんだね」 「何度も言わせるなよ。これで最後だかっ、あっっ……」   蒼はその言葉を大和に言わせたくなくて、セーターの裾から忍ばせた指で、大和の胸の突起をいきなり強く摘まんでやる。 「言うなっていったじゃん。わざとなの?」 「はあっ、ううっ、蒼っ、やあ、あ、違 う!……そう言って自覚しないと、自分でも辛くてっ……」  苦しそうに身を捩らせながら大和はそう言うから、蒼はその気持ちが痛いほど分かるから、また涙で視界が歪みそうになるのを堪えながら、蒼は大和の服を破りそうな勢いで脱がせる。   まだ昼下がりのこんな時間では、カーテン越しの光でも、蒼たちの体をくっきりと浮かび上がらせてしまう。全裸になった大和は白い肌を赤く染めながら、恥ずかしそうにベッドの上で体を横向きに寝そべる。  蒼たちは宿舎で、ひどく背徳的なことをしようとしとしている。この行為が罪深いものだと認識すればするほど、蒼たちは逆にこの行為にひどく興奮し、官能的な感覚に酔いしれていく。これは決して悪いことではなく、蒼たち二人の、最後の儀式みたいなものなのだとそう都合よく考えながら。  蒼は大和の背中にくっ付くようにして横になると、後ろから抱きしめ、蒼の大好きな大和の可愛い耳にキスを落とす。   「辛いなら……どうしてこんな選択をしたの? もう取り消せないの?」   蒼は大和の耳を舌でなぞりながらそう囁いた。してはいけない質問だと分かっていても、蒼はまだこの選択を無かったことしたいと望んでしまう。 「うっ、同じだよ。結局同じとこで俺たちはまた立ち止まるんだ……絶対前へは進めない」 「……いつかそんな日が来ないかな……周りが変わって、俺たちのこんな関係が受け入れられるような世界になれば……そんなの夢か幻かな」  「そうだな。でも、それはとても難しいこと……ああっ、蒼っ、それ、やめっ」  どうせ大和の答えなど分かっている。蒼は大和の言葉を無視すると、脇の間からするりと両手を入れ、背後から大和の左右の胸の突起を指で弾いた。 「はあっ、やめっ!」 「やらしいな。乳首そんなに感じるんだ?」  蒼は耳と胸の突起を同時に愛撫しながら、大和の耳に、意地悪な言葉をわざと熱っぽく囁く。 「ああっ、蒼っ、だっ……めっ、だっ」  しつこいくらい責めると、もう蒼の手の中でぐずぐずになる大和に蒼は興奮し、中途半端に芯を持っていた蒼のそれに、熱い血が巡るのが分かる。  蒼は目をとろんとさせ体に力が入らない大和を仰向けにすると、まだ完全に満ち切っていない大和のそれを口に含んだ。 「ああっ、蒼、蒼!」  大和は蒼の名を呼びながら蒼の髪を愛おしそうに梳くから、蒼はそれが嬉しくて、愛撫する舌先に熱を込める。 「ダ、ダメだ! それ、ああ、やめろ、もう……蒼、イクからっ」  裏筋を何度も舐め上げてやると、大和は背中を反らせながらビクビクと体を震わせる。その度に、しっとりと汗ばんだピンク色の染まる白い肌がひどくエロくて、蒼の欲情はマックスに引き上げられていく。  蒼は大和のそれから口を抜くと、白い肌に唇を這わせながら、もう一度胸の突起を、今度は舌で愛撫した。 「やっ、もう、蒼……蒼っ」  大和は快感に耐えるようにシーツをぎゅっと掴んだ。蒼は構わず左右の胸の突起を小刻みに舌で刺激しながら、中心も一緒に扱く。 「ああっ、蒼もうっ」  苦しそうに顔を歪める大和を合図に、蒼は大和にうつ伏せになるようにそっと促した。 「腰、上げてくれる?」  蒼は優しくそう言うと、大和の腰に手を添える。 「……そろそろ、いい?」  蒼は大和に確認するようにそう言うと、用意しておいたローションを手に取り、中身を掌に出すと、大和の秘部に塗り付けながら馴染ませていく。 「ううっ、何か変な感じ、する……」  大和は体を強張らせながら、蒼の指の動きに耐えている。  「……怖い?」 「……怖くないって言ったら、嘘になるよ」 「大丈夫。俺が絶対傷付けないから」  蒼はそう言うと、大和の腰を支えながら、中指を大和の秘部に挿入させ、中を広げるように指をグラインドさせる。 「はあ、ああっ、やめろ、それ……変になるっ」  大和は膝と肘に力が入らないのか、四つん這いでいるのが辛そうに、身体をいやらしくくねらせた。後ろから見ていると、その白い肢体が艶めかしすぎて、蒼の指の動きが徐々に荒くなってしまう。 「もうちょっと我慢して、今、指、もう1本増やすよ」 「え?……マジ? 俺、どうなっちゃうの?」 「大丈夫。俺を信じて」  蒼は自分だって男を抱くのは初めてなのに、大和を怖がらせたくない一心で、そんな虚勢を張ってしまう。そうでもしないと自分も怖くて、もし大和を傷付けてしまったらと思うと、前へ進めなくなってしまう。   蒼は慎重に中指と人差し指で大和の秘部を解していくと、大和はもう、言葉を発する気力もないぐらい、身体から力が抜けている。 「ねえ……挿れていい?」  蒼は大和を仰向けに寝かせると、正面から見据えそう言った。 「……ああ。来いよ。蒼……」  それでも男らしく大和はそう言うと、蒼に向かって両手を伸ばした。蒼はその手を握ると、感情が一気に高まり目の奥がじんと熱くなる。 「泣くなよ、蒼……俺まで泣いちゃうじゃん」  大和は蒼から目を反らすと、握っている手を離し、蒼の頭を掴むと強引に引っ張った。 「愛してる。蒼……」   大和は蒼の耳元でそう言った。確かに。はっきりと。 「大和さん……」  蒼はやっぱり涙を我慢することができなくて、ぽろぽろと頬を伝う涙に、大和の顔がぼやけて見えなくなる。 「俺も……俺も、愛してるよ」 「はは。泣くなって……でも、愛してるってやっぱちょっと重いな……でも言いたくなったんだ。俺は蒼が、本当に好きだから……」  大和は蒼の頬の涙を拭うと、濡れた瞳を輝かせながらそう言った。 「ありがとう。嬉しい、凄く……ああ、いくよ、大和さん。力抜いてね……」  蒼は心込めてそう言うと、大和の両膝を持ち上げ、正面から、蒼を既に受け入れる状態にある大和の秘部に、自身の中心を一気に貫いた。 「はああっ、蒼!」 「息を吐いて、大和さん……ゆっくり、そう……」 「ううっ、くうっ」  蒼は今、大和の中に初めて沈めた感動に酔いしれ、我を忘れそうになる。蒼の全神経が自分の中心に集中し、その快感に胸の鼓動が止まりそうなほど早くなる。 「動くよ? いい?」  蒼はゆっくり腰を動かしながら、大和の様子を伺った。大和は苦しそうに眉間に皺を寄せながらも、熱のこもった吐息を漏らし、蒼を真っ直ぐ見つめてくる。 「はあっ、はあ、蒼、もっと動けよ。もどかしいんだ……くれよ、もっと、お前と一緒にイキたい……はやくっ」  蒼は大和に煽られてしまい、昂る自分自身を、もう理性で抑えることなど完全にできなくなる。 「くっそ、何だよ、それ……もうどうなっても知らないからな」  蒼は吐き捨てるようにそう言うと、抵抗しないよう大和の両手首をベッドに抑え付け、後はもう我を忘れたように腰を強く打ち付けた。 「はああっ、蒼!……ヤ、ヤバい、ヤバい!……なんか来るっ……ううっっ」  蒼は大和を射るように見据えたまま、構わず腰を打ち付けてやる。自分の中心が大和の中で蕩け、昂り、快感を貪っていることが、本当は夢なのではないかと疑うほどに幸せだ。こんなセックスがこの世に存在することを知れたことに、蒼は果てしないほどの悦びを感じる。 「一緒に……ううっ、くっ」  自身の中心にも絶頂の波が来るのを感じると、蒼は大和の勃立したそれを掴み、自分の腰の動きに合わせながら強く扱いた。 「はあっ、あっ、やっ、蒼! イ、イクっ……まっ、待って、あああっ、くっうっ!」 「大和さん……俺も!」 「ああっ、蒼!……一緒に!」  自分たちは食い入るように見つめ合うと、初めて繋がった記憶を強く心に刻むように、絶頂の渦へと、深く、深く堕ちていった……。  昼から夜になるその間中、二人は何度も繋がった。体勢を変え、場所を変え、慣れて来ると、大和は蒼に挿れられるだけで、中心を弄らなくともイケるようになった。そんないやらしい身体にするつもりはなかったのに、皮肉にも二人の身体の相性はいいらしく、欲望のままお互いを求め合い続けた。  気が付くと蒼たちは泥のように眠ってしまい、蒼が目覚めたのは深夜の3時だった。隣でまだ寝ている大和は、かなり無理をさせてしまったせいか、元から小さい顔が更に小さくなってしまったように見えて、蒼はひどく胸が痛くなった。  蒼は大和を寝かせたまま部屋に戻ろうとした。目覚めた大和と顔を合わせてしまうと、未練が強く、蒼に纏わりついてしまうのは容易に想像がつくから。  だから蒼は大和に対する恋情も、その延長線上にある、大和を性的な目で見ることも、金輪際、完全に封印しようと心に誓った。そうしなければ前に進めない。蒼たちが、グループが、今まで通り前に進むためにすることを、蒼はするだけだ。  ベッドからそっと下り、カーテンから差し込む街頭の明かりを使って脱ぎ散らかした服を着た。蒼はベッドに振り返ると、もう一度大和の寝顔を見つめた。 「今までありがとう……大和さん」  蒼は嗚咽を漏らしそうになるのを必死で我慢すると、大和の頬にキスを落とし、静かに部屋を後にした……。

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