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第10話

 背を抱いて、ベッドの上へ抱き上げる。シングルのパイプベッドが、成人男性二人分の重みに大きく軋んだ。 「あんまり暴れると壊れそう」  笑った健に、充希も小さく苦笑する。 「今日はおとなしくしますね」  首筋にキスを落としながら服の裾から手を入れると、ぴくりと充希の体が伸び上がる。そのままゆっくりと胸へてのひらを上げていき、親指の腹でさらりと突起を撫でると、きゅっと目を閉じた。 「スローセックスって、嫌いですか? 激しい方が好き?」 「ん……わかんね、したことない……」 「じゃあ今日経験してみてください。感想は後ほど」 「……なんかムカつく、その余裕」 「余裕は全然ないですけど」  耳の下をくすぐりながらキスをすると、小さく声を漏らして充希が息を乱す。 「目一杯気持ちよくしてあげたいです」  充希の服を脱がせて、しっとりとした肌に健はてのひらを這わせていく。充希の形を確かめるような、体温の低いところをくまなく探してあたためるような。  健のくちびるは充希のくちびると肌とを何度も行き来しながら、ゆっくりと口づけを深めていく。  健の胸に抱かれ、じれったいくらいの丁寧な愛撫を施されて、充希は深い安堵に包まれてため息が出た。 「小野原、きもちい……」  ほどよく酔いも回って、充希は喉を鳴らして甘える猫のように目を細めて健にすり寄る。 「かわいい、柳瀬さん」  愛しげに微笑みながら、健の手は急かず、相変わらずゆっくりと充希の肌を撫で続けた。  あたたかくて、優しい健の手。幼子に触れるようなその手つきに卑猥さはほとんど感じない。なのに、徐々に充希の呼吸は乱れてきて、性感を得始める自分に充希は当惑した。 「ちょ……なんか、俺……」  一人で勝手に盛り上がっているようで、だんだんいたたまれなくなってくる。下半身にも血液が集中してきているのを自覚して、健と触れ合わないよう腰が引けた。 「感じてきた?」  そわそわと視線のやり場に困っていた充希の目を、不意に健が覗き込んでくる。その目が欲情に潤んでいて、ぐっと押し付けられた下半身が硬く興奮を示しているのに、充希はぶわっと体温が上がるのを感じた。 「あ……や、やだ」 「どうして? 何がいや? 柳瀬さんの気持ちいいところ、俺が全部教えてあげる」 「な……あっ!」  つうっと、指先で背骨をなぞられて、充希は高い声をあげる。思わず口許を手で押さえると、眼前で健が満足げに笑う。 「いい具合に敏感になっちゃいましたね。きっといつもよりずっと気持ち良くなれますよ」 「はっ……っや、んんっ!」  作為を感じさせない手に優しく触れ回られた肌は、いつの間にか感度を上げられてしまっていたらしい。  少しの接触でもびりびりと電気が走るようなのに、そんな状態で不意打ちのように乳首を口に含まれて、強すぎる快感に充希は髪を振り乱した。 「だめ……!」 「どこがだめ?」  わかっているくせに、健は指先で乳首を捏ねて充希の耳に舌を入れてくる。 「んー……!」 「……柳瀬さん、やばい」  感に堪えない風情で目を細めた健が、充希の頭を抱き込んで首筋に噛みつく。それにも感じて、充希はがくがくと震えながら健に縋りついた。 「お、のはら、怖い……!」  こんなに感じさせられたことはなくて、こんなに過敏な自分は知らなくて、惑乱して充希は泣いた。その涙を、健のくちびるが吸い取っていく。 「大丈夫、何も考えなくていいですから」 「……っは、はぁ、は……」  荒い息がおさまらない充希を宥めつつ、健は自分の膝の上に充希の腰を抱き上げた。両膝を曲げて大きく広げさせて、後孔を露にした格好をさせる。 「い、いやだ小野原、これ……恥ずかしい」 「少しだけ、我慢してください」  健も興奮に息を上げて、自分の指を口に含んだ。唾液で十分に湿らせて、後孔の周りをぬるりとなぞる。 「……っ」 「痛くしないから大丈夫、力抜いて」  耳元で囁かれ、鼓膜まで感じるようで、震えながら充希は力を抜こうとした。 「んん……」  指が、ほんの入り口まで入ってきて、充希の体はそれを待ちわびたように食い締める。浅ましい喜悦が恥ずかしくて、充希は拳で目元を隠した。  中の敏感な箇所を刺激して、早くいかせてほしい。なのに健の指は入り口を解し拡げるばかりで、少しも奥に進んでくれない。  じれったくてもどかしくて、また目に涙が浮かんだ。すると解された場所に、知らぬ間にゴムを装着した健自身がひたりと押し当てられる。 「え、ぇ、もう挿れるのか?」  慌てる充希に、健は笑いかけた。 「大丈夫、もうちゃんと馴らせたから」 「……さっきからおまえの『大丈夫』、インフレ起こしてるぞ」  軽口を叩けるのも束の間で、ゆっくりと押し入ってくる質量に充希はぐっと顎を引く。  まだ早いと思ったけれど、健の言う通り、それは痛みもなく充希の内に収まった。 「あ……すごい、ぴったり」  目の前で、目を閉じた健がせつなげに眉を寄せている。圧迫感はすごいけれど、受け入れることができたのがひどく嬉しかった。  ところがそのまま、健は一向に動かない。奥まで突き入れたまま、充希を抱きしめて肩に鼻先を埋めてじっとしている。 「な……なあ、小野原?」 「はい?」 「お、起きてるよな。なんで動かねえの? 俺痛くねえよ?」  背中をぱたぱたと叩くと、充希の肩から健が顔を上げる。 「今日は柳瀬さんにフルコースサービスするって決めたんで。今俺、全精神力振り絞って我慢してます。柳瀬さんももうちょっと待っててください」  我慢している、という言葉通り、笑顔がひきつるほどに健は動きたい衝動をこらえているらしかった。 「待つの? 待ってりゃいいの?」  よくわからないまま充希は枕に頭を落とし、再び肩に顔を伏せてきた健の背を抱いた。  随分と長いこと、その体勢でじっとしていた。時折健がわずかな抜き挿しをして硬度を維持しようとしていた以外は、本当にただ挿れただけの状態。  なのに、まるで時限装置でもセットされていたかのように、あるとき不意に下腹に火がついたみたいな熱を感じた。 「……小野原、なん、か」  震える声に、健も頭を起こす。 「来た?」 「なにこれ、なに!?」  体の奥の方から、感じたことのない感覚が広がってくる。全身が硬直するような、弛緩するような、熱くて、抗いようのない大波のような。 「や、やだ、いや……」 「怖くないよ、落ち着いて」  惑乱して健の体を押し退けようとする両手を、指を絡めて繋ぎ留められた。快感のキャパぎりぎりに、表面張力でなんとか保つ量の液体を注がれているような状態。  そこへ、ゆるく健が律動を始める。 「無理、あ、あぁ、……」  無理だと言っているのに、まだ注がれる。  もう保たない、あふれる。 「……っふ、あ、ああぁ……!」  頭も目の前も真っ白になった。重力も自分の体から離れた。  思うように体が動かなくて、不随意な痙攣に背が浮いて脚が跳ねる。そんな充希の手を握って、健は離さなかった。 「んぅ……」  閉じた瞼に涙を浮かべて、長く震えながら充希がベッドに沈む。健が少しでも肌に触れるたび、小さく痙攣を繰り返した。 「……柳瀬さん、ドライ初めて?」  充希の立ち上がったままの先端に指先で触れながら、健はその頬にキスをした。たったそれだけの刺激にも、充希は過敏に震える。 「は……なんだよそれ……都市伝説じゃないのかよ……」  信じられない、という顔で、充希は焦点の合わない目を健へ向ける。その視線が、愛しげに見下ろす健の視線に捕まる。 「ご感想は?」 「……今訊くか」 「気持ちよくさせてあげられたなら嬉しい」 「……」  体のなかに熾火みたいな快感がまだはっきりと形を残しているのに、それを与えた張本人が幼いはにかみを見せるものだから、充希は何を言っていいかわからなくなる。  至近距離で見つめてくる健の甘い視線がやたら恥ずかしくて、充希は黙って健の後ろ首を引いてキスをねだった。

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