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運命、かもしれない。 第3話
OB会後、親しい仲間ごとに分かれた二次会があり、それも終わった午後九時頃、充希は電車で健宅の最寄り駅に向かっていた。
榎本に話した結果について伝えたかったので、健に家に行っていいかと確認したら、快く了承してくれた。
つき合う前からいつも健が充希の部屋を訪ねて来ていたので、充希が健の部屋に行くのは、実はこれが初めてだ。彼宅初訪問で、正直ちょっと緊張する。
住所と部屋番号は聞いているので、駅からの道はマップ検索すれば辿り着けるだろうと思っていたのだが、電車を降りて改札に向かうと、その手前で健が待っていた。
「あ、お疲れ様です」
「え! 小野原ずっとここで待ってたの?」
「柳瀬さんが二次会終わったって連絡くれたちょっと前に、俺らの方も終わってたんです。そんなに待ってませんよ」
どこまで本当かわからないことを言って笑って、健は歩きだした。
「行きましょうか。十分ちょっと歩きますけど大丈夫ですか?」
「うん……そんなに飲んでないし」
「意外だったんですけど、柳瀬さんけっこう酒強いですよね」
充希の隣を歩く健の距離が、OB会の会場に向かうときよりも近い。その距離に、なんだかやたら安心する。
言葉少なに夜道を歩きながら、暗がりで、充希は健の指に触れてみた。
「……俺さあ。今夜はおまえに、すげー会いたかったんだ」
その指が、触れた指ときゅっと繋がる。
「俺は毎日会いたいですけど」
そんなことを言われれば毎日会いたいのは充希も同じで、照れ隠しに充希は健の背中を拳で小突いた。
健の部屋は、1Kの広い居室を家具とカーテンで間仕切った、雑誌にでも載っていそうなおしゃれ空間だった。服装や髪型にも気を遣っている健なので、家具や雑貨にもこだわりがあるらしいのは納得だ。
いかにもモテ男らしいその部屋に、けれど帰国してから人を招いたのは充希が初めてだという。プライベートスペースに踏み込まれるのが嫌なのかと思っていたら、充希ならどれだけ入り浸ってもいいと言われ、不覚にもずいぶんとときめいてしまった。
風呂を借りた後、カーテンの奥の秘密基地みたいなベッドで、しっとりと穏やかなキスを繰り返しながら横たえられる。濡れ髪を、健の指が愛おしそうに梳いた。
「……榎本さん、驚いてましたね」
健に微笑まれて、充希も榎本の驚きようを思い出して笑う。
「あいつの目があんな開くの、初めて見たかも」
「俺が相手なの、そんなに意外でしたかね」
「ていうかおまえ、女とっかえひっかえしてるスカした野郎だと思われてひっそり嫌われてたぞ」
「ええ? 事実無根の冤罪が過ぎる」
「そうだよな。とっかえひっかえしてたのは女じゃなくて男だもんな」
「……もう。意地悪」
拗ねて口を尖らせながらも、充希の肌を撫でる手つきは優しい。そっと指の腹で胸の突起を捏ねられて、もどかしい疼きに息を詰めた。
「……っ、なあ、……おまえとつき合ってるって言ったら、榎本何て言ったと思う?」
膨らんで芯をもったその突起に、今度はやわらかく舌が這い、上目の健がこちらを見上げる。
「……あんなスケコマシに柳瀬さんはやれないって?」
「ばぁか。うちの小野原は大学時代から俺一筋の精神童貞だって言っといてやったよ」
「童……」
あながち間違ってもいないので、健は不服げに口を噤む。その頬に、充希は笑いながら指先で触れた。
「……よっぽど運命だ、ってさ」
「……え?」
「恭介と俺よりさ。昔の俺たちのことを知った上で、それでも俺のこと好きで居続けてくれたなんて。そんで、今俺とつき合ってるなんてさ。恭介と俺より、よっぽど運命だって、言ってたよ。榎本」
「……」
教えた充希をしばらく呆けたように見つめて、健はくちびるを結び、目元を赤くして俯いた。何かを堪えるような表情で。
それを見て、少し充希も安堵する。
健が嫌がるのをわかっていて、榎本に二人の関係を明かそうとした理由は、長く充希を心配してくれていた友人を安心させたいというだけでは実はなかった。
健はずっと、まだどこかで引け目を感じている。自分と芳井とを比べないと自分に言い聞かせながらも、充希の恋人として劣る部分ばかりに目を向けて。
何も劣ってなどいない、むしろ自分には勿体ないくらいだと、充希が言ってもたぶん健は真に受けないのだ。充希が優しさで言っているだけだと、自分を戒めて許そうとしない。芳井といた頃の幸せ以上のものは、自分では渡せないと思い込んでいる。
死んだ者への憧憬は時に厄介だ。敵わないという先入観が、強烈に眩しいフィルターをかけてしまう。
だから、充希は健に、他者の言葉をあげたかった。第三者からの、外から見た評価を教えてやりたかった。
大丈夫だよ、小野原。おまえはちゃんと、俺の運命だ。
そんな充希の想いが伝わったか、健は黙ったままはにかんで、深く充希にくちづけた。
いつも必要以上に丁寧で優しい手が、今日はやや性急に充希のからだを拓いていく。後ろに含まされた指が少しの痛みを呼んでも、むしろ充希は嬉しくて息を上げた。
「小野原……っ」
瞳を潤ませて、視線で充希は健に先を促す。
指なんかじゃなくて、もっと強い欲を体の奥に感じたい。深いところで繋がって、身も心も健のものになっている感覚に溺れたい。
充希だって不安だから。
健がくれるのと同等以上の気持ちを、きちんと返せているだろうか。芳井に心を残したままの自分が、健と釣り合うのだろうか。
引け目というなら充希だって強いものを持っている。きっとこの先も健だけを想うことのできない自分。いつまでそれを受け入れてくれるかわからない。そのうち愛想を尽かされるかもしれない。
それでも、この手を繋いでいてほしい。
「……ぅ」
健の腕に両膝裏を抱え上げられ、その両手の指を絡めた状態でぐっと体重をかけられ、どうしようもない圧迫感に充希は顎を引いた。
指で丹念に解され、ローションで十分に濡れていても、挿入の瞬間だけはいつも反射的に全身が緊張する。
それを宥めるように、急かず、ゆっくりと充希の体内に健が収まっていく。その充足感に、じわりとこわばりが解かれて弛み、代わりに奥の方で生まれた火種が充希の体温を一段上げる。
「……っあ、んん……」
きゅうっと下腹が捩れるような感覚。芳井を亡くしてからいろんな男と無茶をしてみたけれど、こんな感覚になるのは健とだけだ。
罪悪感と、恋情と、独占欲と、恐懦を混ぜて濃縮して固めたようなものが胸に詰まる。苦しいけれどそれも愛しくて、どうしていいかわからない。
「……おのはらぁ」
泣いた声で縋るように呼んだら、健は目を細めて充希の前髪を掻き上げ、熱を測るように額を押さえた。
「ちょっと今だけ、なんも考えないでいて」
その手がずれて、熱いてのひらが瞼を覆う。視界が奪われ、鋭敏になったからだが内側の健の動きを追う。
「あっ、あ、……っ、あぁ、」
浅いところから深いところまで大きくグラインドする健の砲身が、未だに慣れない強い快感を生んで、言われずとも何も考えられなくなる。
「柳瀬さん……」
少し上がった、聞き覚えがないほど甘い吐息が耳に吹き込まれて、ざわっと総毛立った瞬間に追い上げられた。
「イっ……!」
高いところから落ちる夢を見たときみたいな、制御できない震えが走って、充希は健の肩にしがみつく。その肚の中で、同じように震えた健がどくどくと精を注いでくるのを、不思議な安堵とともに確かめるように噛み締めた。
乱れた呼吸も顧みず、闇雲にくちびるを求め合う。苦しいのに、そうするしかないみたいだった。
好き、と、ただそれだけを思って。
自分の中の隙間という隙間が全部満たされて、互いに相手の存在だけで何も不足がなくなって、手放しでこれを愛と信じることができて。
それだけになってしまえたら、どんなに楽だろう。
――でも、それだけじゃないんだよな小野原、俺たちの間にあるものはさ。
重たいものも割り切れないものも、全部持ってくって決めてる俺を、それでいいって、言ってくれたんだもんなおまえ。
奇特なやつだね。
涙が出るよ。
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