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第九章・6

「Moon river, wider than a mile……」  小声で口ずさむ要に、宇実は軽くもたれた。 「僕も歌いたいな。歌詞、見せてくれる?」 「うん。一緒に歌おう」  We're after the same rainbow's end,  waiting, round the bend  My Huckleberry Friend,  Moon River, and me……  何度もレコードをかけ、一緒に歌った。  そうするうちに、次第に要の目には、涙がにじんできた。 (なぜだろう。胸が苦しい)  隣には宇実がいて、共にこうして歌ってくれているのに。 「宇実」 「何?」 「……いや、何でもない」  言葉にする代わりに、要は宇実の手を握った。  そして、無理に明るく声をあげた。 「午後は、どうしようか。どこかへ、出かける?」 「そうだね。どうしようかなぁ」  宇実は、無理に答えを出さなかった。 「後で考えるから。今は、もう少しこのままでいさせて」  握り返してくる、温かな手。 「うん。……ありがとう、宇実」  二人で口ずさむ音楽は、ただ優しかった。

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