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第十六章 運命の日を越えて

 ホテルのスウィートルームは、申し分ない居心地のはずだ。  空調が効いており、アロマの香りがほのかに漂う。  展望できる夜景の光は美しく、要は豪奢なソファに沈んでそれを眺めていた。  夜景の中に、深く闇で切り取られた部分がある。  そこは、海だ。 「宇実……」  密やかにつぶやき、涙を一筋流す。  そんなことを、彼は何度も繰り返していた。  どんなに素晴らしい部屋でも、あのマンションに置き去りにしてきた愛おしい空間には敵わない。  そう、そこには常に宇実がいた。  ほんのさっきまで、この手を握っていたはずなのに。  ほんのさっきまで、この胸の中に抱いていたはずなのに。 「私は、途方もない失せものをしてしまった」  軽食と、冷たい飲み物がテーブルに用意されていたが、口に運ぶ気がしなかった。  ただ、手元にある小さなジュエリーケースを引き寄せた。  中から現れたのは、美しい花玉真珠が輝くネクタイピン。  宇実のアコヤガイから要が取り出した、真珠だ。 「あの頃は……、本当に無邪気だった」  まさか、これほどのダメージを受けるとは、想像もしていなかった。 「もう、寝よう」  だがベッドに入っても、要の涙は彼に眠りを許さなかった。

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