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真新しい画布 7
「ぅ……うん?」
るりは戸惑って曖昧な返事をする。
いきなりわけのわからないことを言われたのだから、その反応もわからなくはなかった。
「変なこと言ったな。ごめんよ」
くすぐるように髪を掻き上げてやり、目を覗き込んだ。
「るりの目が綺麗で」
「卯太朗?」
「好きだ」
そう言って笑うと、るりの目元がぽっと紅くなった。
恥じらうような表情を誤魔化すように、るりは頬を擦りつけて「ありがと」と小さく言う。
それが、体をひさぐ人間の手練手管だとしても今の俺には嬉しかった。
小さな頭がもたれかかる。
わずかな重さが、頼りにされているかのような錯覚を起こさせて、ただの勘違いだったとしてもどこか心地いい。
膝の上のるりの肌を、ゆるりと撫でた。
「あ 」
頬を手の甲でくすぐり、指先で形の良い唇をなぞる。
微かな反応と、蕩けるような目が向く。
有り難かった。
男娼と客と言う関係に救われる。
るりがこうして俺に身を委ねるのは、はっきりと金と言う綱があるから。
下心も何もなく、ただそれだけのために体を任せてくれる。
「卯太朗? どうした?」
青白い肌の上に、水滴が落ちた。
「何があった?」
慰めるように細い指が俺の頬を包む。
低い体温が伝う水を吸って熱を上げたように感じる。
「……なんでもない。……なんでも……」
鼻を啜る俺に微かに頷くと、るりは力を込めてしがみついてきた。
薄い光が障子を通して足元を照らしていた。
布団とも言えないような布団に二人、絡まるようにして横になる。
微かな寝息と、温もり。
月に照らされたるりの肌は蛍のように光って見え、情事後のうつらとした睡眠を俺から奪い取った。
人の手では描き表すことのできない透明な肌。
名残にしっとりと汗ばむそれを撫でて目を細める。
「るり」
呼ぶが、その名の由来となった瞳は瞼に隠れて開かれることはない。
ただこうして、触れていたかった。
ただそれだけのはずなのに……
独り取り残されたような思いは、微睡んでいても拭いきれることはなかった。
炭の匂いに目を覚ますと、俺の隣はすでにがらんとしている。
るりを寝床から追い出さないようにと、小さくなって寝たせいであちこち痛む体を擦っているとるりが俺に気づいた。
「おはよ」
「 あぁ、おはよう」
噛み殺しきれなかった欠伸に、るりはもう少し寝てなよと再び布団に横になるように勧める。
昨日の気だるさは抜けきっていなくて……
まだ食事の支度がありそうだったので、言葉に甘えて目を閉じた。
外泊してしまった。
その心苦しさがちくりと胸に圧しかかるようで……
「……?」
圧しかかってくる異様な重さに呻いた。
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