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金木犀 7
しでかしてしまったと怯えるるりを怒るのはお門違いだと胸の内で溜め息を吐く。
「大丈夫だ」
そう言ってやるしかない。
るりは何か言いたそうだったが、吹きつけたひやりとした風に身を縮めて俺に抱き着いてきた。
るりを先に離れに戻し、風呂に行くようにと指示をした。
自分自身は時をずらして離れに帰ることにして、どうしたものかと庭石に腰を下ろす。
身なりは風呂に行って着替えればどうとでもなるが、首の傷はどうにも隠しようがない。
情事後の気怠い頭を振り絞って、あれやこれやと考えるのも妙案が浮かばないまま辺りは暗く沈んで寒くなり始めた。
着る服を選べば誤魔化せるかと、そこに何度も思考が行きついてから覚悟を決めて立ち上がる。
翠也が出てこないことを祈りながら泥だらけの姿で離れに入ると、ちょうどみつ子が夕飯の膳を運んできたところだった。
俺の姿に驚いて「どうされたんですか?」とひやりとするような大きな声で問いかけてくる。
「あぁ、猫が迷い込んでいたんで追い払っていたんです」
苦しいかと思ったが、みつ子は適当に頷いて翠也の部屋に声をかけた。
「具合はいかがですか?」
その言葉に、すみやかに部屋に入ろうとしていた足を止める。
「翠也くんどうかしたんですか?」
「朝から喉がいがらっぽいとおっしゃられて……ここ最近、急に冷え込んだからかしらねぇ」
朝から……
今日は朝食の時からすれ違い、近くにいるはずなのに顔も見れていなかった。
よりにもよってそんな日に体調を崩していただなんて……
知らなかったとは言え、体調を崩している翠也を置いてあんなことをしでかしていたのかと思うと、重苦しい気分になって申し訳なくなってくる。
「入りますよ?」
言うとみつ子は慣れた様子で勝手に戸を引いて中へと入って行く。
風呂に入ってから顔を見せようと思っていたが、調子を崩している人間の元に夜遅く訪ねるわけにもいかず、開いたままの戸からそっと顔を覗かせる。
「翠也くん」
「あ、卯太朗さん」
寝床の傍らに夕餉を整えてもらいながら、こちらを向いた翠也の頬はいつもよりも赤らんで見えた。
「熱があるようだね」
「いえっ! ありませんっ」
そう勢いよく返す傍でみつ子が溜息を吐く。
「薬を飲みたくないからと、嘘おっしゃらないでくださいね」
さらに頬を赤くした翠也は慌てて首を振る。
「ち、違うよっ」
「違うならきちんと食べてくださいましね。あとで薬をお持ちしますから」
みつ子はさらりとそう返し、しっかり食べるようにもう一度念を押してから部屋を出て行く。
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