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霍公鳥と川蝉 5
「は……は、 」
雪に足を取られそうになりながら必死に南川邸へと向かう。
年末と言うこともあり周りは慌ただしく、年末年始の準備のために俺だけでなく行き交う人々もどこか急いているように見える。
長い長い塀を辿って、その先にある重みさえ感じる門の前に立って……
「 ────っ」
そこに貼られた黒い縁取りの忌引き札に立ちすくんだ。
は? と漏らした声は荒い息にかき消されてうまく吐けず、その不吉な紙をただ見上げることしかできない。
年齢的には田口か志げなのだろう、けれど使用人の忌引きを掲げるものだろうか?
では他に? と考えても、この屋敷で順当に考えれば峯子と言うことになる。
「奥様が……?」
ざわ と悪寒が背筋を駆け上がった。
それとも……
息苦しくなりそうなその字を見詰めていると、脇戸が静かに開いてみつ子が顔を覗かせる。
腕に籠を提げているところを見ると買い出しにでも行くところだったのだろう。
朗らかだった顔色は悪く、窶れて見える姿に一瞬声をかけるのを躊躇った。
何もできないまま立ち竦んでいると、みつ子がこちらを見てあっと声を上げる。
「久山さん!」
笑顔を作って声はかけてくるものの、俺の視線で何を問いたいのかわかったのか萎れるように項垂れていく。
「これは……」
「……ど、どなたが……」
ぶる と体が震える。
みつ子はそれが寒さに由るものだと思ったらしい、俺に中に入ることを勧めきた。
「奥様も久山さんのことを気にされていましたし、少しは気も晴れると 」
「……」
「坊ちゃんのことは残念ですが 」
ひっと吸い込んだ息が甲高い音を立てたせいで、みつ子は続ける言葉を失って途方に暮れたような顔をする。
「あの……久山さん、だいじょ 」
手から滑り落ちた絵が派手な音を立てて転がったために、みつ子が慌てて駆け寄ってくるがそれを待たずに踵を返す。
後ろで呼び止める声が聞こえたけれど、「忌中」の文字をこれ以上見ていたくはなかった。
告げられる言葉から逃げ出しただけだと分かっているのに、頭の命令に足が従わない。
何をどう走って帰って来たのかは覚えていなかったが、玄関にへたり込んだ俺を見たるりは物取りにでも遭ったのかと思ったと言った。
朧げに戻った意識の中、体を動かした拍子に膝が痛んだ。
逃げるように帰ってくる最中に派手に擦りむいたらしいそこは、日が経つと言うのにぐじぐじと未だ塞がらずに赤い肉を見せている。
「…………」
立ち上がろうとして足が引っ張られることに気が付いた。
のそりと視線をそちらに遣ると、足首に腰紐が固く結ばれてるりの足と繋がっている。
くたびれ果てて、いつもさらりとしていた髪はもつれて、頬には涙の乾いた痕が見て取れた。
見渡した部屋は竜巻でも襲って来たのかと言うほどに荒れて……
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